第16話

「ふにゃぁ……」


 ゆっくり進む馬車の中。

 俺の膝の上で、猫ネミリがあくびをする。

 向かいの座席では、猫レイネが体を伸ばしていた。


 今、俺たちは街を離れて、馬車で2日くらいのところにあるセグレルダという場所に向かっている。

 セグレルダは別名『多種族のオアシス』。

 人間も獣人もエルフも竜人も、みな一様に交流しながら疲れを癒せる唯一無二の場所だ。

 温泉、マッサージ、グルメなどなど……

 とにかくゆっくり楽しめる場所である。

 獣人も多くいる場所なので、レイネやネミリも気兼ねなく楽しめるしな。

 今日はエルクという宿場町に泊まり、明日の日没までにセグレルダへ到着する予定だ。


「お客さん、冒険者なんでしたっけ?」


 御者が話しかけてきた。

 レイネもネミリも寝てしまって暇なので、会話することにする。


「ああ。今日は休暇で」


「といいますと、最後の目的地はセグレルダですかな?」


「そうだな。やっぱり、セグレルダに行く人は多いか?」


「私自身はエルクまでお送りするのがほとんどなのですが、大抵の方の最終目的地はセグレルダですね。冒険者の方は特に」


 なるほどな。

 かくいう俺も、セグレルダについてはだいぶ前に同じ支部の冒険者から教わった。

 休暇のスポットとしては、やはり有名で定番なのだ。


「ですが今の時期なら、そこまで人は多くないと思います。ゆっくり楽しめるはずですよ」


「それは良かった。エルクの街には詳しいのか?」


「出身がエルクです。セグレルダについてはあまりですが、エルクの街のことなら少しはお教えできますよ」


「それならいくつか教えてほしい」


「何なりと」


 聞いておくべきなのは、最低限まず宿だな。

 それから食事も、美味しい店があるなら聞いておくか。


 俺がいくつかまとめて質問すると、御者は地元民らしくすらすらと答えた。


「宿でしたら『ナクアの星』というところがおすすめです。あそこなら、猫も快く受け入れてくれますから。もちろん、衛生状態も良好ですよ。食事は何といっても屋台街をおすすめします。どこも美味しくて安いです。そうだ、お客さんはお酒を飲まれますか?」


「少しなら」


「でしたらぜひ、『ナクアの星』の近くにある酒場を訪れてみてください。私の父と母がやっている店です。身内びいきではなく、美味い酒が飲めますよ」


「ありがとう。訪れてみる」


「ぜひぜひ」


 どうやらエルクもなかなかに良い街のようだ。

 休暇の楽しみが増したな。


 レイネとネミリは、相変わらずぐっすり眠っている。

 エルクまではあと数時間。

 俺もまた、日光の射し込む座席で姿勢を崩して目を閉じる。

 取りあえず少し寝て……


「お客さん!」


 突然、馬車が急停止した。

 俺、そしてレイネがパッと飛び起きる。

 ネミリはすやすや寝息を立てたまま。

 結構な振動だったけど、まあ起きないか。


「どうかしたのか?」


「モンスターが道を塞いでいます。まだバレていないようですし、回り道もできます。それか冒険者のお客さんですし、倒していただくか」


「レイネ、行けるか?」


「もちろんです」


「え、今のは誰の声……」


 御者が戸惑っているうちに、レイネが馬車を飛び出して行く。

 猫のまま4本足で駆けるその先にはモンスターの群れ。

 緑の体を持つ獣の姿。グリーンウルフだ。

 そこまで強くはない相手だな。


「ね、猫が飛び出して行ってしまいましたよ!」


「大丈夫だ。御者さん、ちょっと動きづらくなる。というか動けなくなる。悪いな」


「え?」


【破滅への導き手】を発動。

 俺にもレイネにもネミリにも御者にも、例外なくデバフがかかる。


「体が……重い……。お客さんこれは?」


「すまない。でもすぐに終わるから、ちょっと辛抱してくれ」


「ぐーすーぐーすぅ……ぅぅ……」


 うーん。何でネミリはこれでも寝てられるんだろうか。

 多少、寝苦しさは感じているのか、もぞもぞと体を動かしてはいるけど。


 4本足で駆けていたレイネが、前足を高く上げる。

 その瞬間、獣人へと変化した。

 御者が目を丸くする。


「猫……じゃない!?」


「彼女は俺の召喚獣だ」


「な、なるほど。人型になれる召喚獣なんて、初めて見ました」


「俺も初めてだったな、彼女らが」


 レイネが地面を強く蹴り、超低空で一段と加速した。

 土埃がもうもうと舞い上がり、もう彼女の姿は視認できない。


「【疾風爪リヴァリス】!」


 レイネの攻撃が起こした旋風で、土埃まで切り裂かれ晴れていく。

 完全に視界がクリアになった時、そこには胸に手を当てて頭を下げるレイネと、切り裂かれたモンスターたちが残っていた。


「ご主人様、全て倒しました」


「よし、ありがとう」


 俺はデバフを解除して、ネミリを起こす。

 倒したモンスターを【肉球次元ニャニャニャラウ】にしまっておけば、エルクの街で売れるはずだからだ。


「むー。何?」


「悪いな。レイネがモンスターを倒したから、肉球にしまっといてくれ」


「むー。気持ちよく寝てたのに。むーむーむー」


 何だかんだ言いつつ、ネミリはとことこ歩いて行って全てのモンスターをしまった。

 そしてレイネに抱っこされて帰ってくる。

 御者はただただ、その様子をあんぐりと口を開けて見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る