第46話

今までイザベラは、平民に敵がい心を持たれていた。入学している生徒の中で、イザベラが一番平民を嫌っていたからだろう。さすがに口には出さないが、自分はルーベルトの婚約者だと告げて彼の隣を譲らなかった。


平民たちはルーベルト王子の正妻にリコを据えようとしていたから、イザベラと正面衝突していた。だから、イザベラは平民を嫌っていたのだ。


 イヴは、泣いて退場するイザベラを追いかける。俺に声をかけることもなかった。かなり焦っていたのだろうと思った。なにせ、イヴはイザベラの友人だ。友人の涙を見なかったふりをするような心をイヴは持っていない。


 俺は、イヴを追うことにした。


 イヴは体育館の近くにいた。そこでイザベラがしゃがんで泣いていた。ドレスが汚れてしまいそだったが、イザベラもイブもそんなことを気にしないでいた。


「ルーベルト様は、私よりもあの平民が大事なんだわ」


 イザベラは、そんなことを口にする。


 そんなことないわ、とイヴが慰めていた。


 俺に気が付いたイヴは、俺にこっちにこいと合図をした。俺が近づくと、イザベラは皮肉気に笑った。


「婚約者になれば、一番大事にされると思っていたわ。でも、ルーベルト様は私よりも平民が好きなのよ」


 間違いないわ、とイザベラは言う。


 俺は、何というべきか迷った。今回はルーベルト王子が悪い。自分の婚約者を放っておいて、他の女性の手を取ろうとした。


「そんなことはないと思うぞ」


 俺は、そんなことを言っていた。思うに、ルーベルト王子は釣った魚に餌をやらないタイプなのだ。しかも、イザベラとは性格的に合わないとルーベルト王子は決めかかっている。その中で現れた気弱なリコに惹かれてしまうのは、しょうがないのかもしれない。


リコは平民なのでイザベラはどっしり構えていればいいのだが、過去には治癒の魔法使いが王族に嫁いだことがあると聞かされて焦っているのだろう。イザベラはルーベルト王子に好かれていないことを知っている。それでも離れないのは政治的な側面もあるが、なによりイザベラがルーベルト王子を愛しているのだ。


「ルーベルト王子は、ルーベルト王子なりにイザベラを大事にしてるって」


 俺の言葉に、イザベラは横に首を振った。


誰の言葉も今のイザベラには、届かないだろう。イヴがイザベラを慰めるなかで、俺は体育館に戻った。


ルーベルトは、誰とも踊っていなかった。


さすがにイザベラの件で、彼を誘う人間はいなかったのだろう。リコも隣にルーベルト王子が隣にいるのに、うつ向いている。いや、ルーベルト王子はいるからうつ向いているのかもしれない。


「ルーベルト!」


 俺は、そんなルーベルト王子の名前を呼んで彼の腕を掴んだ。ルーベルト王子は、きょとんとしていた。どうして、自分が呼ばれたのか分からないという顔だった。


「お前の婚約者が泣いているよ。お前のせいで……。はげまして来い」


 誰かを選べば、誰かが泣く。そんなことになることが、俺は嫌だった。だから、俺はルーベルト王子を呼んだ。


 ルーベルトは眼を白黒していた。俺がどうして怒っているのかも分からないようだった。だが、すぐにルーベルトは体育館の出入り口の方へと走り出した。


俺はその光景を見て、ちょっとばかりほっとしていた。ルーベルト王子の心がイザベラにないのかもしれない。それでも婚約者として、最低限のことはして欲しいと思った。それで、傷つく人間がいればなおのこと。


「キロルさん……あのイザベラ様とルーベルト様は大丈夫でしょうか?」


 リコの質問に、俺は「たぶん……」と答えた。


「イザベラ様は、ルーベルト様に愛されているんでしょうね」


 私が泣いて去っても誰も追ってくれないでしょう、とリコは言った。


 俺は、何も言えなかった。


 ルーベルト王子の心は、リコにだいぶ傾いている。


そして、きっと相性もいいのだろう。ルーベルト王子は気弱で大人しいリコと意見が合うだろうし、何があってもリコはルーベルト王子を責めはしないだろう。


でも、それは言ってはいけないことだと思った。だって、イザベラとルーベルト王子は婚約しているのだ。たとえそれが変更可能でも、できるかぎり繋がりを保つ努力をしなければいけない。


「リコは、ルーベルトが好きか?」


 俺は、小さい声で尋ねた。リコはその質問に驚いていたが、すぐに自分の足元に視線をもどした。


「好きか嫌いかを言われてしまえば……好ましい方だと思います。でも、あの方の隣に立つ技量は私にはありません」


 リコの答えに、俺は「そうか……」と呟いた。ルーベルト王子は将来は国を背負って立つ。その隣にいる王妃は、王子と性格的に相性が良い相手だけでは務まらない。リコは、それをちゃんと理解している。


「平民の人が、私を王妃にしたいという気持ちもわかります。この国は貴族の発言権が強いですから……私が王妃になることでそれも変わるのかと思っているんです。王妃が平民出身だったら、自分たちの意見も顧みられるだろうって。でも、私は治癒の魔法を使えるだけで……将来の王妃になんてなれません」


 リコは、大きなため息をついた。


「だから、来たくなかったんです」


 リコは、そう言った。


 俺は、リコを無理やりつれてきたことに罪悪感を覚えていた。


「ごめんな……無理に連れてきたりして」


 謝る俺に、リコは首を振った。


「いいえ、ルーベルト王子が悪いんです。自分の婚約者を大事にしていれば、こんな騒ぎにはならなかったのでしょうから」


リコとそのまましばらく待っているとイヴが帰ってきた。


イヴは何度も心配そうに、体育館の出入り口を見ていた。イヴが帰ってきたということは、イザベラたちは収まりがついたのだろうか。


「イザベラとルーベルトは落ち着いた?」


 俺は、イヴに尋ねる。


「イザベラは、落ち着いたみたい。でも、ルーベルト王子に……「心はリコのところにあるんでしょう」とか「あの子を愛妾にして、私を飾りだけの正妻にする気なの?」とか「それともあの子を王妃にするの」とか言っているわ」


 それは、まったく落ち着いていないのだろうかと思った。ルーベルト王子はそれを聞きながら、何も言い返すことができなくなっているらしい。怒ってパニックになっているイザベラの相手は、ルーベルト王子にはできないだろう。そう思った俺は、ルーベルト王子のところへと行こうとした。


「待って!」


 イヴは、俺の腕を掴んだ。


「こういうことは、本人たちが解決しないと。間に入れば、この場は収まるかもしれないけど……ずっと引きずってしまうかもしれない」


 そうイヴに言われていしまった。俺は、大人しくイヴの隣に戻る。


「リコ、ごめんなさい。イザベラが迷惑をかけてしまって」


 イヴは、リコに頭を下げる。リコは慌てていた。


「そんな……頭をあげてください。私なんかのために謝らないでも……」


 イヴは「あなたを無理に連れてきたのは、私よ」と言った。


「イザベラが、あんなに嫉妬するなんて思ってもみなかったの……友人失格ね」


 イヴは、ため息をついた。


「イヴさん。私はイザベラさんから、ルーベルト様を奪う気はありません」


 リコはそう言った。イヴは、笑う。


「大丈夫、分かっているわ。イザベラは、今頭に血が上っているだけよ。ルーベルトが落ち着かせれば、いつものイザベラに戻るわ」


 聞きながら、俺は大丈夫だろうかと思った。ルーベルト王子が、イザベラをなだめるという構図が俺には思いつかなかった。イヴが俺の方を見る。その目が、大きく見開かれる。


「キロル、後ろ!!」


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