第45話

 俺は、鏡を見た。


 もう何回も来たいっちょうらが、摩耗して擦り切れているような気がした。今日は昼から舞踏会である。本来ならば舞踏会は昼からではなく夜におこなわれるが、学校のイベントとしてやっていることなので仕方のないことなのだろう。


 俺が部屋をでると、男子生徒たちの輝くばかりの服を見た。貴族たちは当たり前だが、平民たちも新しい服を仕立ててきたらしい。悲しいことに一目でおさがりと分かる俺の服が、一番みすぼらしいと思った。


「うちは行かんから、楽しんでくるんやで」


 ローにそう言われて、部屋を出る。このままイヴを迎えに行かなければならない。だが、イヴと並んだら俺は使用人に思われそうである。


 俺は、イヴの部屋のドアを叩いた。


「準備できたか?」


 俺の言葉に、ドアの向こう側で慌てるような物音が聞こえた。ニアが「少しまっていてください」という声が聞こえた。リコの着付けもやっているから忙しいらしい。しばらく待つとドアが開けられた。


「キロル……」


 現れたイヴは、翡翠色のドレスを着ていた。この世で一番綺麗なものは何だと聞かれたら、今のイヴだと俺は答えるだろう。翡翠色のドレスは彼女の金の髪を引き立て、まるで妖精のように現実ばなれした美をさらしている。


「すっごく……綺麗だ」


 思わず、そう言った。イヴが自分の見た目を褒められることが嫌いだと知っていたが、俺は今のイヴを称えることしか出来なかった。


「キロル……その……ありがとう」


 イヴは、うつむく。


 恥ずかしがっているようだった。


 俺たちは、舞踏会の会場である体育館に向かった。もちろん、俺はイヴをエスコートした。俺の腕にイヴはつかまり、俺たちは体育館の入り口からなかに入った。これは本物の舞踏会ではなく、あくまで「舞踏会ごっこ」である。


それでも俺は緊張し、同時にイヴをエスコートしていることが誇らしく感じた。俺の許嫁はこんなにも美しいという誇らしさだった。


「ここでいいわ」


 イヴは、俺の胸を押した。


 今日の俺は、もう一つの役割がある。リコのエスコートである。俺は急いで寮に帰って、着替えたリコを迎えにいった。着替えたリコはいつもの根暗な印象がなかった。なぜだろうと思っていると、リコは前髪を上げていた。


 俺は、リコを体育館までエスコートする。これで、今日の一番の仕事は終わった。緊張が解けた俺は、周囲をぐるりと見渡した。貴族たちの生徒は無論、平民の姿もちらほら見えた。


どうやら裕福な平民たちは、ドレスを整えることができたらしい。女性は美しいドレス姿になっており、男子も真新しい正装に包まれていた。この会場で一番みすぼらしい恰好をさらしているのは、やはり俺だった。俺の服は一目で古いと分かるデザインだったし、布がこすれて薄くなっているところもある。


 俺は、それを気にしないことにしていた。いつものことである


「キロル」


イヴの声がしたので、俺はリコから離れた。


イヴは優雅に微笑みながら、俺の元に現れた。


「ほら、キロル。おどりましょう」


 俺は、リコの方を見た。


リコは「私のことはいいですから」と呟いた。俺は安心して、イヴの手を取った。俺はイヴと共に、ゆったりと踊った。他の生徒も色々と着飾っていたが、そんなものなど目に入らないぐらいにイヴは美しかった。


 俺とイヴは、二曲目も共に踊った。二曲目を続けて踊れるのは、婚約者の特権である。


「リコのところにも行ってあげて」


 イヴは視線だけで、俺に告げた。


「私の方は、大丈夫だから」


 そう言われて、俺はリコのところへと向かった。リコはすっかり壁の花となっており、誰とも踊っていなかった。


 だが、俺がリコに声をかける前にルーベルト王子がリコに声をかけた。俺は嫌な予感がして振り返る。


そこには、イザベラがいた。


真っ赤なドレスを着た彼女は、嫉妬の炎に燃えていた。


「ルーベルト様」


 イザベラの言葉に、俺は恐怖を覚える。彼女はまっすぐにルーベルト王子の元に向かっていた。誰もがイザベラを止めようとしなかった。怖くて。


「ルーベルト様。あなたの婚約者は私ですよ。なのに二曲目も踊ってもらえないのですか?」


 イザベラの怒りに同情する女子生徒は多かった。普通ならば、許嫁と二曲目を踊るものである。なのにルーベルトはイザベラを放っておいて、リコのところへと行った。


「……でも、リコが壁の花になっていて可哀そうだろ」


 珍しくルーベルト王子はイザベラに反抗した。もしかしてと思った。ルーベルト王子は勝気でプライドが高いイザベラよりも、常におどおどしているリコの方が好きなのかもしれないと。婚約式や普段の行動を思い返してみても、ルーベルト王子はイザベラの性格を好んでいない。そのため気弱なリコを好きになってしまったのかと。


「そんな女よりも私を優先してください!」


 イザベラは泣いていた。


 その涙に、俺はぎょっとしていた。イヴも驚いていたので、友人にも彼女は涙を見せないタイプなのだろう。そんな彼女が泣いている。ルーベルト王子もどうすればいいのか分からないようだった。


 そして、そのままイザベラは会場の外へといく。

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