第42話

 俺は一人部屋だから特に何もなかったが、上からは「どこに行っていたんですか!お嬢様!!」とメイドのニアの怒鳴り声が聞こえた。


その怒鳴り声を聞きながら、俺は心の中で謝っていた。制服の汚れの件はギギが悪いのだが、彼は謝りそうではないので代わり謝っておいた。俺の謝罪はメイドには届かないが。


 新しい制服に着替えた俺は、朝飯の前に用事をすましておくことにした。フライニー先生に魔王の魂が解き放たれていることを知らせなくてはならない。基本的に先生たちも学院に住んでいる。俺は、教師専用に寮に行くことにした。生徒専用の寮とは違って、教師の寮は小さい。恐らく先生の数が少ないせいだろう。なお、生徒の寮から少し離れた場所に建てられているために、徹夜した身には辛い距離だった。


「フライニー先生!」


 俺は、フライニー先生の部屋のドアを叩いた。ドアにフライニーと書いてあったので、迷うことはなかった。ドアを叩くと、寝ぐせをつけているフライニー先生が現れた。どうやらフライニー先生は朝が弱いらしく、どこかぼんやりとしていた。


「あの先生……」


 俺は、今夜のことを話した。その間、竜のローは俺の頭の上で退屈そうに欠伸をしていた。会ったばかりなのに、こんなにもリラックスしているなんてと思った。野生を忘れた飼い猫のようだ。


フライニー先生は最初こそ寝ぼけていたが、俺の話を聞いて目が覚めていったようだった。段々と真面目な顔になる。


「信じられない話だな」


フライニー先生はそういうが、俺の頭に証拠がある。


ローだ。


竜の子供のローに、フライニー先生は興味を持った。外見は竜っぽくないが、間違いなく竜の子供である。


「先生、今は竜のローよりも魔王の魂ですよ」


 俺は地下で見つけた、魔王の書かれた鳥かごのようなものがあったと告げた。だが、先生はその鳥かごについては興味がないようだった。


俺は、それが意外だった。


フライニー先生いわく魔王の魂は、確かに鳥かごのような檻に閉じ込めていたらしい。そして、その檻は誰も分からない場所に保存されていると語った。


ならば、俺たちが見つけた魔王と書かれた鳥かごは何だったのだろうか。


「そういう偽物は、随分と出回っていたんだよ」


 フライニー先生いわく、偽物が魔王討討伐後に大量に出回ったらしい。無論、魂は最初から入れていない。子供用の玩具として作られたらしい。


当時の子供たちは、それを持って魔王討伐ごっこをしていたという。五百年も前の話なのに、何故だか俺には昨日のことのようにはっきりとその光景を思い浮かべることができた。


それと同時に、俺は見つけた鳥かごのことを思い出していた。


子供用のものとは思えないほど、精密だった。俺は、フライニー先生に地下で見つけたものは本物だと伝えた。フライニー先生は鳥かごが本物だと言う話を信じていないようだったが、俺はその鳥かごを本物だと思っていた。


「フライニー先生。もしも本当に魔王の魂が解き放たれたとしたら、どうなるでしょう」


 俺は気になって、先生に聞いてみた。


 魂が解放された魔王はどうなったのか、気になったのだ。


 フライニー先生は「難しい質問ですね」と言って、少し考えていた。


「君は、イヴの別人格のことは知っていますよな?」


 フライニー先生の言葉に、俺は頷く。なんせ許嫁だ。イヴのことについては、大体知っているつもりだ。


「知っています。ギギですよね」


 フライニー先生は、頷いた。


公爵は、イヴのことを詳しく話したらしい。たしかにギギが何か問題を起こした時に、ギギのことを先生が知っていたほうが面倒は少ないだろう。


「そうだ。魔王の魂が解き放たれたのならイヴのように転生し、誰かの第二人格として潜んでいるかもしれない。まぁ、確率は低いが」


 イヴの前世はギギであり、ギギは転生前の記憶を保持している。このようなことは、とても珍しいことなのだとフライニー先生に説明を受けた。そして、万が一誰かの生まれ変わったとしても魔王の魂が記憶を保持している可能性も低いとフライニー先生は言った。


 俺は、心のどこかでほっとしていた。


 強く慈悲など持ち合わせていない魔王が、現代によみがえることをずっと恐れていたのだ。魔王は五百年前に倒された、というのに俺たちは未だに魔王の恐怖を恐れている。


「ところで、あと少しで朝の授業が始まりますよ」

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