第40話
「キロル、魔法を使え」
ギギの叫びに、俺は魔法を使って答えた。
「レベル1。噴霧」
白い煙があたりに漂い、俺たちは逃げた。
白い煙に、竜がもがく。ばん、と今までとは違った音がした。振り返るとギギが苦戦していたドアが竜の尻尾にあたって、ドアが壊されていたのだ。
外に逃げれば、誰かが助けてくれると俺は思った。だが、入ってきたドアに触れる前に、ギギが俺の後をついてきていないことに気が付いた。咄嗟に俺はギギからもらった魔石を取り出して、その一つを投げた。
封じられていた魔力は炎に包まれ、部屋を一瞬だけ明るくした。その明るさのなかで見えたのは、自分の何倍もある竜に挑んでいたギギだった
「レベル2、燃えろ」
そう叫ぶギギの周囲には、たくさんの矢が現れていた。その一本一本には炎がまとわりついており、竜に向かって飛ばした。だが、硬い鱗に覆われていて竜には攻撃が効いているようには見えなかった。
「何やっているんだ、ギギ!」
至近距離にいたら殴ってやりたい気分だった。体はイヴのものと分かっているのだが、ギギの行動にそのことはすっかり頭から抜けているように思えた。
「逃げて、コイツが追いかけてきたらどうすんだ。こいつは、ここで倒す!」
ギギの考え方に、俺は頭が痛くなった。
ギギは、一人で竜を何とかできると思っているのだ。だが、俺は先生に助けてもらうことしか考えていなかった。
大体、竜なんて子供二人でどうにか出来るものではない。大人たちが準備を入念にして、作戦を立てて、それでようやく戦えるような相手だ。
そんな竜をギギは一人で倒そうとしている。
「ああ……まったく」
この場にギギを置いてはいけない。
ギギは、俺の婚約者のイヴでもあるのだから。
「レベル1。噴霧」
俺は、叫んだ。
周囲の霧が深くなり、竜は着地していたギギを見逃したようだった。
「やるじゃないか」
ギギの言葉に、「十分だ」と俺は言い返した。
「十分過ぎたら、逃げて先生をよぶよ」
俺の言葉に、ギギは満足したらしい。笑っているのが、声で分かる。正直、竜の唸り声よりもギギの笑い声のほうがうるさかった。
「十分なんて、短すぎるな。まぁ、いいか」
ギギは、自らの足を高く上げた。
制服の長めのスカートをはいているのに、そこから足どころか下着も見えそうな姿勢だった。炎は、高く上げられた足に巻き付いた。俺はイヴの足に火傷の痕が残るのではないか、と思って心配になった。
だが、炎はギギを害することはなかった。
それどころか、ギギは熱さすら感じていないようだった。そう言えば、最初に光源を使っていたときも熱そうにはしていなかった。
指先で小さくても炎は、炎だ。だが、ギギは熱さを感じているふうではなかった。だとしたら、足に炎をまとわせたのは指先の光源と同じ原理なのかもしれない。
「前より、走り込みで鍛えるな。感心、感心」
ギギは、イヴが頑張って鍛えた足の筋肉に感心していた。それと同時に、ギギは竜の背中の上をかけていった。竜は壁に体を押し付けて、自分からギギを振り落とそうとしていた。
だが、ギギも負けてはいない。炎を身に着けたギギが竜の上を走ると、竜は苦しんでいた。竜は硬い鱗で守られているが、ダメージがないという訳ではないらしい。ギギの炎は使用者を燃やさず、竜だけを燃やした。不思議な原理だが、今はそれを考える暇はない。
ギギは走ることを止めず、竜の頭の上に飛び上がる。ギギは竜の頭の上から、さらに高く跳んだ。その結果、ギギは竜の真上を跳んでいた。
俺はせめて竜からギギが見つからないように、霧を噴霧した。霧のおかげか、ギギがより高く跳んだせいなのか、竜はギギを見失っていたようだった。
「身体能力が上がってる……」
ギギのレベル3は魔法によって身体能力を上昇させて相手を攻撃する、という接近戦専用の魔法のようだった。ギギがイヴの体を鍛えさせていたのは、この魔法に対応するだけの身体能力をつけさせるためだったのかもしれない。無論、他の魔法のためもあっただろうが。
「よう。この顔を覚えておきな。お前をたおしてやる男だぜ」
天高く跳んでいたギギが、勢いを殺さずに竜の顔に着地。それはまるで弾丸で竜の顔を打ち抜いたような光景だった。ギギの踵落としは、完璧な形で決まった。
痛みを感じた竜は、苦しみのためか滅茶苦茶な動きをし始める。ギギは振り落とされてたまるか、とばかりに竜の顔にしがみつく。そして、竜が動きを止めたわずかな時間に竜の右目に炎を待っとった足で蹴りを入れる。
ギギは、もう片方の目も潰そうとしていた。そんなとき――「まった!!」と人の声が聞こえた。ギギはきょとんとしながらも、竜の残っていた片方の目に蹴りを入れる。
「てめぇ、『まった』と言ったら攻撃を止めろや」
子供のような甲高い声だ。しかも、それは何だか竜の方向から聞こえてくる。
途端に巨大な竜の体が、どんどんと縮んでいった。その光景に一番とまどっていたのはギギだったかもしれない。彼はとりあえず地上に降りて、小さくなっている竜を観察していた。
竜は、小型犬ぐらいの大きさになった。
ギギが両目をつぶしたはずなのに、両眼は綺麗にそろっている。
「もしかして、さっきのは魔法?」
俺は、戸惑いながら竜に尋ねた。魔法で幻術を見せていたか、自分にかけて大きくなっていたかのどちらかである。
「大人の恰好になる魔法や。普通は逃げ出すもんやのに、なんでかかってくるんや!!」
小さくなった竜は、「最近の子は、竜をうやまるってことを知らへんのか」と文句を言っていた。よく見ると竜の体にはわずかに赤みがあった。だが、徐々に薄くなっていたので魔法で回復しているのかな、と思った。竜などの高い魔力がある生物は、人間と違って複数の魔法を使いこなしている。回復の魔法もその一つだ。
「下に書かれているのは、やっぱり転移の魔法か」
ギギは、床に触れる。
今まで大きな竜ばかり見てきたから、床に何かが書かれているかなど気にしていなかった。床に書かれた模様は、確かにあった。文字ともとれる床の模様に、俺は触れてみる。俺が触れた程度では、なにも起きなかった。だが、竜をこの場所に転移させるためのものらしい。
「竜っていっても生き物だからな。餌はいるし、糞尿も出す。ところが、この場所には餌になるものも排泄物もない。だから、転移させるための魔法がどこかにあるとは思っていたんだ」
言われてみると、ギギのいう通りである。この部屋は、子供が来ても怖がらせて追い出すための部屋だったのだ。
「うちはこの場所ができた時に、ここに来る子供らを怖がらせるために当時の学長と約束したんや。なのに……なんなんや、いきなり攻撃してきたのは二回目やで」
過去に誰かも、ここに入ろうとしたらしい。その人もギギのような性格なんだろうか、とちょっと気になった。
「おい、奥の部屋を見に行っていいか?」
ギギの興味は、奥の部屋に移っていた。さっきの戦いで部屋のドアは壊れており、少し力を入れればドアは壊れそうである。
「……行っていいの?」
俺は小さくなった竜に聞いてみた。あのドアを守っているのだったら、大事なものなのだろうと思った。
「別にかまへんで。どうせちょっと値打ちがあるもんしか置いてない」
竜の話は、夢を壊すようなものだった。
だが、現実はこんなもんだろう。
「あんたら、上の学校の生徒か?」
竜が、俺に聞いていた。
「ああ、そうだ。あっちのギギが入り口を見つけて、俺はここまで連れてこられただけだけど……」
現在、視界の端っこでギギがドアを破壊している。直視しないようにしよう。
「なんなら、ウチを外まで連れて行ってくれへんか。人間の生活も見てみたいし」
俺としてはそれは問題ないのだが、この部屋の守りがいなくなっても大丈夫なのだろうか。
「誰か来たら、魔法で呼び戻されるさかい」
そう言えば、そういう仕組みの魔法だった。
なら、俺たちが竜を連れ出しても問題はないな。
「わかった。ところで、君の名前は?名前がないと呼びにくいんだけど」
俺の言葉に、竜は少しばかり考える。それを見て、「ああ、そうか」と思い出した。竜などの魔法をよく使う種族は、本名で呼ばれるのを嫌うと聞いたことがあった。本名を使って相手の動きを封じる魔法があるから、らしい。俺はそんな大層な魔法を見たこともなかったが。
「ローって、呼んでや」
ローは、本名ではないらしい。
竜の本名に興味がなかった俺は、竜を持ち上げてみた。持った感じは、砂糖袋三個分だろうか。常に持っていたい体重ではない。
結構重かったので、ローには背中に乗ってもらった。はたから見るとローを背負っているように見えるだろう。
「ギギ、もう行くよ」
部屋を見ていたギギに声をかける。ローが守っていた部屋の中身は、一言で言うと物置のような部屋だった。むろん、売り飛ばしたら高値が付きそうなものもある。だが、それのために竜と戦わなければならないと思うと採算が合わない。
「おーい、これってヤバくないか」
ギギが持ってきたのは、鳥かごのようなものだった。その下のネームプレートには、魔王と書かれている。
「そいつは魂を運ぶ檻やな」
ローの一言で、俺は震えた。鳥かごは壊れており、鳥かごの開封は自由自在だった。これは中身があったら、外に逃げちゃうよな。俺の予感がギギにも伝わったらしい。
「このなかに、魔王の魂があったのか?」
だとしたら、魂はどこに行ったのだろうか。
「ロー、お前は気付かなかったのかよ」
ギギは、ローに詰め寄った。その表情には、鬼気迫るものがあった。そう言えば、ギギは魔王がいた時代に生きていたのだった。その危険性を知っているのだ。
「ウチは、あくまで学生をビビらすのが仕事や。中身の管理は、人間の領域やろ」
すでに魔王が滅ぼされて、五百年。人間側は、魔王を地下に封じたことをすっかり忘れていたのだ。
「頭が痛くなってきた」
ギギは、米神をもんでいた。五百年は長い。
そのため、伝統などが消えてしまうことだってある。だが、魔王の魂を放置してしまうのはまずいだろう。鳥かごも経年劣化で、壊れてしまったというし。
ローの件も含めて、学校に居る大人に報告しなければならないと思った。
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