第38話

 今日の授業がすべて終わると、生徒は食堂に行く。夕飯を食べるためである。貴族が多く通うだけあって、夕食はかなり美味しかった。


カレイという聞いたことのない魚のソテーがメインだったが身はパサパサになっておらずしっとりしていて、白身の魚を焼いただけなのに満足感を感じた。


 イヴも美味しそうに食べていた。ここの飯を食べられるだけで、入学した価値があるというものだ。


「美味しいわ」


「美味しいね」


 婚約者と美味しいもの食べられる。この上ない幸せに、俺は酔っていた。


「ルーベルト様、こちらの席にどうぞ」


「ルーベルト様、こちらでお話しましょう」


 イザベラとリコの周辺が、うるさいことを除けば。


今日は、ずっと二人の淑女がルーベルト王子の席の隣を奪い合っていた。それを側で見ていた俺は、ずっと頭が痛かった。ルーベルト王子の心はよくわからないが、婚約式までやったのだからイザベラのことを大事にしてやれと言いたかった。


だが、ルーベルト王子としては平民出身のリコの話を聞きたいようだ。それをイザベラは「自分に飽きたから」と解釈して、またヒステリックに暴れだすのだ。


 イザベラは普段だったら普通の令嬢なのに、今のイザベラの態度は他の貴族の子弟に悪い印象を与えている。せっかく婚約式でイザベラを認めていた貴族の子弟たちは、彼女を王妃に相応しくないかもしれないと考えるようになってしまうかもしれない。


まぁ、リコも王妃に相応しいとは思われてないだろうが。リコは、性格的に大人しすぎる。王妃は、もっと強くなければならない。


「キロルは、誰が王妃に相応しいと思う?」


 食事の途中で、ギギが顔をだした。食事の最中に人格を替えるのは、珍しい。そもそもギギは、こういうかしこまった席が苦手だ。今も用意された魚料理をどうやって食べるべきか悩んでいる。人目があるから下品な振舞はしないが、人目がなかったら指でつまんで食べていただろう。


「どうして、そういう話題になるんだよ」


 文句を言いつつも誰のもが、そうような話題で盛り上がっていることは知っていた。俺がイヴとの食事中にそのような話題を振らなかったのは、イザベラがイヴの友人だからである。


「イヴの友人のイザベラは気が強くて王子を尻にしきそう。リコはイザベラほど強さはないが、ルーベルトとは性格は良さそうだ」


 ギギはどちらがいいかな、と呟いている。フォークをやっと見つけたギギは、カレイの身にかぶりついていた。


「イザベラは、イヴの友達だろ」


 イヴの婚約者である俺は、イヴの味方にならないといけないと思っていた。しばらくして、ギギは「個人的な話だよ」と言った。イヴとの関係性を考えずに誰を王妃として、誰を王妃として推すかをギギは聞きたいようだった。


 俺は、まずはイヴにはこの話は聞こえるかと尋ねた。


 ギギはイヴには、聞こえないと言った。イヴは疲れて眠ってしまったらしい。今日は初めて授業で、疲れていたのだろう。だが、寝落ちするのほど疲れていたとは思えない。ギギの嘘かもしれないが、出てきてしまったものはしょうがない。


「王妃はリコの方がいいと思う。リコには治癒の力があるし、彼女を王妃にしたら民衆も納得するだろう。イザベラの性格では敵を作るだけだ」


 王妃になれば、それなりの教育を受けなければならない。リコは今までは無知だったが、この学院に通っていれば嫌でも基本的なことは身につくだろう。


「ふーん、意外だな。お前が民衆のことを気にするなんて」


 ギギは、フォークを鉛筆のように回していた。退屈なのだろう。淑女として失格な遊びなので、俺は注意した。公共の場でイヴの評判を落とすようなことは、して欲しくなかった。


「民衆は納得しなければ、その上にいる貴族が納得しない。反乱がおこる」


 俺の言葉に、ギギは不思議そうにしていた。


「俺はてっきりイザベラを押すのかと思った。彼女は貴族だし、色々なところに伝手があるだろう」


 ギギはそう言った。彼女は公爵だから、伝手は確かに多いかもしれない。


「その伝手が使えるかどうか……」


 俺はデザートを食べながら、前に調べたことを思い出す。


 イザベラは公爵家の人間である。だが、実家の資産を調べると昔ほど裕福ではないらしい。イヴの友達だから、そのあたりのことは調べたのだ。


すると、イザベラの実家は今年になって自分の土地を売り払っていることが分かった。貴族はよっぽど切羽つまらなければ、土地を売らない。自分の土地の税金が、貴族の基本的な収入になるからだ。


さらにイザベラの家は、イヴの実家から借金までしているらしい。今は平和でも、イヴとイザベラの仲がどうなるかは分からない。だが、言えることはイザベラの実家は誰よりも彼女が妃になることを望んでいることは間違いない。


「結構、お前も調べているんだな」


 ギギの言葉に、俺は「当たり前だろ」と答えた。婿養子先のことを調べないわけにはいかない。イヴの実家は、どこかに借金していることはなかった。それどころかイザベルの実家が売った土地は、ほぼイヴの家が買い取っていた。


 もし、公爵家に順位をつけるとしたら、イザベルの実家よりもイヴの実家のほうが上になるだろう。今は実家のことを気にせずにイザベラとイヴは友人関係を築いているが、実家にもどってからはどうなるのだろうか、と気になっていたのだ。


「ギギ、お前はどうなんだ」


 俺の注意を聞かずにフォークをもてあそぶギギに、俺は尋ねた。ギギは、びっくりしたように目を丸くしていた。


「俺はな……二人とも王妃に相応しいとは思わない。イヴのほうがずっと相応しい」


 ズルい答えだった。


 俺だって、誰よりもイヴが素晴らしい淑女だと思っている。だが、ルーベルト王子とイヴは親戚同士だ。二人が結婚することはありえない。


「それより、食べ終わったよな。じゃあ、行こうぜ」


 ギギは、俺の腕を引っ張る。


 傍から見ればイヴが滅多に言わない我儘しているようだが、悲しいことに今はギギだ。俺は立ち上がって、ギギの背中を追った。


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