第37話
ギギはサンドイッチを買えと念を押して、教室を出ていった。
俺も仕方なく席を立って、購買部に向かう。購買部は混んでいた。
この学院には、食事をとれる場所が二つある。購買部と食堂だ。ランチはどちらか選ぶことができるが、朝と夕は食堂で食べることが決まっている。
そのことを思い出して、俺はため息をついた。きっと夕食時も、イザベラとリコの戦いが始まるだろう。俺自身は平和主義者なのに、周りがそう行動させてくれない。できれば、二人とも喧嘩しないで欲しい。それか、ルーベルト王子が二人を和解させるべきだろう。無理だろうけど。
購買部で、ギギに言われたとおりにサンドイッチを二人分買った。俺以外にも購買部を利用する人は多くて、思った以上に二人分のサンドイッチを手に入れるのは難しかった。
しかも、サンドイッチは人気のメニュー。買えたのが奇跡だった。今度購買部を使うときは、絶対にギギにやらせよう。そう決心して、校庭に向かう。
ギギは校庭で、朝の授業の的を見ている。
ギギはしゃがんで、何かを探しているようだった。土を見て、何が分かるのだろうか。まさか、学校に黙って野菜でも育てる気だろうか。
「なにやっているんだ?」
俺は、ギギに尋ねた。
ギギは、数個の石をもって立ち上がった。
「これ、何に見える」
ギギは、俺に石を見せた。それは俺には、汚れた石以外の何物にも見えなかった。
「石だろ」
間抜けな答えだが、石が石であることは変わりない。ギギはスカートを使って、石の汚れを落とそうとした。
「やめろ!」
新品の制服が汚れる前に、俺はハンカチを取り出した。ギギにそれを渡すと「ちぇ……」と不満そうに唇を尖らせた。
「この服はドレスよりはましだけど、新品すぎて嫌なんだよ」
ギギは、そんなことを言った。新品すぎて制服を嫌がる令嬢など、何処にいるというのだ。ギギは仕方なく、俺が手渡したハンカチで石を拭いた。磨くと石はピカピカと光りだした。
「なんだこれ」
見たことない石に、俺は少し興奮していた。それは、海に行ったときに見つけた波でもまれたガラスの破片にも思えた。
「魔石だ」
ギギの言葉に、俺は少し驚いた。魔石は魔力がない人間が、魔法を使うために使う道具だ。そのほかにも初心者の魔法を安定させる役割も果たす。
結構珍しいが、店でも変える。
俺自身は安定した魔法を使えるので、魔石に頼ったことはない。家族も買わなかったから、魔石の詳しい値段はしらない。
俺は、少しばかりがっかりした。ギギと一緒ならば、不思議な小箱でも発見できそうな気がしていた。それが魔石だなんて、肩透かしを食らった気分だった。
「まぁ、見てみろ」
ギギは、魔石に息を吹きかける。そうやって、魔石に魔力を込めたのだ。それを見ているとこの状態の魔石なら高く売れるのではないかと思った。普通の魔石は、魔力を込められていないからだ。
「いいか。ちゃんと見ておけよ」
ギギは、それを壁の向こう側めがけて投げた。石はてっきり壁の向こう側に届いたと思ったが、バチという音と共に見えなくなった。恐らくは空中の何かにぶつかったのだろう。だが、俺の目には石が突然砕けたことしか分からなかった。
「見たか。この学院は壁だけじゃなくて、空にも脱走不可能な魔法を使っているらしいぜ」
ギギの言葉に、俺は唖然としていた。
もしかして、これを見つけたので俺を校庭に呼び出したのだろうか。ギギの方を見ると「どうだ」とばかりに胸をはっていた。やっぱり、コレを俺に見せたかったのだろう。
「あとこれな」
ギギは的の下を掘り始めた。ギギが下を掘るので、俺は倒れないように的を支えることになった。ギギの制服は、結局泥だらけになった。イヴのことだから制服は何着か予備を持っているだろうが、今着ている制服にはクリーニングが必要だ。
「ほら、これ」
ギギが掘り出したのは、地下に続いていそうな木の扉だった。ギギは、どうしてこんなもの見つけることができたのだろうか。
「さっきの授業前に暇だったから、ここら辺を探索していたんだ」
犬みたいだな、俺は思った。
ギギを含めて生徒は学院の外には出ていけないので、学園内で面白いことを探していたのだろう。そして、魔石が多いここらへんを掘っていたのか。本当に犬みたいだ。
「逃げられない学院に、謎の地下への入り口。なんかこう、冒険みたいで楽しいだろ」
ギギは、興奮を抑えきれないようだった。お前は幼児なのか、それとも犬なのか。俺は、痛む頭に手を当てた。いや、俺も結構ワクワクしていたが。自分も男の子だということだ。
「なぁ、放課後は探検しようぜ」
ギギは楽しそうだった。日中は授業のせいもあって、なかなか外にでれないのでストレスでも溜まっているのかもしれない。それとも青春をしている学生たちにあてられたか。どちらにせよ、俺には迷惑な話だ。
「探検なんかしないからな」
明らかに隠してあったドアを開けて、冒険してみたいとは思う。だが、そんな冒険よりもイザベラとリコの仲をどうにかしたい。
このままでは、移動教室ごとに戦いが起きかねない。いや、リコは悪くないのだ。ただ周囲の庶民が、イザベラに喧嘩売ろうとしているだけで。
「なぁ、イザベラとリコとの喧嘩ってどうにかならないか?」
俺は、たぶんこの問題でまったく役に立たない人物に相談した。話してから、そういう話はイヴに相談すべきだろうと思った。
「リコってアレだろ。平民で治癒魔法が得意な女。部屋から出さずに、閉じ込めていたらどうだ」
過激な意見が出てきた。そんなことはできないし、やる気もない。ギギだって、やる気はないだろう。
「てか、ルーベルトに選ばせればいいだろうが」
ギギの言葉に、それが出来たら苦労しないんだって言いたくなる。
ルーベルト王子にそういうことを言わないので、イザベラが嫉妬で狂っているのだ。婚約式までやったのだから、少しは気を使ってもいいのに。
「ギギ、そろそろ昼飯くうぞ」
俺は、ギギに昼飯のサンドイッチを投げわたした。ギギはそれを受け取ると、さっそく食べ始める。女性だったら座れる場所を探すだろうが、ギギはそんなことをしない。男らしく、立ちながらガツガツ食べている。
「ギギって、もしかして兵士かなんかだったのか?」
乱雑にサンドイッチ食べていたギギは、目を見開く。
「そうだけど。言ってなかったか?」
俺は「やっぱり」と呟いた。ギギのがさつのところは、軍人故か。
「次の授業はなんだっけ」
俺は「数学」と答えた。今度の授業もイザベラとリコの勝負になるのかな、と思うと気が進まなくなる。
「じゃあ。夕飯食べたら、ここを探索するぞ」
じゃあ、ではない。
俺は、一緒に行かないと言っているのに。
昼飯を食い終った俺は、次の授業のために移動を始める。それにギギもついてきた。いや、ギギではなかった。
今の彼女は、イヴだった。
イヴは、自分についた泥だらけの制服から土を払っている。「ギギはがさつだから」と一人で呟いた。
「キロル、ギギがすみません」
イヴの言葉に、俺は慌てて彼女が謝る必要がないと言った。
ギギとイヴは、別人格だ。
一応イヴが主人格のようだが、俺はギギの奇妙な行動にはイヴが責任を感じることはない、と思っていた。ギギだって、本気でイヴを困らせるようなことはしない……と思いたい。
ギギが俺を誘ったということは、俺を連れて行ったほうが安全だとギギは考えたのだろう。俺も一応魔法使いだし、肉体は男だ。ギギも強力な魔法使いだが、肉体的には女の子だ。何かがあった時ため男の俺が必要だと思ったのだろう。
息を吐きながら、俺はイヴに言った。
イヴは、苦笑していた。イヴにもギギの算段は伝わっていたらしい。
「夕食が終わったらギギと一緒にいるから、心配しないでくれ」
イヴは、ぽかんとしていた。
俺がさっきまで行かない、と言っていたからだろう。
「ギギを一人にしておくのは、危険だからな」
お目付け役として付いていく、とイヴには言っておいた。
イヴは、少し安心したようだった。
ギギは心強いが、引き留める役を決めないでいた方が怖い。
「キロル、ギギが危ないことをしようとしたらすぐに止めてね。私もできるだけ見ているけど」
イヴにも、ギギをよろしく頼むと言われてしまった。イヴとギギなら、精神的にはイヴのほうが強い。それは主人格がイヴだからとだという。しかし、戦いになったらギギの方が強い。それは、きっと元兵士の強さだろうと思った。
数学の授業を受けるために、教室へと向かった。そこでもイザベルとリコの戦いは起きていて、その戦いは放課後まで続いた。本当に止めてほしい。
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