第36話
歴史担当の先生が現れ、授業が始まった。
先生がこの国の歴史について話すが、その歴史はどこかで聞いたことがあることだった。考えてみるとイヴの家で走るだけではなく、学問の基礎も習っていたのだ。その基礎の授業に歴史も入っていたのだ。貴族の生徒は俺と同じような体験をしているらしく、ノートを取っている生徒は少なかった。
一方で平民出身の者は初めて聞く者も多いらしく、頑張ってノートを取っている。リコもそれは同じで、ルーベルトから貸してもらったペンで一生懸命にノートを取っていた。
逆にルーベルト王子は、俺たちと同じく退屈そうだった。ルーベルト王子はたまにリコの方を向いて、ノートに書きとれなかったことを教えていた。遠く離れた前の席は、平和そうだった。
逆に嫉妬にかられたイザベラからは、周囲から恐れられていた。イザベラも家で聞いた話なのかノートを取らずに、リコを呪い続けている。
怖い。
非情に怖い。
「イザベラは嫉妬深いから」
イヴはそんなことを言いながら、笑っていた。俺は、そんなイヴの神経がわからない。今のイザベラは、直視するもの恐ろしい顔をしていた。
近くにおびえている貴族の子弟は何があったのか分からなかったらしく、イザベラを畏怖の目で見ていた。相手を呪い殺そうとしているイザベラ相手に「嫉妬深い」と言えてしまうイヴは、肝がすわっているのかもしれない。
「嫉妬深いねぇ」
俺は、呟いた。
悪い意味で、イザベラは嫉妬深い。だが、同時に純粋な心でルーベルト王子を愛しているとも言える。ルーベルト王子が廃嫡されても、イザベルは変わらずに愛を告げるだろう。
「でも、王子だから将来は愛妾とかを作るんじゃないのか」
俺は、今更ながら気が付いた。
この国では、正妃が生んだ子供しか王位を継げない。ただ愛妾を持つことを王には、許されている。そして愛妾と間に生まれた子は、王位を継げないが貴族に婿入りしたり嫁入りする。
だが、イザベラは愛妾すら持つことを許さないだろうと思う。今の段階ではイザベラを正妃に、リコを愛妾にするのが最良なのではないだろうかと思ってしまう。だが、現実のイザベラはもっと嫉妬深い。愛妾すら許さないかもしれない。
「上手くはいかないものだなぁ」
俺は、ぼそりと呟く。
そのままぼんやりとしていると授業が終わった。俺は伸びをして、食堂に行くことにした。もう昼の時間だった。
「イヴ、何か買いに行こう」
イヴに声をかけるが、彼女は嫉妬にかられているイザベラに気を取られて俺の言葉は届かなかった。授業が終わってすぐに、イザベラはルーベルトとリコの元に向かった。リコの友達の平民がそれに気が付いて、イザベラを阻止しようとした。だが、イザベラは止まらない。道を遮るものは睨みつけ、それでも退かない場合は手で押しのけた。
そして、リコの前に立つ。
否、ルーベルト王子の前に立った。
「昼食をご一緒できますか、王子」
イザベルは、わざと王子と呼んだ。身分に関係ない学校で、王子と呼ばれることをルーベルトは嫌がっていたはずだ。今だって戸惑っているが、少しばかり苛立ってもいる。
「イザベラ……」
ルーベルト王子は、イザベラの名を呼んだ。当たり前だが、少し不機嫌そうだ。だが、イザベラはそれよりもっと不機嫌だった。イザベラは、ルーベルト王子にしか興味がない。
リコは、そんなイザベラに恐怖していた。
「昼食は、リコたちと一緒に取る」
ルーベルトは、そう言いきった。おそらく、もっと庶民の暮らしを知りたいと思ったのだろう。イザベラが、嫉妬に震えていても。
「あれって、間に入った方がいいのか」
心配して、俺はイヴに声をかける。
だが、答えたのはイヴではなかった。面白そうに笑っているのは、ギギだ。
「なんだよ、面白そうなことになっているじゃないか」
ギギは、ルーベルトを中心とした修羅場をそう称した。その気軽そうな雰囲気に、俺は怒りさえ感じた。
「お前、イザベラはイヴの親友で。リコは、そのイザベラ相手に完全に気迫の面で負けているだろ」
せめて、間に入って場を納めたい。誰か傷つく前に。だが、ギギは俺の話さえどうでも良さそうだった。
「サンドイッチ買ってこい」
ギギの答えに、俺は頭が痛くなった。ギギはイザベラとリコのことなど、知らないかのように席を離れる。
「俺は校庭に行く。サンドイッチを忘れるなよ」
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