第32話
俺の魔法が消えてから、今度はルーベルト王子の番になった。この人も魔法が使えたんだ、と俺は感心した。しかし、魔法使いならばもうちょっと自信がつくと思うのだが。
魔法使いは他人と違うものを持っているからか、自信をつけやすいのに。
「魔法なんて、年に一回使うか使わないかぐらいなのに……」
ルーベルト王子は、魔法を滅多に使わないらしい。まぁ、ルーベルト王子はどちらかと言えば守られる側だし。襲われた婚約式のときも積極的に魔法を使おうとはしなかった。だから、ルーベルト王子は魔法使いではないと俺は思い込んでいた。
「レベル1、雷電!」
ルーベルト王子が手を掲げると、人の頭ほどの球体が出てきた。パチパチという小さな音も聞こえてきたが、どうやらそれは球体から発せられている音だったらしい。球体はふわふわと漂って、最終的に池に落ちた。
するとばちっと比較的大きな音がして、眩しい光を放った。そして、次の瞬間には池の魚が腹を見せて気絶していた。
「やっぱり、届かなかったか……」
ルーベルト王子は、残念そうに呟いた。ルーベルト王子は雷の魔法を使えるようだが、イヴと違って長距離の操作は苦手らしい。
失神した魚には悪いが、ルーベルト王子の魔法は漁をするにはうってつけの魔法だった。王子の彼が、魚釣りをするかどうかは分からないが。
ちなみに雷の魔法を使ったせいなのか、王子は静電気を帯びて髪の毛が全部逆立っていた。面白い光景だったが、笑ったら不敬罪になるかな、と思ったので俺は笑うことを我慢した。
「これ生きているかな……」
フライニー先生は、気絶している魚を木の棒でつついていた。平民組が気絶しているだけですよ、と言わなければフライニー先生は一生木の棒で魚をつついていそうだった。
色々なアクシデントがあったが、後の生徒たちの魔法の発動は上手く行った。少なくとも誰も魚を気絶させることもなければ、的を炎上させることもなかった。
他の生徒たち魔法は色々あったが、誰一人的に当てることができなかったのだ。大半の生徒は魔法を発生させることはできるが、自分の側から離すことができないようだった。
俺の魔法は霧だから分からなかったが、魔法を自分でコントロールするのは難しいらしい。王子とイヴができたのは、幼少期の訓練のたまものだろう。王子は帝王学で魔法のことを学んでいただろうし、イヴはギギという魔法の先生がいた。
「コントロールできるのは三名か……。まぁ、例年こんなもんだけど」
フライニー先生は、そう呟いた。
そんな中で、一人の生徒が手を挙げた。
平民出身の女の子だった。女子では珍しく、短い髪をしている。だが、かわりに目を覆い隠すほどに前髪は長かった。長い前髪のせいで口元しか見えず、性格が暗そうな印象を受けた。
少女が手を挙げた瞬間、平民組は「いたの!」と驚いていた。気付かれていなかったらしい。ちなみに、俺も気づかなかった。フライニー先生も同じようで、唖然とした。この女子は何処まで印象が薄いのだろうか、と俺は驚いた。もはや、魔法の領域である。
少女は、ぺこりとお辞儀をした。
一度視認してしまえば、彼女の姿を見失うということはなかった。もしかしたら気配の喪失は魔法の効果だったのかもしれない。
「ええと、リコと申します。よろしくお願いします」
リコは、自己紹介する。彼女は、少しすっきりした顔をしていた。彼女いわく、気配の薄さは魔法ではないらしい。普通に彼女の気配が薄いだけのようである。
「えっと……てい」
リコは両手を上げて、白い球体を出現させた。ぴかぴかに輝くそれが、何の魔法なのか俺には分からなかった。
「リコ……その魔法は?」
フライニー先生は、リコの魔法に驚いていた。リコは、どうして驚かれるのかが分からないようだった。俺たちもわからないままリコの魔法を見つめていた。
「あの……この魔法は飛ばないんです。ずっと私の手にくっついて……」
リコは、困ったように呟いた。今まで見てきた魔法は、制御されていなければ風船のように漂うばかりだった。あるいは最初からとばないか。そのどちらかで一つだったのだが、リコの魔法はぴったりくっついて離れない。ここまでぴったりとくっつかないと最初から飛ばす魔法ではなさそうである。
遠距離の攻撃は、出来なさそうだ。だとしたら近距離を攻撃する魔法なのかもしれないが、彼女に近づこうとも魔法に変化はない。なにか特別な条件が必要なのだろうか。フライニー先生は、しげしげとリコの魔法を見続けた。
「リコの魔法は、非常に珍しいものだ。治癒の魔法だ」
フラウニー先生が驚いているのだから、よっぽど珍しい魔法なのだろう。治癒の魔法など俺も聞いたことがなかった。いや、子供用の本や伝承などには書いてあるのだ。だが、実際の使い手を見たのは初めてだ。
「その魔法は、飛ばすものじゃないんだ。治療者の幹部にあてるものなんだ。誰か、怪我をしている人はいないか?」
フライニー先生の言葉に、皆がざわめく。怪我をしている人間などいないし、リコが本当に治癒の魔法が使えるのかも分からなかったからである。
「俺、さっき紙で指きりました」
貴族の男子生徒が手をあげた。たしかに、男子の人差指には赤い筋が見えた。普通だったら気にもとめない怪我だが、検証にはちょうど良い怪我だった。
リコは魔法をもう一度発動させて、男子の指に光る球体を当てた。その光景を俺たちは、手に汗握って見つめていた。リコが出した光の玉が、男子生徒の指に吸収される。男子生徒は、自分の怪我がどうなったかをしげしげと見つめた。
「すごい。……治ってる」
男子生徒は、そう呟いた。
男子生徒が言う通り、彼の指はすっかり治っていた。
俺たちは、治癒の力が本物だと分かると目を見開いて驚いた。昔話によく登場しながら、実際には見たことはない魔法を目にしたのだ。俺も少し興奮していた。
リコは、少し恥ずかしそうだった。たぶん、集団にさらされることに慣れていないのだろう。しかたがないことだ、と俺は思った。自分のことを話すような少女ではなかったようだし、自分の魔法の効力も知らなかったようだ。突然分かった自分の魔法に戸惑っているようだった。
「治癒の魔法使いは、普通は王族に生まれる可能性が高いんだ。もちろん平民や貴族にも治癒の力を持って生まれることもあるが、その場合は王族に嫁いだりしているな」
フラウニー先生は、そう言った。
王族に輿入れなど、おとぎ話のような話だ。だが、リコはそんな夢のような話に一歩近づいたのだ。平民の女子は、そんな夢物語のような話にはしゃいでいる。
一方で、貴族たちは女子も男子も少しばかり警戒していた。
王妃は、普通は貴族の中で選ばれる。王妃に選ばれた家系は、それを誉れと思っている。そのため王子とつり合いが取れそうな女性は、徹底的な淑女教育を受けるのが普通だ。
イヴのように、将来は公爵家を継ぐと決まっている女性はかなり少ない。そのため女性の淑女教育は、幼少期から嫁ぐまで続けられるのである。
だが、そこまで準備を整えているのに平民に王妃の座を取られてしまえば、全てが水の泡である。そうなると王妃への反感が強くなり、政治が上手く回らなくなる可能性がある。しかし、政治に王妃の家族がでしゃばらないという利点もある。
まぁ、最終的に誰を選ぶのかはルーベルト王子なのだが。
そこまで考えて、俺の顔から笑顔と興奮が消えた。
フライニー先生も同じ結果を思い出したらしく、笑顔が消えていた。
ルーベルト王子の正体はすでに割れていたので、その許嫁がイザベラだということもクラスメイトのほとんどが知っている。
イザベラは、魔法使いではないので今ここにはいない。だが、リコがルーベルトのところに嫁ぐならば、まずはイザベラと戦うことになる。
勝敗は見えていた。
リコはぶるぶると震え、ルーベルトの顔は真っ青になっている。普通ならばリコの親や親族がイザベラを廃することを考えるが、平民のリコの親にそんな伝手も金もないだろう。
フラウニー先生はそれ以上は、この件に首を突っ込まなかった。たぶん、現実を拒否したかったのだろう。
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