第31話
振り返ると、それにはイヴがいた。
イヴは俺に声をかけた後に、俺と同じものを見て呆気に取られていた。ルーベルト王子にくっつこうとする女子たちを権勢しているイザベラの姿だ。
「イザベラって、独占欲が強いから……」
イヴはそういうが、俺にはイザベラの姿が猛獣に思えた。
そんな俺の軽口に、イヴはくすくすと笑った。友達を揶揄うのはどうかとも思ったが、イヴも少なからずそう思っていたらしい。
「あの二人は上手く行きそうなの?」
俺は、イヴに尋ねる。イヴは「ルーベルト王子が尻に敷かれるのを嫌がらなければね」と答えた。俺とイヴは、同じ意見らしい。
俺は、イヴの耳を見た。そこには、真珠のイヤリングがあった。大粒のそれは売れば結構な額になるし、身に着ければそれだけで自分の価値を押し上げてくれるものだった。イヴは、俺の視線に気が付く。
「制服と合わせたの。変だったかな?」
イヴは恥ずかしそうに、耳に触れる。
「制服に合わせるには、耳飾りは豪華すぎたな」
大ぶりの真珠は、豪勢すぎて悪目立ちしてしまっている。いつも着ているドレスだったら、似合っていただろうが。
「制服に宝石を合わせるのは難しいわね」
イヴは、そう言いながら悩んでいた。
「次は、翡翠のものを合わせてみようと思っているの」
このイヤリングの他にも、イヴは宝飾品を持ってきたらしい。道理で荷物がかさばるわけである。そう言えば、イザベラもイヤリングをつけていた。イザベラは、耳飾りは赤いガーネットだった。ルビーよりも安価に手に入る宝石だが、とびきりの大きさだった。無論、制服には似合わない。
他の令嬢たちも思い思いの宝飾品をつけていたが、大抵の場合は制服に似合っていなかった。たまには宝飾品をつけていない生徒も見つけたが、彼らは平民の出身のようだ。
魔法を使える平民たち。彼らの実家の経済状況は分からない。ただ数人はイヴのように高価そうな装飾品を身に着けていたので、裕福な家に者は何人かいるのだろう。
彼女らはルーベルト王子に近寄っていなかったし、むしろ女子に囲まれているルーベルト王子を不思議そうに遠目から見ていた。
生徒が集まると始業式が始まった。ルーベルト王子に近寄っていた女子もさすがに散らばった。そうなるとイザベラはご機嫌であった。イザベラは、そのあとは大人しくしていた。
ルーベルトはイザベラを怖がっているが、顔には出さないようにしていた。前は何が起ころうともイザベラはルーベルトの側を離れなかったので、彼女も成長したのかもしれない。それとも他の令嬢たちよりも自分は婚約しているから、と思ってイザベラに余裕が出てきたのかもしれない。
校長の挨拶が終わると、それぞれの科目の教師の紹介がおこなわれた。さらに学院で暮らすうえでの注意事項が詳しく説明された。消灯時間は九時とか、食堂に利用時間などの説明がなされた。
そんな式典が終わると、一時間後には初めて授業を受けることになっていた。最初の授業は魔法学だというが、魔法を使える者と使えない者に分かれて授業をすると言っていた。
魔法を使えなくとも入学しているのは、貴族たちばかりのようだった。平民たちは魔法を使えることが入学基準のために、座学に向かうものは一人もいなかった。
魔法を使える生徒のみ校庭に集合と教師は言っていた。一体どのような授業をするのか気になったが、着替えのために自分の部屋に戻った。
箪笥に入れておいた運動に耐えうる服を取り出して、着替える。このような服のおさがりは山ほどあるので、魔法学の授業は毎日やってほしいぐらいである。着替えた俺は、校庭に急いだ。遅れたかと思ったが、校庭には少ない数しかいなかった。しかも、男子ばっかりだ。男の準備は時間がかからない。
それは、貴族も平民も同じようなものらしい。貴族たちは新品の服を着ていたが、平民は着古した服を着ていた。俺も見ようによっては平民に見えるかもしれないな、と思った。
次いで来たのは、平民の女子たちだった。男子たちと同じく着古した服を身に着けていた。魔法を使える平民をこの学院は受け入れており、今年の平民は男女含めて十人ぐらいだった。そう思っていると今度は貴族の男性陣が集まってきた。ルーベルトも表情を若干悪くして、登場した。ちなみに、イザベラは今回は校庭に来ない。彼女は魔法使えないのだ。
「キロル、遅れてごめんなさい」
イヴの声が聞こえた。イヴの声を頼りに彼女を探すと、イヴはたくさんの数の貴族を後ろに連れてきた。その半数が女性だった。なんでも、運動着の代わりに履いているズボン姿が恥ずかしいらしい。足の露出を貴族女性は酷く嫌う。だから、足の形が分かるようなズボンも恥ずかしいのだろう。だからって、イヴを盾にしないでほしいが。
貴族で魔法が使える者は、男女こみで二十人以上いた。貴族で魔法が使える者が多いのは、ご先祖様に魔法が使えるものが多かったせいだという見解がある。もっとも、魔法は遺伝はしないとも言われているが。俺の家の魔法を使えるのは俺一人なので、魔法は遺伝しないという説を俺は押している。
「やあ、皆。そろっているね」
フライニー先生が、やってきた。全員が慣れないながらに服を着ていることに、先生は満足していた。
「今日は、個人の魔法がどれぐらいのものかを記録するぞ。あれを狙って」
フライニー先生は、池の向こう側にある的を指さした。赤く塗られた的に当たるように魔法を使えということらしい。フライニー先生の話に、俺は苦笑いをする。俺の魔法は霧を発生させるものなので、的に当たるのは非常に難しい。
「男女混合で呼ぶからな。最初はイヴ」
呼ばれたイヴは、少し緊張していた。
思えば魔法を使っているのはギギばかりで、イヴが魔法を使っているところは見たことがなかった。イヴは的を確認し、少しばかり首を傾げた。
「届くかしら」
「届かなくても大丈夫。最初は、みんなが初心者だ」
フライニー先生の言葉に、俺は無意識に横に首を振る。ギギを見ている限り、イヴが魔法の初心者だとは思えなかった。攻撃的で過激な魔法。それがイヴの魔法だ。
「では、遠慮なく」
イヴは、ギギを出す気がないようだ。今は授業中だし、ギギを出すのは遠慮したようだった。たしかに別人格を出すのは、ずるいかもしれない。そうなるとイヴは本当に一人で魔法を使うことになる。
イヴは、的を指さす。イヴがリラックスしているせいか、集まった生徒たちの緊張もとけたようだった。俺は自分は大丈夫だろうかと思っていた。そして、自分自身を笑った。俺の魔法がどうせ霧を出す魔法である。攻撃的ではないし、そこまで緊張するものでもない。
「レベル1、炎の矢!」
イヴの言葉と共に、炎をまとった矢が出現する。ギギは何本も弓矢を出していたが、イヴは一本しかだせないようだった。レベルも1と低い。
イヴは、その矢を指先で操る。
ギギも似たようなことをしているので、そうやって操る魔法なのかもしれない。狙う的の位置をしっかり確認して、イヴはボールを投げるかのように振りかぶった。
まるで矢はボールのように、素早く正確に的を貫いた。その威力と正確さに、フライニー先生は驚いていた。イヴは、威力と正確さに全神経をかけていたのだ。思えばギギの魔法は矢の数は多いが、狙いはさほど正確ではなかった。大量の弓矢で、狙いの適当さをごまかしていたが。
フライニーは、慌てて的にバケツで水をかける。水は、的を置いてある池のものだ。そういうふうに使うんだ、と俺は感心した。
「ふぅ。的がこんなに早く壊されるなんて、初めてのことだ」
フライニー先生の言葉を聞きつつ、俺は軽いストレッチをしていた。
次は、俺の番だった。
イヴが壊した的の隣を狙って、とフライニー先生に言われた。俺は的を狙って、いつも通りの構えをした。
「レベル1、散布」
その言葉と共に、濃い霧が発生した。
的が見えなくなるほどの霧に、フライニー先生も他の生徒も驚いていた。攻撃力が全くないが、他人の魔法など滅多に見たことないからだろう。
「うわぁ。すごいけど、何分続くの?」
フラウニー先生は、早く次の子の魔法を見たいのだろう。だが、この魔法は自由がきかない。
「すみません。五分から十分ぐらい待たないと消えません」
俺の言葉に、フライニー先生は嫌な顔をした。しばらく待たないと霧は晴れないからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます