第30話

 エリックは、ゆっくりシーツをめくった。そこには、制服を着ていながらも体育座りをしているルーベルト王子がいた。子供みたいな格好に、俺は唖然としてしまった。


「なにやっているんですか?」


 俺は、呆れていた。


 本当に、この人は王子なのだろうか。


 それは使用人と思しきエリックも同じようで、ため息をついている。


「この学校にイザベラが来るって聞いて……」


 ルーベルト王子の言葉に、俺は眩暈を感じた。ルーベルト王子は婚約者が怖くて、シーツをかぶっていたらしい。


「もしかして入学式が早まったのって、ルーベルトがイザベラから逃げたかったから……」


 ルーベルト王子はそっぽを向いた。俺の推論は当たりらしい。


そこから先はエリックに聞いたが、ルーベルト王子は入学式を早めてイザベラを入学式に参加できないようにしたかったらしい。だが、イザベラはイヴから入学式のことを聞いていたらしく、遅刻せずに学院にやってきたようだ。


「ルーベルト……小さい」


 入学式に参加させないために式を早めようとするなんて、あまりに器が小さすぎる。俺が小さいといったせいで、ルーベルトはショックを受けた顔をしていた。


「私も器の小さい男だと思います」


 エリックの言葉にもダメージを受けたらしく、王子はシーツのなかに戻ろうとした。だが、残念ながらシーツはエリックが没収している。


「だって、イザベラが怖いんだ」


 ルーベルト王子はそう言うが、イザベラだって淑女だ。男を怖がらせるようなことはしないだろう。そう思っているとルーベルト王子がため息をついた。


「イザベラはいつの間にか父上と母上をお茶会に誘って篭絡して、俺との婚約をつかみ取った女だぞ」


 怖かったんだぞ、とルーベルト王子は言う。


 ルーベルト王子の言葉に、俺は目の前が真っ暗になった。イザベラは、周囲から篭絡していくタイプなのだろう。それが女性馴れしていないルーベルト王子には、怖いと感じられるのかもしれない。


「ルーベルト、とりあえず体育館に行きましょう。イザベラが現れても、俺が盾になりますから」


 俺の言葉に、ルーベルト王子は子供のように頷いた。


だが、自分は本当にイザベラからルーベルト王子を守れるのだろうか。イザベラの愛はあらゆる方面に強いので、俺なんぞ踏みつけてルーベルト王子のところに行きそうである。


「……君は、前にお茶会に参加していたね。名前は……」


 ルーベルト王子は、俺の名前を思い出そうとしていた。王子は懸命に思い出そうとしていたが、たった一回のお茶会では覚えているはずもないと思った。


それにあの時のお茶会は、王子はイザベラから逃げられていなかった。イザベラのためのお茶会だったのを思い出して、俺は頭が痛くなった。とりあえず、自己紹介だけやることにする。たぶん、時間がかかっても思い出せないだろう。


「キロルです。イヴの婚約者の」


 それを聞いたルーベルト王子は、手をうった。


「それだ。他の貴族たちと違って、無口だった子だよね」


 ルーベルト王子の言葉に「俺は無口だったけ?」としばらく考えた。


思い出してみると、俺は周囲から話かけられなければ黙っていた。上流貴族が興味を持つような話なんてなかったし、イヴの婚約者という肩書しかない俺は大人しくしていたのだ。


「あれは、お茶会で何を話せばいいのか分からなかっただけです」


 俺がそういうと「そっか、そっか」と嬉しそうに笑っていた。たぶん、他人の失敗を聞いて嬉しいのだろう。


その様子に、俺はちょっとイライラした。


恐らくだが、ルーベルト王子には人をイライラさせる才能がある。イザベラもどうしてこんな男が好きになったのだろうか。やっぱり権力だろうか。


「ルーベルト、行きますよ」


 俺は、ルーベルトを引っ張って体育館に向かうことにした。エリックは、俺の考えに賛同してくれた。


エリックと二人かかりで、ルーベルト王子をずるずると引っ張っていくことにした。その姿は本当に情けなくて、これがこの国の王子かと再び考えた。


俺がエリックと二人がかりでルーベルト王子を体育館に運ぶと、すでに生徒が集まってきていた。式が始める時間ではないために、体育館に集まった生徒は少なかった。


そんな少ない人数のなかでも、俺がルーベルト王子を引きずっている。当然のごとく非常に目立った。こんなことで目立ちたくはなかったが。


 ルーベルトは、無理やり立ち上がった。


そして、王子様スマイルを作って皆に挨拶する。


「初めまして、僕はルーベルトです。皆さんと友達になりたいです」


 妙に変な自己紹介だな、と思った。だが、ルーベルトは王子様のスマイル一つで何とかなると思っている。たぶん、それは間違いではない。


「じゃあ、俺はこれで」


 エリックは、シーツを担いで退場しようとしていた。


「ちょっと待って、エリックは生徒じゃないのか?」


 俺は「やはり」と思いつつも、エリックが使用人だということにちょっと驚いていた。


 使用人なら使用人らしい服を着ればいいのに、と思っていたからだ。お茶会の時といいエリックはいつも私服姿だ。私服姿では、生徒にしか見えない。現に、俺は今までエリックはルーベルト王子の友人かと思っていた。


「私は使用人ですよ。私服なのは、王宮でもおびえているルーベルト様に負担をかけないためです」


 ルーベルト王子は、使用人にも怯えていたという。なんでも幼い頃に厳しい躾をした使用人がいて、それがトラウマになっているらしい。王子もなかなかに酷いトラウマがあるようだ。だが、エリックがなぜ私服なのかの謎は解けた。


「今回は、巻き込んですみません」


 エリックは、丁寧に俺に礼をした。


 使用人も大変だなと思った。ちなみにルーベルト王子の方は、数少ない生徒に囲まれて笑っている。今だからわかるが、ルーベルト王子は作り笑いをしている。恐らく前のお茶会でも作り笑いしていたのだろう。


「王子も大変だな……」


 俺は、小さな声で呟く。


 使用人が怖くて、女性も怖いとなればトラウマの治療が必要だ。だが、治療には時間がかかるので、王家は治療よりも婚約者探しを優先した。だが、ルーベルト王子が婚約者にまで怖がるのは計算外だったに違いない。


「ルーベルト様が結婚する相手は、あの方の支えになってくれるお方が良いと思うのですが」


 エリックは、イザベラとの結婚を良いものだと思っていないのかもしれない。イザベラは気が強いので、気の弱いルーベルト王子には相性的に悪いだろう。だが、妻の尻にしかれているのもルーベルト王子には気楽でいいかもしれない。あくまで、俺の考えだが。


「では、私は荷解きがあるので」


 エリックは、そう言って去っていった。


 俺は、きょろきょろとあたりを見渡した。ルーベルト王子の周りには女子が多くはべっており、他の男子には反感を抱かれているようだった。


学院には、高位の貴族も多く入学している。つまり、彼が王子であると知っている女子は大勢いるのだ。女子が気が付いたように、男子生徒も時間があれば気が付くだろう。ルーベルトが王子であると。


 ルーベルト王子の婚約者は決まっているが、歴代の王の中には最初の婚約者とは別人と結婚した王もいる。そのため女子たちは、イザベラを出し抜いてルーベルト王子の婚約者になる気が満々なのだ。現実味がある女子ならば、ルーベルト王子の愛人の座を狙っているのかもしれない。


 男子もルーベルト王子が王子であることに気が付いたら、きっと女子のように群がるだろう。ルーベルト王子に気に入られれば、王宮で働けるかもしれないからだ。


「ルーベルトは私の婚約者よ。皆、どきなさい」


 体育館に女子の声が響き渡った。


 皆が振り向き、その声の主を見る。


そこには、イザベラとイヴがいた。二人とも制服姿で周囲に溶け込んでいるが、身に着けている宝飾品が高価だったので貴族の令嬢であることが簡単にうかがい知れた。女子や男子がどんな家柄なのかは分からないが、女子は身に着けているもので実家の財布事情が分かるものだ。


イザベラとイヴほどは目立っていないが、他の女子たちはそれぞれ飾り物をつけていた。その飾りがシンプルであるほど、実家の経済状況は悪いのかもしれない。俺の推測なので、当たっているかはわからないが。


イザベラは、ルーベルト王子の手を取る。


「酷いですわ、ルーベルト。始業式の予定を早めて、それを私に知らせないなんて」


わざとらしく、イザベラは泣きまねをした。それだけで、ルーベルト王子はなにをどうしたらいいのか分からなくなっている。


「でも、私を特別してくださったら許しますわ」


 イザベラはいたずらっこのような言葉で話し、自分の腕を王子に絡める。王子はそれだけで大混乱におちいったようだが、表向きは笑顔でイザベルに対応している。


イザベラは他の女子たちを涙一つで押しのけて、ルーベルト王子の隣を陣取った。まるで、自分の涙には価値があると言いたげだった。


そして、イザベラはルーベルトの隣こそが自分の居場所だというふうに振り舞った。そんなイザベラの登場に、女子たちは少しだけルーベルトと距離を取った。今のところルーベルトの本妻がイザベラであるからであろう。


女性が苦手なルーベルト王子は逃げたしたかっただろうが、表の顔だしているルーベルト王子は逃げなかった。中々の精神力である。だが、八方美人すぎるなと思った。近いうちに女子同士のトラブルが発生しそうだ。


「キロル」


 後ろから、イヴに声をかけられた。

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