第29話

学院は周囲をぐるりと囲むようにレンガの壁がそびえ立っており、正門の門は刑務所の連想させるような作りだった。門の見張りは二人おり、御者に何ようかと尋ねていた。御者は乗っているのは新入生だと話をし、ようやく門は開いた。俺は書類に書かれていた脱走率ゼロパーセントと書かれていたことを思い出していた。


「へぇ、ここで暮らすのね」


 校舎は、屋敷を修繕して使っているようだった。元が刑務所だったとは思えないような豪華さだ。俺はイヴの父親からもらった書類に改めて目を通すと、罪を犯した高位の貴族を捕らえておくための屋敷だったそうだ。そのせいか幽霊でも出そうな外見の校舎だった。


隣の建物はシンプルな作りをしていて、あちらが寄宿舎だろうと思った。白い四角形の箱のような建物が体育館なのだろうか。 


俺たちが乗った馬車を見つけたのか、男が駆け寄ってくる。若いが、おそらくは教師だろうと思った。清掃員かもしれないが、男は溌剌としていた。


「君たちがキロルとイヴかな」


 男は、馬車に乗った俺たちに尋ねる。俺は分かるが、公爵家のイヴにまで敬語を使わなかった男に俺は少し驚いた。


「はい、そうです」


 俺が答えると「ここでは身分は関係がない。生徒同士はなるべく家柄の聞かないように」と男が答えた。


「俺は魔法科の教師のフライニーだ、よろしくな」


 家柄を聞かないようにするのは、生徒たちの間で妙な派閥を作らせないようにするためかな、と考えた。そして、おそらく教師陣も俺たちより身分が高くても低くても呼び捨てにするのだろうと思った。


「馬車をおりて、君たちの部屋に運び込もう。入学式は、あともう少しだぞ」


 俺はバックを二つしか持っていなかったので、自分で全て持つことができた。だが、イヴはバックが五つもあったので女性二人だけでは運ぶことが難しかった。


結局、フライニー先生が一部を持ってくれた。その時に気が付いたのだが、フライニー先生の体は鍛えられていた。魔法科の職員がこんなに鍛えるか、というほどの筋肉である。趣味が、筋トレなのだろうか。


「一階が職員の部屋。二階が女子生徒で、三階が男子の部屋だ」


 フライニーは、俺たちそれぞれに部屋の鍵を手渡す。鍵は自分で管理するものらしい。


鍵には、番号が書かれている。


部屋のドアにも同じように数字が書かれており、案内されるほどではないなと思った。イヴの荷物運びに忙しいフライニー先生に一言いって、俺は自分の部屋を探しに階段を上った。


 部屋は、そこそこの広さのものだった。あるいはベッドと机、本棚しかない部屋が、寂しく思えたのか。俺は、ベッドの上に寝そべってみた。埃の匂いはしない。むしろ、シーツからは清潔な石鹸の匂いがした。


 俺の実家の部屋よりも清潔かもしれない部屋のなかで、俺はさっそく荷解きをした。そして、何故かエロ本がでてきた。絶対に双子の兄の仕業だと思った。


こんなものどこに置けばいいのか、と悩んだ。考えたあげく、バックの中に隠すことにした。帰省したら、この本を双子の兄の顔面に叩きつけよう。六年後のことだけど。


教科書を本棚に置き、洋服をクロゼットのなかにしまった。洋服は本当に必要最低限しか持ってきていない。そのなかで一際目立つのは、舞踏会用の服だった。イヴはこれを何着も持ってきたらしい。かさばるのに。


「なんだ、これ」


 本棚の隣にドアがあり、そこを開けると小さな部屋があった。部屋はベッドしかない簡素なものだ。使用方法が分からないので、俺はその部屋のドアを閉める。


「おっと、忘れてた」


 俺は部屋を出て、隣の部屋の扉を叩いた。隣になる人間には挨拶をしておこう、と思っていたのだ。右隣りには、まだ人は入っていないようだった。もうすぐ入学式なので、この部屋は使われていないのかもしれない。しょうがないので俺は左隣の部屋のドアを叩いた。


「いらっしゃいませ」


 驚いたことに、ドアから出てきたのはエリックだった。そういえば、ここは使用人を一人連れてきていいのだったと思い出す。だとしたら、あの小さな部屋は使用人のためのものだったのかもしれない。


だから、俺はここがエリックの部屋だと思った。挨拶はちゃんとするべきだろうと思った。初対面は、挨拶する余裕もなかったし。


「隣に入ったキロルです。これからよろしくお願いします」


 俺は、頭を下げた。


 エリックは「主をよんできます」と言って、部屋の奥に引っ込んでしまった。


「ん、主?」


 なんだか、俺は壮大な勘違いをしているような気がする。エリックは初対面でも使用人の服を着ていなかった。今だって、私服を着ている。だから、てっきり王子の使用人兼友人だと思っていた。そのせいもあって、エリックも学院に入学したと思っていたのに。


「ルーベルト様、いい加減にベットから出てください」


 聞き覚えがある名前に、俺は「ん?」と疑問符を浮かべた。失礼と思いながらも部屋の奥を覗いた。そこにいたのは、シーツを被ったお化けだった。訂正、シーツを被った生徒だった。しかも、名前はルーベルト。正真正銘の我が国の第一王子である。


「ルーベルト王子……」


 そう呟いて、俺ははっとする。この学院では、身分が分かるように話してはいけないのであった。王子とは、心のなかで付けることにしよう。


「何をやっているんですか?」


 敬語ぐらいは許されるだろうか、と思った。

 

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