第27話
「どうしたんだよ、兄さん」
俺の疑問に、兄は笑いながら答える。
「明日から全寮制の学校にいく末っ子を心配しているんだぞ、これでも」
それを聞いて、俺はため息をついた。俺が末っ子として生まれたからか、兄たちは俺をかまいたくてたまらないらしい。
だが、男兄弟のせいもあって教えてもらったのは悪いことばかりだ。それでも、俺の婿入りが決定したときは皆で祝ってくれた。なんだかんだで仲のいい兄弟である。
「俺たち兄たちからのプレゼントだ。ちゃんと隠せよ」
兄は、包み紙で包装された本らしきものを俺に投げ渡した。何だろうと思って包を破いてみると、そこには裸の女性が書かれた表紙が見えた。なんで十歳の子供にエロ本を贈るのだろう、と俺は思った。
「……兄さん、これって」
兄弟の内で、一番お節介なのが長兄だ。今回も下の弟たち提案に易々と乗って、これを買ってきてしまったに違いない。
なお、俺は十歳。
こんなものは必要ない。
それに入学するにあたって、何を持ってきたのかチェックを受ける。そこで、没収される未来が俺には見えた。
俺は兄に本を返そうとすると、兄は芝居かかった口調でこう言った。
「婚約者がいるお前には、早めの教育が必要だと思ってな」
俺は本をパラパラとめくって、眩暈を起こしていた。そこには煽情的ポーズを決めた女性のイラストが乗っている。稀に男性も一緒に書かれている絵もあった。
どこのページをめくっても同じ感じだった。俺は、ふと婚約者のイヴを思い出した。将来的にイヴと「こういうこと」をするのだろうと思ったのだ。
俺は、赤くなる頬を必死に隠した。見つかったら、また兄たちにからかわれる。だが、いつかは必要な知識だ。今は、まったく必要がないが。
「……そういうのは、俺が帰ってきてからでお願いします」
兄は肩をすくめて、俺から受け取った本を本棚の一番上に置いた。
「兄さんたちは、なんでも早すぎなんだよ。結婚前には不必要な知識だろ」
俺の言葉に、兄は眉間に皺を寄せる。
「おまえ……結婚前に遊ばない気か」
兄の遊ぶという言葉が、浮気であることは簡単に理解できていた。学院という狭い世界で、俺は遊ぶ気はなかった。イヴ以上の女の子はいないだろうし、何よりイヴにバレるのが恐ろしかった。イヴにはギギという保護者が常についているし、浮気したら婚約も解消されるであろう。
「俺が浮気したら、速攻で婚約破棄されるよ」
兄は苦笑いする。普通は男性の浮気癖は、そこまで大きな罪ではない。だが、公爵家のイヴは俺よりも強い力を持っているのだ。それを裏切るのは怖すぎる。
「たしかにそうだな」
兄も納得してくれた。
「相手が、高い身分だと大変だな」
俺とは違って、兄にはまだ結婚の話はない。長男は家の全てを相続するが、それは借金も相続するという意味になる。女性はできるだけ財産を持っている男性と結婚したがるために、貧乏な実家を継いだ兄は舞踏会に行っても女性からモテるということはない。長兄は兄弟の内では一番優しいのだが、舞踏会ではその優しさを知ることができないのだろう。
兄は、部屋を出ていこうとした。
そんな兄の背中に、俺は声をかけた。
「兄さん、俺が浮気をしないもう一つの理由があるよ」
兄は不思議そうな顔で、俺を見る。
俺は、にこりと笑って見せた。
「俺が、イヴを愛しているからだ」
俺の顔は赤くなっていることだろう。イヴ自身のも言っていないことを長兄に言ってしまったことに少し後悔もしていた。だが、言わなければならないとも思った。
俺の机の上には、紫水晶がはまった指輪がある。明日、イヴにプレゼントする予定のものだ。前にあげた水晶の指輪より大きめの物を買った。イヴが成長しても痛くないように、と思って買ったのだ。
俺の言葉に、兄はぽかんと口を開けていた。
そして、いきなり笑い出した。
「兄さん……」
この思いを兄にからかわれるのは、許せなかった。兄は笑い終ると、すねている俺の頭を撫でた。
「ごめんな、キロル。お前の恋は、兄ちゃんたちも応援しているからな」
俺は、ぼんやりと兄たちの顔を思い出す。
正直な話、まったく頼りたくなかった。他人の色恋沙汰が好きな俺の兄弟が、イヴに何を教えるのかがものすごく不安だったからだ。兄たちの力を借りるのは、にっちもさっちも行かなくなってからにしようと思った。
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