第25話
男は気絶しており、ギギと協力しながら王宮に運んだ。意識を失った男を運ぶのは、ひどく大変だった。気絶した男の体は力が全く入っていないので、普通よりも重く感じる。
王宮についたら「危ないことをするな」とイヴの父親に怒られた。俺は止めたほうなのに、と思いながら親のお説教を聞いていた。ギギはつまらなそうな顔をしているので、近いうちにまた似たようなことをするかもしれない。
「……まぁ、お前たちはいくらお説教しても知らんぷりだろうな」
イヴの父親は、ギギに一枚の書類をわたした。ギギはそれを面倒くさそうに、俺に渡した。読んでいるとは思えない速さで渡されたので、俺はギギに尋ねた。
「どうしたんだよ」
俺は、ギギに尋ねると彼は面倒くさそうに答えた。
「俺は文字を読めないんだよ」
それは、初めて知った。
現代は学校教育が充実しているので、子供の内に簡単な計算と読み書きはできるようになるはずだ。そう考えた時に「そう言えば、ギギは五百年も前の人物だった」と思い出した。
「読めるようになれば便利なのに。よかったら教えようか?」
俺の言葉に、ギギは首を横に振る。
「俺たちは死者だからな。新しく学ぶのが難しいんだ」
そういうことは初めて聞いた。学ぶのは、生者の特権ということだろうか。あるいは、本人に学ぶ気が全くないのか。
改めて、俺は書類の内容を見た。
それは、俺たちが入学する予定の学院の案内だった。誰かの邸宅かと勘違いするほどの豪奢な学び舎。そこに通う制服の男女の絵が描かれている。
半年後には、ここに通う予定である。この学校は魔法の使い方も学ぶことができるので、ありがたいことだと思っていた。書類の一番下に脱走率ゼロパーセントと書かれていなければ。
「明日から、そこに入学してほしい。そして王子とイザベラ嬢の身を守れ」
その話を聞いた途端に、イヴとギギが入れ替わった。イヴは知的な瞳で、自分の父親にたずねる。
「お父様、それはルーベルト王子とイザベラが何者かに狙われているということですか?あと、ここに通うのは半年後のはずですよ」
イヴの父親は、頷く。
「王子の意向で入学の時期が早まったのだ」
イヴの父親は、そう言った。
弓使いの青年はとっくに牢屋にいれられているが、彼には仲間がいると考えられているのかもしれない。
それに、彼は魔王が復活したと言っていた。魔王がどのような存在なのか俺は理解に乏しいが、あの強いギギを殺した存在だと考えれば恐ろしい相手だということは分かる。
その強い魔王が、ギギのように転生しているのかもしれない。それは、考えるほどに恐ろしいことだった。
しかも、魔王はルーベルト王子とイザベラを狙っているかもしれない。今日の狙撃で、その可能性は高まった。
「王宮にいるときに攻撃を受けたなら、より警備が厳しいところに移動しようと考えられた。学院なら教師陣の腕は一流。外からも内からも入れないし、出ることもできない」
それは一種の牢獄ではないだろうか、と思った。
俺は書類に書いてあった脱走率ゼロパーセントの文字を思い出した。普通の学院はそのようなことを書かないが、書くということは、その学院も一筋縄ではいかないだろう。
ものすごいスパルタ教育だったりするのだろうか。書類の端っこを見ると、元牢獄の建物を学院に建て替えたらしい。だが、ところどころに牢獄のなごりがあるようだった。そんなところに、学院を作るなと俺は思った。
俺が学院について思いをはせているなかで、イヴは少しばかり考えていた。
「……お父様。運んできた男の人ですけど、魔王が復活したということを言っていました」
魔王という言葉に、イヴの父親は顔をしかめる。
「それは君とギギのようになっている、ということかい?」
イヴは首を振る。
「それは、まだわかりません」
イヴは、俺の方を見た。
俺は頷く。
「捕まえてきた男もイヴたちと同じだと思います。会話の途中で、雰囲気が変わったので」
イヴとギギの違いは、分かりにくい。二人の言動が正反対なので、それで判断している。だが、俺は彼らの違いを口を開かずとも何となく分かるようになっていた。その感覚を信じれば、俺たちが捕まえた男は途中で人格が代わった。
イヴの父は、俺の話を信じてくれた。
「分かった。男の事情を聴くのは城の人間だろうけど、何かわかったら手紙で知らせよう」
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