第18話

王宮の庭は、薔薇を中心にした素晴らしいものだった。まるで公園のように広くて、何故かイザベラの家の庭に似ている。もしかしたら、イザベラが実家の庭を王宮に似せるように庭師に命じたのかもしれない。


「イヴ、やっぱり来てくれたのね!」


 イザベラの声がしたので、俺は慌てて前を向いた。そこには、今まで見たことがないほど豪奢なドレスを着たイザベラがいた。イヴも豪奢なドレスを着ているが、並んでいればイヴも霞むだろうと言うほどの豪奢さだった。


それもそのはずだ、イザベラは白いドレスを着ていた。どんな令嬢でも白は婚約と結婚式のときにしか着ない。特別なドレスは、着ている相手を輝かせる。


「おめでとう、イザベラ。思いが王子に届いたのね」


 イヴは、笑いながらそう言った。


十日前にルーベルトからイザベラの愚痴を聞いていた身としては、この婚約は親が決めた政治的な物であろうと察することができる。だが、それでもイザベラは笑っていた。


よっぽどルーベルトが好きなのだろう。あるいはルーベルトの権力が好きなのか。前者のほうが、救いがあるが。


「残念ながら、この結婚は政治よ」


 イザベラは言う。


「でも、絶対にルーベルト王子を振り向かせて見せるわ」


 胸を張るイザベラに、ルーベルト王子は気苦労が多くなりそうだと思った。だが、そこに愛はあるようなので少し安心した。


庭にルーベルトの姿はなかった。もう王宮のなかにいるのだろうか。部屋の隅っこで震えてはいないだろうか。そんなことを心配しながら、俺たちはイザベルにいざなわれて王宮へと入った。


王宮は迷路のようだった。なんでも、敵が侵入しても王座までたどり着けないようになっているらしい。俺一人でここに来たら、俺は迷子になっていたかもしれない。というよりも、最初から怖気ついて城に入れなかったかもしれない。


王宮の入り口では、大量の使用人たちが左右に分かれて頭をさげていた。その光景に俺は驚いたが、イザベルもイヴもイヴの父親も気にすることなくそこを歩く。俺たちを歓迎しているだけだと思うが、こうも大量の使用人に囲まれると怖気づく。なにせ俺の実家にいるのは、メイドが一人だけだ。


たくさんの使用人に歓迎される彼らとは住む場所が違うのだ、と俺は改めて思った。そして、これからはそれに慣れなければならないとも思った。


「皆様は、すでにお待ちですよ」


 イザベラがそう言って、王宮の一部屋に案内してくれた。ドアを開けると、そこには威圧的な面々がそろっていた。皆が高位の貴族であり、一族の代表者である。そして、ほとんどが後継者と思しき若者を連れていた。


「私たちが最後のようですね。皆さん、遅れてすみません」


 イヴの父親は、優雅に頭を下げた。自分が悪いとは思っていない声色に、俺は少し背筋が寒くなった。優美に自分の本音を隠すイヴの父親に、恐怖を感じたのだ。将来は俺もこのようになれ、と言われているような気がした。


「嘘だ……嘘だろう」


 何か端っこから変な声が聞こえたので視線をずらしてみると、部屋の端っこにルーベルト王子が椅子の上で体育座りをしていた。小さな声で「嘘だ……」と呟き続けている。式典前なので立派な恰好をしているが、顔色の悪さがすべてを台無しにしていた。


王が、ルーベルトの背中を自らさすっていた。案外、王族の結婚なんてこんなものなのかもしれない。なにせ、二人の相性よりも政治が優先されるのが王族の結婚だ。


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