第17話

 ルーベルトとイザベラの婚約発表の翌日。


俺は、日が昇る前に公爵家に呼ばれた。本日はルーベルト王子の婚約発表の式典があるから忙しくなるだろうなと思っていたが、これは予想以上だった。


夜も明けきっていない頃に家から公爵家に連れていかれ、髪を念入りにとかされてセットされていく。そして、兄のお古だった服を脱がされて、新しい洋服に着替えた。その着心地は軽くてふわふわしており、洗濯しすぎて色があせた俺の一張羅がみすぼらしく思えるほどだった。


しばらくして俺の着替えが終わると、使用人たちは蜘蛛の子をちらすようにどこかへと行ってしまった。俺はどうしようか分からず、とりあえず置いてあった椅子に座った。


「キロル、おはよう」


 欠伸をしながら部屋に入ってきたのは、イヴだった。いつもは結ばれていない髪が、今日ばかりは使用人が美しく結い上げている。そして、服も特別なものだった。イヴは貧しい俺から見れば、いつも豪奢なドレスを着ている。


だが、今日はさらに特別だった。


色は落ち着いた青色で、同色の糸で細かい刺繍が施されている。さらにはビーズがちりばめられており、落ち着いた雰囲気と豪華を見事に融合させていた。特別なドレスを身にまとったイヴは、幻想のように美しかった。


「何が始まるの?」


 俺は、イヴに尋ねた。


「ルーベルト王子とイザベラの婚約式よ」


 それは、さすがに俺も知っていた。


婚約式は、位の高い貴族の前で行うものと市民の前で行われるものの二種類がある。男爵家の俺は、本来ならば市民の前で行われる式をちょっと近くで見る程度である。


「父がキロルと私が婚約中だから、公爵家側にあなたを座らせなさいって」


 それを聞いた俺は、心臓が飛びだしそうになった。たしかにイヴとは婚約したが、こんなにも早く婚約者の仕事と言えるものが舞い込むとは思わなかったのだ。


「大丈夫よ。ただ座っていればいいって、お父様がおっしゃっていたから」


 本当にそれだけなのか、俺はしつこくイヴに尋ねた。イヴはそのたびに大丈夫だと言ってくれたが、俺は初めてのことで緊張していた。


 しばらくするとイヴの父親が部屋に入ってきた。


 そして、俺が緊張していることをイヴから告げられる。イヴの父親は、膝を折って俺と視線に合わせてくれた。前から思っていたが、この人は子供と話すのが上手い。普段から子供の魂と大人の魂を持つ、イヴと過ごしているからだろうかと俺は少し考えた。


「今日は、本当にその場で座っているだけでいいんだよ。しいていったら、大人たちが拍手したら拍手をするだけかな」


 それだけ、とイヴの父親はいう。


 俺はそれを聞いて、少し安心した。子供のイヴの言葉よりも大人の父親の言葉の方が、ずっと重みがあった。


「さぁ。準備も終わったし、行こうか」


 イヴの父親は、そう言って俺たちを庭に連れ出した。庭には馬車が来ていた。これも公爵家のものである。俺が乗せられていた馬車よりも、数倍は立派なものだった。


俺は、イヴとその父親と一緒に馬車に乗った。なかには光沢のある布で作られた椅子があり、触り心地が良すぎて感動した。町にも共用の馬車が走っているが、大抵は丈夫な革製の椅子である。


 屋敷から王宮は、さほど離れていない。それなのに歩くのを嫌い馬車を使うイヴたちは、とても貴族らしいと思った。そこまで考えて、俺自身も男爵だったと思い出す。


だが、貧乏なので王都には馬できていた。しかも、さほど馬は所有していないので、一頭の馬に二人が乗ってきていた。改めて思い出すと、なかなかに恰好が悪かったなと思う。


馬車が王都についたときには、すでに人で溢れていた。馬車は、人をひかないように慎重に進む。外をちょっとだけ見ると、他の馬車たちも王宮に向かっていた。


きっと、彼らも王宮に向かう貴族であろう。ちなみに、馬に乗っている人物は一人もいなかった。俺たちの馬の二人乗りは、やはりかなり異様な光景だったらしい。民衆がうごめくなかで、馬車はゆっくり進む。


きっと国中の貴族が王都に集まっているんだ、と思って不思議にどきどきした。だが、ルーベルト王子はきっと泣いているだろう。あの気の強いイザベラでは、将来はきっと尻に敷かれるに違い。それはそれで幸せなのだろうが、今のルーベルトには苦痛であろう。

 

 王宮につくと、馬車から降りた。かなり快適な乗り心地だった。それでも狭い場所閉じ込められていたので、俺は伸びをした。冷たい空気が、心地いい。


 もちろん、イヴのエスコートも忘れなかった。


ヒールをはいているイヴの足元は、おぼつかない。そのため、イヴは俺の腕を取った。女性を――婚約者をエスコートするのは、男の務めである。だが、俺がエスコートした経験は母親ぐらいである。懐かしい記憶をたどって、俺はイヴをエスコートする。そのとき、薬指にはめられた指輪が輝いているのを見つけた。


特別な日に、プレゼントをしたものを身に着けてくれるのは嬉しいことだった。ただプレゼントしたときより、イヴは成長している。思えば、身長も伸びており成長期なのかもしれない。指輪は、すこしきつそうだった。新しい指輪を贈ろう、俺はそう思った。


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