第15話

 イヴが招待されていたのは、彼女と同じ公爵家のお茶会だった。イヴとも元々と知り合いで、だかからこそ俺が同伴するという無茶がきいたのだろう。


 お茶会は、広い庭で行われた。


 大きな噴水がある丁寧に整えられた庭。その庭にいくつも置かれた、ティーセット。どうやらここの主はバラが好きなようで、庭のあちこちにはバラが植えられ、テーブルの上にもバラが飾られている。


「イザベラ、今日は招待ありがとう!」


 イヴは、イザベラと呼ばれる少女に抱きついた。イザベラは、ウェーブかかった黒髪の少女だった。瞳は綺麗なグリーンで、その色が気に入っているのか彼女が身に着けている宝石も緑色だった。イヴとイザベラは、相当仲がいいらしい。お互い抱き合っては、きゃきゃとはしゃぎまわっている。


「ごめんなさい。急に婚約者を一緒になんて、我儘いってしまって」

 

 イヴは困ったように笑う。だが、イザベラは満面の笑顔を浮かべていた。


「気にしないでよ、イヴ。みんな、イヴの婚約者の噂をしていたんだから」


 イザベラの話を立ち聞きしながら、そりゃ評判にもなるだろうと俺は思った。男爵家の四男なんぞと婚約したのだから。


「この度は素敵なパーティにお招きくださいまして、ありがとうございます」


 俺は、にこりと笑ってイザベラに向かってお辞儀をする。イザベラもドレスを広げて挨拶をした。


「こちらこそ、ご参加ありがとうございます。心ばかしのもてなしを用意しましたので、今日はお楽しみください」


 イザベラは丁寧なあいさつ中、ずっと俺のことをちらちら見ていた。そして、イヴの腕に再び飛びついた。


「どうして、婚約したのよ。話をよく聞かせなさいよ」


 イザベラは、イヴと違って勝気な性格らしい。イヴは、イザベラの質問の攻撃にたじたじになってしまっている。このままでは、婚約にいたる経緯も話すことになりそうだなと俺は思った。だが、行動にはうつさなかった。


別に人に聞かれても問題ない婚約話である。イザベラとは親しいようだし、放っておいても問題はないだろう。


 俺は並べられたテーブルを見て、男子ばかりが座っているテーブルを見つけてそこに滑りこんだ。このようなお茶会では、男女が分かれて座るのがしきたりだ。顔ぶれは見たことなかった人たちばかりだが、ここに集まった男子の面子も高位の貴族なのだろう。


着ているものは立派で、誰もが賢そうな顔をしていた。なぜかそわそわしている面子が多く、その中で俺は浮いてしまっていた。しょうがない、俺は男爵でイヴのおまけなのだから。


「もしかして、君がイヴの婚約者かい?」


 座席に座っている少年に尋ねられる。俺は、笑いながら答えた。「そうです」と答えた。すると少年は、難しい顔をする。


「ふーん。イヴは権力には興味がないって顔して、婚約者を売り込みにくるとはね」


 何を言っているのか分からず、俺は首を傾げた。まるでイヴが何かを考えて俺を連れてきたように少年は言っているが、俺はイヴが何か考えているようには思えなかった。単純に友達に俺を紹介したい、そういう心持で俺をこの場につれてきたと思ったのだ。


「俺は、イヴに連れられてやってきただけですけど」


 俺の一言に、周囲にいた男たちが凍り付く。まるで、俺がメインイベント知らないかのように。俺はちょっとイヴとの会話を思い出してみるが、普通のお茶会としか言われていなかった。


「な……なにかあるの?」


 その恐怖に、思わず口調も素のものに戻ってしまっていた。普通だったら、俺のこの場では一番位が低いから、常に敬語でいなければならないのに。


「本当に知らないんだね」


 俺の隣に座っていた少年は、ため息をついた。


 あきらめたようなため息で、それが俺には恐ろしく見えた。高位の貴族の子弟が恐れるもの。それは、一体何なのだろうか。


「このお茶会はイザベラが主宰を務めているけど……本来の目的は」


 少年の言葉を遮るような美声が響き渡る。


「遅れてすまない」


 そこにいるのは、本物の高貴なオーラを身にまとった少年だった。整えられた金髪に、宝石のような紫の瞳。気さくな態度を取りながらも、隣に立つ子供の従者が気軽に話すことをゆるさないだろう、という空気をまとっている。


「ルーベルト王子……」


 俺は唖然とした。自分の国の王子が、目の前に立っていたからである。俺は土下座したくなった。悪いことは別にしていないが、高貴オーラが俺を土下座に導くのであった。女子たちの「きゃー」という黄色い声で正気に戻ったので、本当に土下座はしなかったが。


 ルーベルト王子は男だらけのテーブル、つまり俺たちが集まっているテーブルに座る。一緒についてきた同い年ぐらいの従者は椅子に座らずに、背筋を伸ばして王子の隣に立っていた。


 ちなみに王子は俺の隣に座ったので、立ったままの従者と思しき少年は邪魔だったりする。どいてくれ、とは口が裂けても言えないが。


「エリック、君も座って会話を楽しめばいいのに」


 王子は、気軽に従者の名を呼ぶ。こうしてみると、王子も普通の男の子に思えた。高貴なオーラは隠しきれていなかったが。


 従者エリックは、王子の言葉に横に首を振った。


「自分の仕事は、王子の警護ですので」


 きっぱりと言い放ったエリックに、俺は好感をもった。だが、同時にこのエリックも俺より高位の貴族の可能性があった。王族直属の部下や使用人は、貴族であることが多いのだ。だが、エリックは私服を着ている。従者なのか単なる友人なのか、良く分からない人だなと俺は思った。


「ルーベルト王子!」


 甲高い声が響いた。


 それはイザベラのもので、いつの間にかルーベルト王子のとなりにはべっていた。しかも、王子の手まで握っている。「それって不敬では?」という俺の疑問は、周囲を見て消えた。周囲の男子は、仕方がないと言う顔をしていた。まるで、この光景など慣れっこだというふうに。


ちなみに、女子のテーブルからは嫉妬の視線を感じた。この場で一番高貴で美しい顔をしているのは、間違いなく王子だった。そんな王子を独り占めしているイザベラに、女子は嫉妬の目線をむけているのである。


「本日は、我が家のお茶会に来てくださりありがとうございます。是非、楽しんでいってくださいね」


 イザベラの目は、ハートを描いている。


 どうやら、今日のお茶会はイザベラが王子に会うため仕掛けられたものらしい。集められた高貴な子供たちは、王子に合うための道具に過ぎなかったのだ。


王子も俺たちと同い歳である。つまり、社交界デビューのための練習場所が必要なのだ。王子の身分で参加できるようなお茶会があれば、参加しないわけにはいかない。イザベラは、王子に合うためだけにお茶会を主催したのである。ものすごい根性だ。


王子は笑顔をたたえながら、イザベラとの会話を続けていた。他の令嬢たちも気が付けば、お喋りを開始している。イヴも他の令嬢たちとお喋りを楽しんでいた。俺は他の人間と話すこともなかったので、イザベラとルーベルト王子の会話をこっそり聞いていた。


「今日はイチゴのジャムとスコーンを選びましたの。御口に合うとよろしいのですが」


「見てください、この髪飾り。王子のことを思って紫のものを選びましたの」


「お茶のお替りはいかがですか?よろしければ、私がお注ぎしましょうか?」


 イザベラと王子の会話は、始終このような形だった。イザベラが話題を替えつつ、会話のとっかかりを提供するなかで王子はずっと微笑んでいるだけだ。


王子の紅茶がなくなったことに気が付いたイザベラは、素早く王子の側を離れた。その隙に、今まで完璧だった王子の笑顔が崩れた。机に肘をつき、顔をうつむかせて一言。


「……疲れた」


 気持ちは分からなくもない。イザベラの素早いトークは、ほとんど自分がどれだけルーベルト王子を慕っているかというアピールばかりだった。


「す……すごく愛されてますね」


 俺は、言葉を選んでルーベルト王子に話しかけた。王子があまりにも哀れで、話しかけずにはいられなかったのだ。他の面子は、爆弾には触りたくないという顔をしていた。気持ちは、俺も分かる。俺も王子の不興を買いたくはない。


「同じ年のイヴ嬢が婚約したから、イザベラは自分も僕と婚約できると思っているみたいでね……。最近がでは手紙も送り付けてくるんだ」


 ルーベルト王子は、再びため息をついた。王族に手紙をだすなど、人生のなかであるかないかのビックイベントである。なのに、イザベラはそれを日常的にやっているらしい。すごい度胸である。


「ところで、君は?いつものお茶会では、見ない顔だね」


 普段は高位の貴族ばかり相手にしている王子のため、男爵の俺には見覚えがないのは当然だった。


 俺は改めて、王子に礼をとった。


「男爵家のキロルです。公爵家のイヴに連れられ、参上いたしました」


 ルーベルト王子の俺を見る目が、微妙に変わったような気がした。こいつのせいか、という感じで睨みつけられている。


だが、仕方がない。イザベラの手紙の暴走は、イヴが婚約したからだというから言うのだから。俺も王子だったら、同じ心境になっただろう。


「随分と早くに婚約したんだね」


 ルーベルト王子は、そんなことを訪ねてきた。きっと、俺とイヴが釣り合わない婚約をしていたからだろう。しかも、こんなに若くして。


「親族同士の気も合いましたし、何より俺をイヴに強く勧めた人もいたので……」


 嘘をついていない範囲で、俺は答える。転生者を気味悪がる人もいるので、ギギのことをそれとなくぼかしたのだ。彼自身を知っている人からすれば、彼は軍人気質なだけの兄のような人である。


だが、転生者を幽霊のように怖がる人もいる。もしも、王子がそのような人だったら、将来不興を買うのはイヴである。それは避けたかった。


「強く勧められると逃げられないのか……」


 ルーベルト王子のため息が止まらない。


 俺は何か悪いことをいっただろうか、と考えた。


 ルーベルト王子の話を聞くと、イザベラは元々ルーベルト王子の妃候補なのだと言う。だが、仮にも第一王子のルーベルトの妃候補者はイザベラだけではないという。多数の女性が、ルーベルトの婚約者候補として集められている。


ところがイザベラは、ルーベルト王子との顔合わせの瞬間に彼に恋をしてしまったらしい。そこから、イザベラの猛アピールが始まったようだ。王子が出席するお茶会には必ず参加し、慰問先まで調べつくして付いてこようとする。そんな犯罪者まがいのことをイザベラの両親は歓迎しているらしい。自分の娘が妃になれば、権力が増すからであろう。


 さらに、イザベラのことをルーベルト王子の家族は好意的に見ているらしい。イザベラは、ルーベルト王子との未来のために自国はもちろん他国の言葉や歴史を勉強し、身に着けている。つまり、国王夫妻にはイザベラは努力家の良い子だと思われているらしい。


「イザベラは、我の強さはちょっと……」


 だが、王子はイザベラのような女性は苦手らしい。たしかにイザベラの行動は、尋常ではない。しかし、王子の家族はその行動を肯定的に見ている。イザベラの行動を止めるものは、どこにもいない。ルーベルト王子は、すごいストレスが溜まっているだろう。


「あのルーベルト王子……」


 いつの間にか、テーブルの側には女子がいた。王子はあっという間に営業スマイルに戻り、王子たる高貴なオーラも再び発していた。


「どうしたのかな?」


 王子は、女子に優しく声をかける。女性は赤くなりながらも、可愛らしい包を取り出した。どうやら王子へのプレゼントらしい。付き添いらしい女子の一人が、包を持った女の子の背を押した。


「あのうちの使用人に作り方を教わって作ったものです。御口に合えば良いのですけど……」


 王子は、女子からもらった包を開いた。


 入っていたのは、クッキーだった。


「甘いものは好きだな。ありがとう」


 ルーベルトは、エリックに包を渡した。


 受け取っただけの対応だったが、少女はそれでも嬉しそうだった。王子は、王宮に雇われている料理人のものしか食べない。これは暗殺を危惧してのことである。これは有名な話だが、それでも女の子は王子にお菓子を渡したかったのだろう。


「王子、こちらの物も受け取ってください」


 クッキーを作ってきた女の子の後ろにいた少女は、王子に手編みのマフラーを渡した。まだ、寒い時期ではない。それに王子が着るものは、基本的に自分では選ばない。


それでも、女の子たちは受け取ってもらったことが嬉しいのだ。女の子たちは、きゃきゃと言いながら去っていく。その後ろ姿を見ながら、ルーベルトは息を吐いた。


「すごい人気ですね」


 俺の言葉にルーベルト王子は「それは僕が王子だからだよ」とため息をついた。ルーベルトに言い寄ってくる女子には、自分が王妃になる夢しかないのだと語った。


たしかにルーベルト王子と結婚したならば、その女性の将来は王妃ということになる。彼女たちは、その夢を追いかけているのだろう。


「ルーベルトさまぁ……」


 なんとも弱弱しい声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、カップとソーサーを持ったイザベラがいた。彼女の手は微妙に震えていて、今にもカップの中身をこぼしそうになっていた。使用人は、はらはらとしながらその様子を見守っている。きっと手をだすとイザベラが怒るのだろう。


「あっ!」


 段差に、イザベラは足を取られた。


 紅茶のカップは、ソーサーを滑ってどこかへと飛んでいく。子供たちは何が起こったのか分からずに、その光景を眺めていた。叫んだのはルーベルト一人だけだった。


「あぶない!」


 イザベラは、段差に足を取られて転びそうになっていた。


ルーベルトは咄嗟にイザベラを引き寄せて、真上から落ちてくるカップから彼女の身を守った。紅茶の入ったカップはルーベルトの背中に当たって、地面に叩きつけられる。


パリーンと陶器の割れる甲高い音が響き渡る。ルーベルトの身のこなしは、物語に登場する王子も嫉妬する立ち振る舞いだった。飛ぶカップから、女の子を守ったのだ。


そこまでは、良かった。


カップが落ちてきた反動で不安定な姿勢だったルーベルト王子は、イザベラを巻き込んで二人で転んだ。その反動で、二人の唇同士はしっかりとくっついた。


口づけである。


その光景をしっかり目に焼き付けた俺たちは、唖然としながら二人を見ていた。二人は数分間はくっ付いているように思えた。だが、衝撃的な光景だから実際は数秒ぐらいだったかもしれない。


「すみません、イザベラ!」


 王子は急いで離れたが、その左手はイザベラの胸にしっかりと触れていた。ちょっと揉んでいた、といっても過言ではなかった。イザベラは年頃の少女らしいつつましやかな胸であったが、女性としてのプライドはすでに持っているイザベラである。


イザベラは、絹を引き裂くような悲鳴をあげた。


王子も俺たちも、どうやってイザベラをなだめればいいのかわからない。だが、その悲鳴を聞きつけて保護者や従者がやってくる。そして、彼らも王子とイザベラの姿を見て悲鳴をあげたのだった。どう見ても、イザベラに王子が襲い掛かっているような構図だったからだろう。

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