第14話

約束を交わすと、イヴはその日は一日中機嫌がよかった。意外と単純だなと思いつつ、俺たちは家庭教師の先生がきたのでダンスの練習を始める。


 イヴと俺には、各教科ごとに先生がついていた。夫を早くに亡くした女性がこのような家庭教師をやっていることが多く、ダンスの教師も中年の女性だった。


「いいですか。ダンスに必要なのは礼儀です。次に楽しむ心。この二つを忘れてはいけませんよ」


 俺とイヴは互いに向き合って、改めて挨拶をした。イヴは、スカートを摘まんでちょこんと頭を下げる。俺も頭を下げ、そっとイヴに手を伸ばした。イヴはその手を掴み、俺はイヴの腰に手を回して音楽がなるのを待った。


「二人とも緊張しているわ。ほら、笑って」


 先生の言う通り、なんとか笑顔を作る。イヴの笑顔もぎこちないので、きっと緊張しているのだろう。


 先生がピアノの前に座ると、聞いたことのある音楽が流れる。ゆったりしていて、落ち着く曲だ。緊張している俺たちのための選曲だったのだろう。ありがたい。


「リズムに合わせて、揺れてみて」


 先生に言われたとおり、俺とイヴはリズムに合わせて揺れてみる。ダンスのパートナー同士になるのは初めてのせいだろうか、俺たちの動きはぎこちなかった。けれども、結構うまくできているのではないだろうか。ギギとの練習は無駄にはならなかった、と思いたい。


「基本はできているようですね。ほら、笑顔」


 どうやら、笑顔だけはよかったらしい。


 先生に褒められたせいか、イヴはやる気だした。いや、ここは俺と踊れるのが楽しいのだろうと考えておこうと思った。


それにギギが提案してきた魔法の訓練のほうが、ダンスの授業よりもずっと辛かった。ギギの訓練では、何故か庭を走らされたりしていた。


おかげでダンスを踊っても疲れない体力を手に入れたが、未だにギギが何を考えているかは分からなかった。俺とイヴが楽しそうにダンスを踊るせいか、先生も始終ご機嫌でピアノを弾いていた。


「こんなにダンスで笑顔になる生徒も珍しいわね」


 先生も呆れるぐらいに、イヴは楽しそうだった。たぶん、俺も笑っていた。


「だって、キロルとこんなに踊れるなんて!」


 はしゃぐイヴ相手に、俺も嬉しくなる。


 結局、一時間ほど授業を受けた。イヴは始終ご機嫌であった。授業が終わっても、一人でくるくる回っていたほどだ。


「そうだ、キロル。今度、お茶会があるの」


 イヴは、俺のことをまっすぐ見つめる。その目には、楽しいことしか映っていないようだった。


「一緒に行きましょう」


 俺は内心「げっ」と思った


 貴族のお茶会、特に子供を集めたものは社交界デビューの練習場だ。


親同士の仲がいい子供が集まって、簡単なお茶会を開くのだ。アルコールは無論でてこない。紅茶と菓子を食べながら、穏やかに話す練習場にするのだ。


そんな場に、俺が一緒に行ってもよいのだろうかと思った。お茶会は、できるだけ近い身分の人間を集める。公爵のイヴの知り合いということは、彼女と同じ上流階級がそろうということだ。


「俺も行っていいのか?」


公爵家が呼ばれたということは、身分が高い家のお茶会だろう。そんなお茶会に男爵の俺が参加して良いのだろうか。俺が疑問に思っていたせいか、イヴは笑顔で答える。


「手紙を出すわ。婚約者と一緒に行きますって」


 そのお茶会がどうなるかは分からないが、とりあえずイヴが喜んでいるので良しとした。


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