第13話

「めんどうだな……」


 俺は、小さく呟いた。


 ありがたいことに、イヴには聞こえていないようだった。


「イヴ。俺は、兄弟がいっぱいいるっていっただろ。それでダンスの練習ときは、女役をやらされていたんだよ。それで俺が男役のダンスするために、ギギに女役のダンスをしてもらったんだ」


 しかも、あのダンスは見られたものではなかった。音楽も何もなかったから、ただぐるぐる回っていただけだ。あのダンスを思い出して、俺は苦笑いする。


「あ……あのね、キロル。私、なんでもキロルの最初がいいの」


 イヴの言葉に、俺は驚いた。俺たちの話をこっそり聞いているギギは、きっと笑っていることであろう。


「全部、最初って」


 無理だ、と内心思った。


 というか、イヴの束縛の強さはちょっと異様かもしれない。


「口づけとか抱擁とか、ダンスとか。あっ社交界デビューとか」


 イヴは、指折り数える。


 俺は、眼を瞬かせた。イヴの要求が、思ったより少なかったからだ。イヴ意外と踊るなというのは無理だが、それ以外はイヴと一緒にできるものばかりだ。同年代だから、社交界デビューも同じになるはずだし。


「イヴ……でも、ずっと君だけとダンスをするなんて無理だ」


 イヴは悔しそうに唇を噛む。


「……本当は、私も分かっているの。ダンスは大事な社交だから、キロルだけとは踊れないって。でも、キロルが他の人と踊っていると胸がチクチクするの」


 その発言に、俺はどきりとする。


 イヴの言葉は嫉妬からくるものだった。残念ながら、その願いは叶えることはできない。イヴがいう通り、ダンスが社交というのは正しい。俺たちは、これから様々は人間と踊ることになるだろう。そうやって、会話していくのが正しい社交というものだからだ。


「じゃあ、ファーストダンスは必ず一緒踊ろう。最後のダンスも」


 パーティで許嫁同士がファーストダンスを踊るのは、普通のことだ。だが、最後のダンスを踊るかどうかは決まっていない。俺の提案に、イヴは少しだけ気分が上昇したようだった。表情が見るからに、きらきらと輝いている。


「分かった。約束よ」


 イヴは小指を立てる。俺もおずおずと小指をさしだした。


「嘘ついたら、針千本のーます。指切った」


 それは、子供はよくやる御呪いのようなものだった。嘘をついて針を千本飲まされた人間はいないが、イヴ相手だと本当に飲まされそうで怖かった。


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