第12話

イヴの屋敷を尋ねると、彼女は珍しく不機嫌だった。一体どうしたんだろう、と思っているとイヴは腰に手を添えてむっとした顔をむけてきた。今まで少なくない時間を一緒に過ごしたが、こんな彼女は見たことない。


「キロル。昨日は、ギギと一緒に踊ったじゃない」


 どうやらイヴは、俺とギギが一緒に踊ったことに焼き餅をやいているらしい。俺としてはギギ男だし、イヴと同一人物なので一緒に踊るのは浮気ではないと思っていた。だが、イヴには違うらしい。


「キロルとのダンスは、私が一番最初がよかったのに」


 そんなことを言われると、俺がとんでもなく悪いことをした気分になる。だが、冷静に考えてみれば俺は悪くない。ダンスをパートナー意外と踊ったら浮気になる、という決まりもない。そんなルールを作ったら、ダンス教師は軒並み廃業である。


「あんなのダンスに入るの?ギギが女の方のダンスを踊れるっていうから、やってもらっただけだよ」


 イヴには浮気ではないと伝えるが、イヴは耳をふさいでしまって聞いてない。これは、俺が言ってもしょうがないと思った。


ここまで聞き分けのないイヴは、初めてのことだった。怒った女の子は、皆がこうなるのだろうか。そうならば、女の子と付き合うのは結構面倒くさい。しかたがなく、俺はギギの手を借りることにする。


「イヴ、わるいけどギギに代わってくれないか」


 俺は、共犯者にも出てきてもらうように頼んだ。イヴは不機嫌そうだったが、俺の言葉に従ってくれた。


「分かったわ」


 素直に、イヴはギギと入れ替わった。


 ギギは、笑っていた。


 大爆笑だった。


「ダンスだけで浮気なんて、イヴの奴……厳しすぎるだろ」


 人のことを思いっきり笑っているギギだが、彼にも責任の一旦があることを忘れてはならない。なにせ、ギギとイヴは同一の存在なのだから。あと、どうして俺にしか文句を言わないのか。ギギも同犯なのに。


「イヴが勘違いしそうなら、ちゃんと言っててくれよ。おかげで、俺の浮気相手がお前だ」


 俺の文句を聞きながら「無茶いうな」と言われた。


「俺たちは互いの行動は見えるけど、考えが分かるとかはないんだよ。だから、まさかイヴが浮気を疑っているなんて思ってなかったわけ」


 ギギ曰く、二人は会話もできるらしい。だが、互いの考えていることまでは分からないという。そのためイヴが朝から不機嫌だったのは分かったが、原因までは知らなかったとのことだ。


「ギギからも何とか言ってくれ。このままじゃ。他の勉強にも響く」


 ギギは「はいはい」と気楽だが、本当に自分も原因の一部だということをギギには思いだして欲しい。


「ところで、これで婚約が破棄になるとは思ってないんだな」


 ギギは、少しばかり不思議そうに尋ねてきた。ギギには、自分が今回の婚約を強く勧めた自覚があるらしい。身分が違う婚約は、ちょっとしたことで解約になってしまう。だが、俺は今回の件で婚約破棄になるとは思っていなかった。


「本当に浮気していたら問題だが、原因がコレで親が納得するか?」


 保護者たちに大笑いされる未来を予想して、俺はため息をついた。こんなことが兄に知れたら、親族たちの間で未来永劫かたり継がれること間違いなしだ。


「じゃあ、ちょっとイヴことを説得してくるな」


 ギギがそう言った途端に、イヴの体がバランスを崩した。俺は慌ててイヴの体を掴み、その場に座らせる。


目は閉じているが、気絶をしているわけではないらしい。二人が会話するときに、イヴの体が動かなくなるとは思わなかった。前回は俺が抱きかかえていたからよかったが、今回は倒れそうになった。大事なことは、前もって言っておいてほしい。


「キロル……」


 やがて、イヴの意識が戻った。


ギギがちゃんと説明してくれたらしく、さっきまでの怒っている気配はない。それどころか、彼女は少し赤くなって俺を見つめる。


「キロルは、私と踊るのが恥ずかしくて……ギギと練習していたの?」


 間違ってないけど、違う解釈がなされていた。


 ちなみに、俺はイヴと踊ることに恥ずかしいとは思っていない。兄のダンスの練習を何度もやって慣れているからである。ただ単に、ギギから男側のダンスを教えてもらっていただけだ。だが、そんなことは無視してイヴは自分の考えを告白する。


「私もすごく緊張してた。同い年ぐらい男の子と踊るなんて、初めてだもん」


 イヴは、俺から顔を背ける。だが、耳まで赤くなっていたので赤面していることは丸わかりだった。


「えっと……違ってはいないけど」


 ギギが女性側のダンスを踊れるから教えてもらっていた、という話がすっかり抜けている。ギギは女側のダンスを覚えている話が自分の恥だと思ったのか、その話はしなかったようだ。


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