第10話

無事に婚約者になった俺とイヴだが、最低でも三日に一度は屋敷に顔をだせとギギに言われていた。


それはイヴとの関係をよくしようというわけではなく、教育や礼儀作法、さらには魔法の制御訓練をイヴと共にやるためだった。花嫁修業とはよく聞くが、俺場合は花婿修行と言ったところだろうか。


 イヴとの結婚で俺の将来が公爵家の婿になることが決定したこともあり、兄と母は喜んで俺を送り出してくれた。着させられたのは、お見合いの時にも着せられた一張羅だった。ちなみに、この一張羅も兄からのお譲りである。


俺は、イヴと共に様々な家庭教師の授業を受けることになった。礼儀作法に、外国語、歴史や政治の仕組み、実家にいたら教わらないことばかりの内容だった。実家では、家庭教師をつけずに母や一番上の兄が勉強を教えてくれていた。


イヴとの訓練のなかで、魔法の訓練が一番大変だったような気がする。なにせ魔法の訓練と言いつつ、筋トレばかりなのだ。これは軍人を作るためのトレーニングメニューなのではないかと思ったが、ギギにはそんなこと聞けなかった。


ギギは俺たちのトレーニングメニューは発表するときは、厳しい鬼みたいな顔をするのだ。すぐにイヴに代わってくれるから、威圧感はあまりないが。


トレーニング中はギギではなく、イヴが出現して頑張っていた。この時ばかりはイヴもドレスを脱いで、男の子用のズボンとシャツを着ていた。そうして髪をぞんざいに結ぶと本当に男の子みたいに思えた。


ラフな服装に着替えた袖から見えるイヴの二の腕の無駄のなさは、令嬢とは思えないものになりつつある。剣を振り回せたら、似合いそうだ。


「ギギ。どうして筋トレなんかするんだ?俺たちは、別に軍人になりたいわけじゃないぞ」


 今日も厳しい訓練を指示するギギに、イヴが戻る前に聞いてみた。


「健全な肉体には、健全な魂が宿るっていうだろ」


 分かったような、分からないような説明だった。


 そこは学校に行って教わらないといけない、ということなのだろうか。


「それより、今度来るときは楽しみにしてろよ」


 ギギの言葉に、俺は首を傾げた。


「なにかあったのか?」


「ダンスの練習だよ。イヴも今は知らんぷりしてるけど、楽しみにしているはずだから」


 ギギの言葉に、俺は言葉を失った。


ダンスの練習をするのは初めてだった。一瞬、礼服でも持ってこようかと思ったが、あくまで練習である。そこまでの準備はいらないであろう。イヴもたぶん気軽な恰好だろうし。ただ、一つ問題があった。


「俺、男性パート踊れないんだよな」


 俺の言葉に、ギギは「どうして」と尋ねる。


「兄たちの練習相手をずっとやってたんだ」


 末っ子をなめるなよ、とギギを睨む。


 貧乏貴族がダンスの練習相手なんて雇えるわけもなく、これまでは母と一番体の小さい俺が女性役をやっていたのだ。


その話を聞いたギギは、窒息死しそうなほどに笑っていた。イヴの体だから殴るわけにもいかず、俺は怒りで震えていた。


「悪い、悪い。なんだったら、俺が女パートを踊るから今から練習してみるか?」


 どうしてギギがそんなことを出来るのか、今度は俺が疑問に思った。


「イヴが習ったダンスを覚えているんだよ。そんなに難しいことじゃないしな」


 ギギは、俺に手を差し出す。


 俺は驚いたが、ギギが言うのならばできるのだろう。ギギはできないことは、できないとはっきり言う男だ。そういうところも軍人ぽいが。


 俺は、おどおどとギギの手を取った。


 途端にギギの力強さに驚き、俺はギギに引き寄せられた。本当にギギは女性パートが分かるのかと思ったが、そこからはギギは俺に寄り添うだけとなる。俺が男性のパートだから、リードしなければいけないのだ。


俺は、今まで見てきた兄たちの踊りを再現するように動いた。ぎこちない動きに、ギギは笑った。今までの笑顔とは違い、楽しそうで子供っぽい笑顔だった。


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