第9話
俺は急いでポケットに手をいれて、小さな箱を取り出す。
箱を開けると、そこには指輪があった。
急いでいたし、俺のお小遣いで買ったものだったから、さほどいいものではない。それでも真ん中についている石は、水晶だ。
本当はダイヤモンドを贈りたかったが、そんなに高価なものは買えなかった。
それでも、イヴは驚いていた。
大人の貴族なら、婚約者にダイヤモンドが付いた指輪を贈ることが普通である。でも、俺にはそんな金はなかった。
「今はダイヤを買える金がないから。大人になったら、ちゃんとした指輪を贈ります」
俺は、イヴの手を取った。
イヴの小さな手に、小振りな指輪はぴたりとはまった。
「……きれい」
たどたどしい言葉で、イヴは呟く。
「そっか。私たち大きくなったら結婚するんだ」
その言葉は、ようやく俺との関係を自覚したような言葉だった。そのことに、俺は少し疑問を持った。公爵家の跡取りならば、もっと前から自覚していてもいいと言う物なのに。こういうところは子供っぽいんだ、とイヴのことを再発見した気分だった。
「キロル様。不束者ですが、よろしくお願いします」
イヴは、頭を下げる。
その様子に、俺が慌てた。イヴの言葉は婚約者としては、おかしいものではない。ただ声に出して言われると、焦りが出てくる。どうやら、俺も婚約を結ぶという自覚が薄かったらしい。
「そうだ、イヴ様。今後は様とかをつけずに会話しましょう。婚約者同士なんだし」
婚約者同士がどのように呼び合うかを決めているマナーはない。カップルごとに様々である。
「分かりました。……そのキロル」
恥ずかしそうに俺の名を呼ぶ、イヴ。
そんなイヴを見て、俺も心臓がどきどきしていた。女の子に呼び捨てにされるのは、初めてかもしれない。しかも、それが婚約者だ。ここまで緊張しているのは、恰好が悪いと思ったのだ。
「様を取ったほうが、話やすくていいよな」
俺は空を見て、緊張を和らげようとした。口調も普段のものに直した。素の自分をさらけ出すのは、恥ずかしかった。
「そこまでの決心だっていうなら、学校に入る前に魔法面は俺がきっちり鍛えてやる」
イヴのほうから、低い声が聞こえてくる。
彼女の方を向くと、イヴは俺の渡した指輪を品定めするように見ていた。おそらく、これはギギの人格だろう。
「さすがに玩具っていうほどのもんじゃないけど、公爵家の令嬢が持つには格がたりないな。まぁ、将来は頑張って稼げよ」
ギギの言葉に、俺は言葉に詰まった。
なにせ、その指輪は露店の売店で値切って買ったものだったからだ。
「今は、お小遣い分しか稼げてないからしょうがないだろう。あと、学校に入る前に鍛えるってどういうことだよ」
俺とイヴのような貴族の子弟は、十歳になれば国立の学校に入学する。そこで六年間みっちりと貴族社会のことなどを勉強させられるのだ。
そして、同時に俺たちは魔法についてもそこで学ぶ。内容は魔法の制御方法とだけ聞いているが、このような授業も兼ねているために魔力を持った平民も毎年十名ほど入学してくる。
「魔法は便利だが、制御しなければ危ないものだ。それは、小さな頃から教わっているだろ」
ギギの言葉に、俺は頷いた。
俺は男兄弟で育ったが、喧嘩には絶対に魔法を使ってはいけないと母に何度も言われた。いわずもがな、危険であるからだ。結果、俺は霧で目隠しを作るぐらいしか魔法を使えなかったことが判明したのだが、それでも喧嘩に魔法を使うことは家では御法度だった。
「学園では、魔法をコントロールさせることも学ぶ。俺が生きていた頃から方法なんて変わってないだろうから、今のうちからしっかり鍛えてやる。まずは腕立て伏せからだ」
ギギの口から、きいたことのない言葉が聞こえた。
どうするべきか俺が立ちすくんでいると「こうやるんだよ」とギギは膝をつかずに、床に四つん這いになった。腕の力だけで体を上げ下げする訓練なのだが、令嬢のやることではない。俺はあきれていた。
「何やっているんだ。真似してやってみろ」
ギギの迫力ある言葉に、俺はたどたどしく従う。そして訓練をやってみたのだが、どうにもきつい。女の子のイヴも汗をかきながら、必死に訓練をしている。あっ、今はギギのほうだったかと思った。
「ギギ、これもうやめていいか?」
汗をかきながら、俺はギギに尋ねた。
「キロル、今はイヴです」
ギギは命令だけして、引っ込んでしまったらしい。イヴは辛そうな顔をして、訓練に耐えていた。
そんなとき、部屋のドアがあく。
そこにいたのは、俺たちの保護者だった。
「な……何をやっているんだい?」
俺たちは互いに、未来の父に腕立て伏せをやっているところを見られた。
イヴと俺は羞恥に襲われたが、ギギは平気な顔をして「訓練だ」と言っていた。
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