第4話
俺は、咄嗟にイヴの手を引っ張った。戦う術のないイヴを背中に庇ってから、俺は何が起こっているのかを確認する。
俺たちの目の前にいるのは、人の身長をはるかに超える猪型のモンスターだった。
気が荒いモンスターは、明らかに俺たちのことを敵視している。鼻息も荒いモンスターに、俺は掌を向けた。
「レベル1、噴霧!!」
俺たちの周囲に、白い霧が出現する。
この世には、魔法というものが存在する。科学者が原理を解明できず、一部の人間が奇跡として扱うことができるもの。それが、魔法と呼ばれる現象だ。
魔法はレベル5まであり、その人の経験によって少しずつ新しい魔法を覚えていく。俺の魔法は、まだレベル1であった。魔法には個人の才能の有無が多いにかかわるのだが、俺が扱う魔法は周囲に霧を発生させることである。
もっと魔法を使っていれば魔法はレベルアップするはずなのだが、俺はまだまだ未熟だ。
発生した霧にモンスターは一瞬戸惑ったが、所詮は霧である。モンスターは、俺たちがいる方向を匂いで探しているようだった。
「イヴ様……逃げますよ。アレは……大人の兵士たちを呼ばないと」
俺は、イヴの手を引っ張ろうとした。
だが、イヴの体は断固として動かない。恐怖で固まっているのかもしれないが、今はそんなことをしている場合ではない。
「しっ、しつれいします」
俺は、イヴを抱きかかえた。同い年といってもイヴは小柄で、俺でも持ち上げることができた。ちらり、と俺は後ろを見る。霧の向こう側いるモンスターと目が合ったような気がした。モンスター特有の赤い目が、俺たちを「にがさない」と言っているようだった。
「ふふふふっ……」
俺の腕の中のイヴが、不適に笑う。
最初こそ、恐怖のあまりにイヴはおかしくなったのだと思った。イヴは俺を押しのけて、地面に降り立つ。しゃがんでいたイヴは、その場に悠々と立ち上がった。
そして、俺の方を見て男臭く笑った。
「偉いな、少年」
イヴは、俺の方を見ながらそう言う。その様子は、大人の男みたいだった。イヴとは正反対の印象のはずなのに、今のイヴの雰囲気は「大人の男」だった。
イヴは、敵を見つめる。そして、それがモンスターだと分かると喜んでいるようだった。
次いで、イヴは俺を見つめた。被り物をしているために前なんてまともに見えていないはずなのに、まるで見えているようであった。
「こんなちっこいのに、女を守るために体をはるなんてな」
やるじゃないかと、イヴは俺の頭を乱暴になでた。
イヴのほうが、俺よりも身長は小さいというのに。
俺は眼を丸くして、イヴを見ていた。
今の今まで、彼女は小さくて脆い少女だった。なのに、今の彼女は俺より大きく見えた。まるで、イヴが父親になったかのようだった。
「それにしても、なんで真っ暗なんだ?」
仁王立ちになったイヴは、首をかしげる。いや、自分で馬の被り物をかぶっておいて「暗い」はないだろう。俺は「馬の被り物をかぶっているから」と教えてやった。
「馬の被り物?どうして、そんなものをかぶってんだよ!」
乱暴な言葉遣いで、イヴは自分自身に怒る。
まるで一人芝居をしているようで、俺はぽかんとそれを見つめていた。
イヴは、迷うことなく馬の被り物を脱いだ。俺が一番望んでいたことを、一番望んでいないタイミングでやってくれた。
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