第3話

「この間も、同い年ぐらいの男の子にあわされまして……」


 イヴの家のように、跡取りに困っている家は少ない。跡取りの夫、という少ない地位を次男や三男は狙い続けているのだろう。そのため、イヴの見合いは相手を替えて続けられているのである。俺もその一人なので、イヴには同情するしかない。


「その方が、婚約の条件が合うなら顔合わせなど不要ではないかと言い出しまして……それで、今回その実験を」


 条件さえ合えば顔合わせは不要……中々に先進的なことをいう相手と前回は見合いをしたらしい。だが、その理論を俺の見舞いの時に試さないでほしい。


「しかし、思った以上に困ったことがありまして」


 真剣な声色で、イヴはいう。


 現在、俺には困ったことしかないのだが。


「この被り物は思った以上に前が見づらくて、しかも暑いし……」


 被り物には、相手側にも利点がないらしい。


 だったら、そんなものを被るなと言いたい。だが、俺も初対面の女の子に対して「だったら被り物かぶるな!」とはツッコみにくい。


「よかったら、庭の散策などしますか?父が庭師に作らせている、自慢の庭です」


 馬の被り物を被ったイヴは、立ち上がって俺を庭に案内しようとした。あの被り物のせいで視界が塞がっているのに大丈夫だろうか、と不安に思った。


「今の季節はチューリップが綺麗で……きゃあ」


 イヴは、小さく悲鳴を上げた。


 見れば、イヴのドレスがテーブルにひっかかってしまっていた。


 簡単に取れそうだが被り物をしている関係上、イヴにはドレスがひっかかっている部分が見えなかったのだ。どうしようと戸惑っている彼女に、俺は仕方なく手をかした。俺は膝をついて、ドレスの糸が絡まってしまっていた箇所を丁寧に外したのだ。


 馬の被り物を、俺は指さした。そんなことはマナー違反だが、イヴは気が付かない。正面すら、まともに見えていないのだ。前が見えないという弊害が大きすぎて、イヴに利点が全くなくなっている。これは見合いの云々の前に注意をしたほうがいいと思う。


「イヴ様。その被り物は、あまりにも邪魔です。外にしましょう」


 俺が忠告した。というか、他の使用人や両親は何も言わなかったのだろうか。


 だが、イヴは被り物に対して頑なだった。


「外すのは嫌です。それでは、条件さえ合えば見合いは成立するという実験になりません」


 ああ、これは無理だなと思った。


 イヴは、頑なに被り物を取ろうとしない。我儘というか我の強いイヴを納得するのは、手間がかかるのだろう。もう今日は彼女の顔は拝めない、と思った。


「……それでは、少し歩きましょうか。エスコートしますよ」


 俺は彼女の手を取ろうとしたが、見えない状態ならばイヴを驚かせるかもしれないと思った。できれば彼女から、手を握ってほしいと思った。そうすれば、エスコートが容易になる。


「キロル様。では、失礼します」


 イヴは、俺の腕を掴む。


 恥ずかしげもなく、人の腕をとる姿は立派な淑女だ。被り物をかぶっている以外は。

 

 思った以上にエスコート馴れしているな、と思った。


 思えば、イヴは俺以外とも多数の男と見合いしてきたのだ。慣れていて当然である。さらに、彼女は公爵家の娘だ。俺よりもマナーは厳しくしつけられていることであろう。


「花は、南のほうにあります。」


 俺とイヴは、ゆっくりと歩く。


 馬の被り物をしているせいだが、まるで老女と共に歩いているような遅さだった。そのため介助をしている気分になる。


 少し庭園を歩いただけだったが、イヴは上機嫌だった。自分の家を歩いているだけなのに、どうしてそんなに機嫌がいいのか聞いてみた。


「顔を隠すと殿方が顔を褒めることがなくて、煩わしくなくていいですね」


 それはつまり男側にとって会話をするとっかかりが一つ減った、ということではないだろうかと思った。男にとっては、結構迷惑な話である。初対面の女子との会話するなんて、結構難しいというのに。


「女性を褒める男は、嫌いですか?」


 なんとなく、そう質問してみた。


 顔の美醜にこだわる人間は、顔の造形を褒めているのに「それしか褒めることがないのか」と不機嫌になる人がいる。そう言う人間は決まって学歴が高いようだが、初対面の人間の学歴など分かるはずもない。


ましてや俺たちは十歳で、もうすぐ学校に通いだす年齢である。存在しない学歴を褒めることもできない。そうなると褒めるのは見えるところになり、顔を褒めるしかなくなる。


「顔だけを褒める方は、苦手ですわ」


 それは他に話題がなかったのだろう、と俺は思った。


 見合いにおいて、とりあえず「相手のことを褒めておく」は男性側のテクニックだ。それを使えないとすると、まとも喋るのが難しいのではないだろか。

 

「見ごたえのあるチューリップでしょ」


 イヴはそんなことは言うが、その見事なチューリップはイヴには見えていない。普通だったら「綺麗」ということを共有できるのに、今はそれができない。それは、とても寂しいことのように思われた。


「……俺は、イヴ様と一緒に見たかったけどな」


 俺がそう呟くと、イヴは首を傾げたように見えた。


 被り物をかぶっているせいで、イヴの表情は読めない。だが、何となくだが不思議そうにしていることはわかった。


「一緒のものを見るって、そんなに大事なことですか?」


 イヴは、そんなことを尋ねた。


「一緒のものをみて、一緒に感動するっていうのは、結構大事だと思いますよ」


 俺が両親は仲が良かったが、それも同じ問題を共有しているから仲が良いと思うのだ。もっとも、その理論は俺が考えついた子供の意見ではあるが。


 イヴは馬の被り物をしながら、どうするべきかを悩んでいた。


「たしかに、それは……その通りのような気もします。ですが……顔が見えないメリットが失われてしまいますし」


 顔が見えないメリットとはなんだろう、と俺は遠い目をした。


この見合いは、俺側の身分が低すぎて破談になるだろう。だが、この調子では破談になったほうが将来は楽かもしれない。もしも結婚したら、彼女の思いつきに振り回されそうである。


「やはり、ここは初志貫徹で……」


 イヴがそう確信した瞬間、俺たちの眼前の壁が破壊された。


「あぶない!」

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