第2話

お見合いに馬がやってきた。


 何かの比喩表現ではなく、馬の被り物をした令嬢がやってきたのである。


うららかな日差しの下で開かれたパラソル。その影の中にあるのは、お茶を飲むための白いテーブルセット。見渡す限りの花で彩られた庭は、そこの家の格式と美意識を表している。


俺が見合いの相手の家の庭は、完璧だった。俺の実家は残念ながら、庭を整える余裕などない。そのため美しい庭に、俺は座りの悪い思いをしていた。


ともかく、完璧な庭とテーブルセット。そこに不似合いな馬の被り物をしてきた見合い相手。意味が分からなかった。


とりあえず、状況を整理しようと思う。


俺ことキロル・ウィザは、貧乏な男爵家の四男である。年齢は十歳。あと数か月もすれば貴族の子弟が通う学校に入学はするが、お見合いには低すぎる年齢だ。だが、そこはしかたがないだろう。


貴族というのは、長男が遺産を全て相続することになっている。財産の分散を防ぐためにである。そこからあぶれた次男以降は大変だ。自らで働けるところを探して、あるいは婿入りできるような家をさがして、自分を売りこまなければならない。


俺は、現在は後者を目指して頑張っている最中である。俺がやってきたのはヒュイズ家には一人娘はいるが、跡取りの男子がいない。家を存続させるには、俺のような人種を入り婿にするしかない。そのために、本日のお見合いは実施されたのである。


まぁ、見合いといっても子供同士で顔を突き合わせてお茶を飲むだけである。本来ならば、別室で親が結婚した場合に両家にどのような得があるかを考える。俺たちが顔を合わせているのは、最低限の相性を知るためになるはずだ。


だが、俺の親は呼ばれていない。俺の家としては公爵家と繋がりを持てることは、得しかない。公爵家としては利点がないはずなのだが、俺の親が呼ばれないことは不思議だった。もっとも俺の父親はもう亡くなっているので、俺の親代わりは長兄になるが。


何故だろうと考えているとそこに現れたのは馬の被り物をした令嬢だった。


どうして令嬢だと分かったと言うと、向日葵色のドレスを着ていたからである。もし、これが他の服だったら馬の仮面をかぶった正体不明の不審者だと思ったことだろう。


ちなみに、お茶を持ってきたこの家の従者は普通の反応だった。このお嬢様の奇行は、いつものことだと言うのだろうか。俺は、混乱していた。


そもそも、俺はこのお見合いに反対だったのだ。俺は準男爵の四男坊で、あちらは公爵家の唯一の子女である。身分が釣り合わない。きっと何かの悪戯や冗談でしかない、と考えていたのだ。


その証拠に俺が着てきた洋服は兄のおさがりで、相手のほうは一点ものと思われるドレスである。これだけで、互いの経済相強が蟻と像ほどにも違うことが分かる。


母と兄は公爵家から出てきた話だからと俺を無理やり引っ張ってきたが、釣り合うとは思えない経済状況である。


「あのイヴ・ヒュイズ様……ですか?」


 俺は勇気をもって、馬の令嬢に尋ねた。


 この屋敷の息女は一人しかいないのでドレスをきているかぎり、この家の娘のイヴであろう。


一応、下女が馬の被り物とドレスを着ている可能性もあった。そして、悪戯好きな本物の令嬢は後ろでほくそ笑んでいるのだ。


だが、その可能性は捨てた。


真実が分からない俺にとっては、考えても無駄なことだろう。


「そうです」


 馬の令嬢は、しっかり返事をした。被り物のせいで声がくぐもって聞こえたが、凛とした声である。令嬢も俺と同い年らしい。


見合い中でも、令嬢はリラックスしていた。この見合いが初めてではない、ということだろう。


「あなたは、キロル様ですよね」


 俺は、頷いた。対面して数分経ってから、俺たちは互いに名前を確認した。


ちなみに、見合い中のイヴとは初対面だったりする。そのため、声での本人確認も不可能だ。初対面の人間相手に被り物をしてくるのは、本当に止めてほしい。


「あの、その被り物は何ですか?」


 俺は、イヴに被り物のことを尋ねた。


そうしなければ、先には進めなかったからだ。俺は馬の被り物の件を放置して、天気の話をするような図太い性格ではなかった。


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