第118話
私がゆりちゃんの異変に気づいたのはつい数日前のこと。
ちょうど私がクリスちゃんからバイトを紹介してもらってそれについてゆりちゃんの許可を取りに行った時からです。
割りとすんなりバイトの許可を出してくれたゆりちゃん。
今までそういうことをした経験が皆無の私のことが心配で一時迷ったような気もしますがそれでも最後には一度やってみるのもいい社会勉強になると許してくれたゆりちゃんでした。
初めてのバイト。
お客様のテーブルの片付けや皿洗い、ホールの掃除などやることはいっぱいでしたが初めてのバイトだったのでどれも新鮮な経験でした。
それに
「どうですか?みもりちゃん。疲れてません?」
「ううん。大丈夫。ありがとう。」
クリスちゃんと一緒にするバイトが楽しすぎて1週間でしかできないことが惜しいくらいでした。
何より
「ゆりちゃん、喜んでくれるかな…」
密かに進めていた秘密計画のことを思い出したら疲れなんてあっという間に吹っ飛んじゃいました。
その日もバイトで帰りが遅くなりました。
寮に戻って
「帰ったのか、虹森。ご苦労だったな。」
まず寮長の紫村さんに帰りを知らせて
「あ、先輩。はい、今寮に着いたんです。」
電話で先輩に自分の安全を確認させる。
常に居場所を教えて心配させないのが先輩との約束だったのでどうしても欠かせない日課ですが私ってそんなに頼りにならないんでしょうかね…
先輩、
「みもりちゃんがバイトですか?
んー…バイト自体は大丈夫なんですがマミー的にはちょっと心配です…終わるのも少し遅いし…
だってみもりちゃん、こんなに可愛いですもの…」
って感じで私のことを子供みたいに心配してましたし…
帰りはクリスちゃんが呼んでくれた車です一応クリスちゃんも一緒ですからそんなに心配する必要はないと思うんですがどうも先輩は心配になるようで…
そんな先輩を安心させたくて常に自分の居場所を知らせるって約束をしたんですがもう高校生なのにこんな必要まであるのかなって思われて…
…ってあれ?そういえばゆりちゃん、私にこれっぽいの一言も言わなかったな…
なんでだろう…
「それはみもりちゃんがどこへ行っても私には全部分かるからです♥」
「ひゃぁっ!?」
っと変な悲鳴まであげて肩を叩かれらあそこを振り向いた時、
「これ、見えますか?♥お母様が私達のためにご用意してくださった「みもりちゃんGPS」のアプリです♥」
私にスマホを突き出しているゆりちゃんが無邪気な笑顔で後ろに立っていました。
し…心臓、止まると思ったよ…!もう…!
「この点滅しているのがみもりちゃんです♥これさえあればみもりちゃんがどこへ行って何をしているのかリアルタイムで私にその位置情報が送られるということです♥」
「そうなんだー」
なるほどーだからわざわざ私から連絡を受ける必要がないってわけですねーそりゃ便利ー…
って今なんて?
「ゆりちゃん…風呂上がりなんだ…」
部屋をいっぱいしたシャンプーの香り。
お風呂から溢れている湯気をまとってバイトを終えて部屋に入った私を迎えてくれたのはちょうど風呂上がりのゆりちゃんでした。
「おかえりなさい、みもりちゃん。バイト、お疲れ様でした。」
「あ、うん。ただいま。」
まだ水滴が残っているきれいな栗色の髪。
そっと濡れた潤いの溢れる姿でバイトから帰った私をゆりちゃんは相変わらずの穏やかな笑みで迎えてくれました。
でも
「あれ…?ゆりちゃん、なんか疲れているように見えるんだけど大丈夫…?」
その笑顔の向こうに巧妙に隠されている微妙な違和感に気づいた時、私はゆりちゃんにそう聞かざるを得ませんでした。
いつもとは少し違う雰囲気。
ゆりちゃんと長い時間を一緒に過ごしてきた私だからこそ気づくことができたその違和感。
あの時、私の目には多分いつもとは違った小さな乖離が浮かんで見えていたと私はそう覚えています。
「そうですか?まあ、確かに少し披露を感じているかも知れませんね。」
特に慌てたり、戸惑ったりする気配はない。
ゆりちゃんはよく気づいてくれましたねって自分の疲労感について話してくれました。
「最近生徒会の仕事も忙しいですしそのせいかもですね。」
「そうなんだ…大丈夫…?無理はよくないよ…」
お父さんのような世界のために働く立派な官僚になるために勉強も怠らず生徒会のお仕事も頑張っているゆりちゃん。
もはや生徒会の中で「次期トップ」と認識されているゆりちゃんは皆からの評判もよくてそれにちゃんと応えるために日々努力を重ねているんですが私はそんなゆりちゃんが無理しているのではないかってすごく心配です。
もし無理しすぎて倒れたりしたらどうしようって…
「ゆりちゃん、前々から思ったんだけどやっぱり一日でもいいからゆっくり休もうよ。赤城さんには私からお願いしておくから…」
「大丈夫ですよ、みもりちゃん。これくらい本当になんともありませんから。」
「でも…」
本当に平気なのか、それともただ私を安心させるためなのか。
それは分かりませんでしたがあの時、私が感じた違和感は決して気のせいではなかったことを
「ゆりちゃん…?どこへ行くの…?」
数日後の私は分かるようになりました。
事件が起きる最後まで気づいてあげられなかった異変。
もう兆しらしきものは出ていたというのに私はただゆりちゃんに喜んでもらうためのことに夢中になっていてゆりちゃんの苦しみには目を向けることができなかった。
それだけで私は自分のことを幼馴染失格と思うようになったのです。
「なんだか最近のゆりちゃんってちょっと無理し過ぎって感じですね。」
あの日もそうだったんです。
「いつもの活気が感じられないっていうか…少し危なっかしい感じですね…」
部活のために先輩達が集まっている部室に行った時、先輩はあの日も部活に来なかったゆりちゃんのことをそんな風に気にしていました。
「私、うみちゃんのこともあってそういうの、ちょっと敏感ですから。まあ、慣れたくて慣れたわけではないんですが…」
っとしょぼんと微笑んでしまう先輩のそういう顔、私はあまり好きではありません。
「じ…実は私はちょっとそう思ったんです…何か悩みでもあるのかなってちゃんと話し合おうとしたんですがいつもはぐらかされて…」
「そうだったんですね…」
クラスの皆と赤城さん達にも助けてもらったのになんだかここんとこの私とゆりちゃんは空回りしているって感じ。
ちゃんと仲直りもできて全部元通りになると思ったのはただ私の勘違いだったかも知れない。
そう思ったら急に憂鬱な気分になってきて肩を落としてへこんでしまうようになりましたが
「大丈夫ですわ、虹森さん。だって緑山さん、いつも生徒会室で言ってるんですもの。
あなたのことが大好きすぎて仕方がないって。」
隣で話を聞いていた赤城さんからのその話は私に活を入れてくれました。
「あれは確かに恋に落ちた乙女の目。彼女の話に偽りは微塵もありませんわ。」
私へのゆりちゃんの気持ちだけは何も変わってないと保証してしてくれる赤城さんからの言葉。
その言葉に私は今までの蟠りは単なる気のせいに過ぎなかかったものだと思うことができ、まるで絶望の底から救われたような胸が晴れていくような気分になりました。
「会長も特に異常は見当たらないとおっしゃいましたし大丈夫ですわ。」
「そ…そうなんですか?良かった…」
人の考えが読める会長さんがそう話したのなら本当にもう大丈夫かも。
会長さんはただ純粋にゆりちゃんのことが心配でたまに暴走してしまうゆりちゃんの性格のこともよく知ってたのでやむを得ずゆりちゃんの考えを読み取ったらしいですが特に異常はなく、
「みもりちゃん♥大好き♥みもりちゃん♥大好き♥みもりちゃん♥大好き♥みもりちゃん♥大好き♥みもりちゃん♥大好き♥」
常に通常運転だったそうです。
「な…なんかすごく胸が苦しくなる考えだな…それ…」
「そうですの?普通ではないかと。」
そして普段の赤城さんだって似たようなことを思っていることが判明される瞬間でした。
「そうなのでしょうか…」
でも何故か先輩だけはまだしこりの残っているものすごいモヤモヤな顔をしていたのです。
その時、私はその問題についてもう少し先輩と話し合うべきでした。
自分がまだゆりちゃんに慕われているってことにほっとしてそのまま思考することを止めたのは明らかな失策。
私は夜な夜なゆりちゃんが寮から抜け出してあの「裏の世界」へ出入りしていることにも気づかず、ただゆりちゃんの心に甘えているだけだったんです。
胸の底に未だに残っている違和感のことをあえて見ないふりをして…
でもその状態が限界を迎えてしまった時、ついに私は状況は一向改善されていないことに気づいてしまいました。
改善されるどころか、むしろ更にこじらせて目前で私達の日常を脅かしていました。
悪夢でも見たか何かにうなされたように寝返りを打ち続けていたある日、悪い夢から逃れるためにもがいていた私はその夢から起きたその瞬間、ついに見てしまったのです。
「みもり…ちゃん?」
青光りの月の灯。
そこから注ぐ月光に照らされて蒼白な栗色の髪。
誰もが眠っているこんな夜中にたった一人で起きているその少女を見た時、私はかつて感じたこともない大きな不安に包まれてしまったのです。
「ゆりちゃん…?どこへ行くの…?」
私がそう聞いた時、
「な…なんでもありません…」
私から目をそらしてしまう少女。
そのことに急に湧いてくる不安な気持ちに私は
「ゆりちゃん…私に何か隠してること…ない?」
再度このようなことを聞きました
「みもりちゃんが気にすることではありません…」
その子は決して私からの質問にちゃんと答えてくれず、ただそうやって私との会話を回避しようとするばかりでした。
そして少しだけの揉め事が続いた後、
「みもりちゃんは何も分かってないんです…!」
その子は月の光の中に消えてしまったのです。
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