第119話
みもりちゃんに私の変化に気づかれたのは多分数日前からだと思います。
いつも可愛い笑顔でニコニコしているんですがああ見えても割りと勘がよくて意外と気づくのが早い子だから時々自分でも驚かされてしまいます。
「…私のことは全然気づいてくれないくせに…」
という気持ちも確かにありますがまあ、そういうところがまたいいんですよね、みもりちゃんって。
学校とあそこの世界、その二人の世界を行き帰りしながら「
それでも私は自分とみもりちゃんだけの「楽園」のためにどうしても一本橋のようなその危ない生活をやり遂げるしかありませんでした。
まだ私の復帰について上からの審議から続いているのが現状。
何より「大家」の全ての権限を委任されている薬師寺が頑なにこの件について反対していて他の者達もそれに従っていて復帰はもうしばらになりそうですがいつまでも意地を張ることはできないでしょう。
それに今すぐ戦うことはできなくてもやることなんていくらでもあります。
その一つとしてまずは情報を集めること。
私は今ここの「悪魔の壺」に蓄えられている「願いの力」を把握し、次の「願掛け」の時を予測する。
ここの主人、「女将さん」と呼ばれるジン様は誰がどんな願いを頼むのか微塵の興味もありません。
大事なのはこの「影」と呼ばれる「ランプ」を利用して誰かの願いを叶えあげるという行為。
たとえそれがこの世に危険をもたらすということになっても彼女はお構いなしの態度を取るでしょう。
「願い事なんてつまらないわ。結局人は自分のことしか考えないから。」
っといつか私にそう話した彼女は人という存在にわずかの興味もなさそうに見えました。
ここで死んだ闘士の魂は「ランプ」の中で願いの糧となってまた新たな命として循環する。
それこそ「
私はそんな呪われた力で自分の願いを叶えようとしていました。
誰にも邪魔はさせない。
誰も知らない私とみもりちゃんだけの楽園。
それさえ叶うことができれば何でもする。
私が大好きなみもりちゃんを騙して女の子としての普通な生活を諦めた時、私は自分自身にそう誓ったのです。
「ゆりちゃん…私に何か隠してること…ない?」
でもあなたにそう言われた時、私はすごく…すごく心が痛かったのです。
みもりちゃんがバイトを始めてから同時に始まった私の二重生活。
誰にもかんづかれないためには何人かの協力が必要だったんですが皆快く引き受けてくれました。
気づかれず学校を抜け出して一晩中動き回るのにさすがに一人では限界があったんですが私はなんとかこなすことができました。
でも出かける前にどうしてもやらなければならなかったこと。
それは
「やっぱり寝顔だってすごく可愛いですね。みもりちゃんは。」
寝ているみもりちゃんの顔をしばらく眺めることでした。
初めてのバイト。
慣れないことで疲れを感じてしまったみもりちゃんは部屋に帰り次第、すぐ眠りにつくようになりました。
お金が必要というわけでもなく、何のためにこんなに頑張るのか私にはよく分かりません。
ただ一緒にバイトするあの女との思い出が欲しいだけなのか、そういうことを考えたら腹の底が覆る胸糞悪い気分になってしまいますがそれも今のうち。
もうすぐ私とみもりちゃんは二人だけの神仙郷で一生を共に暮らすことになりますからもう少しの辛抱です。
でも何かのために頑張っている最近のみもりちゃんは確かに去年と比べて明らかに元気そうになりました。
あの家に連れて行かれてそこで負った心の傷でいつもネガティブで引っ込み思案のような態度を取ってきたみもりちゃんがこんなに新しいことにチャレンジしている。
日々成長を重ねているみもりちゃんを見ているともうこんなに胸がいっぱいになって今でも泣きそう。
それはみもりちゃんのことをずっと傍で見守ってきた私だけに許された充実感でしたが同時に敗北感でもありました。
結局何もできなかった自分。最後にみもりちゃんを元気づけたのは自分ではなかったということがどれだけ私自身を惨めに感じさせてしまったのか。
これは数年前、あの女のことを初めて知った時と同じ感覚。
その屈辱は今も忘れていません。
「だから今度こそあなたを私のものにしてます。もう誰にも先を越されたりはしません。」
そう決心した私の目には相変わらずあなたのことしか映っていませんでした。
長い眉毛。柔らかくてもっちゃりした健康的なお肌。
ぷるんとした唇と甘い息がこぼれてくる鮮麗な鼻。
すやっと心地よく眠っているあなたのことを見たら自分がやっていることにより強い自信をもたせることができる。
それだけで私は疲れなんて一瞬で吹き飛ばしてまた頑張れる。
その日もそう思って眠っているあなたのことをしばらくずっと見守っていました。
「ゆりちゃん、時間よ。」
まもなくお迎えの人が訪ねて、
「じゃあ、行ってきますね。愛するみもりちゃん。」
彼女の後についていこうとした私を呼び止めたのは
「ゆりちゃん…?どこへ行くの…?」
いつの間にか起きて私のことを見つめているみもりちゃんでした。
まだ眠気が残っているぼんやりした目。
でもその中に宿っている私への思いやりに気が付いた時、
「な…なんでもありません…」
私はあなたの優しさから目をそらしてしまったのです。
「みもりちゃんが気にすることではありませんから…」
「気にすることじゃないって…何よ、それ…」
あの時、私はどうしてあんなことを言ってしまったのでしょうか。
「私はゆりちゃんがまた無理するんじゃないかって心配になって…」
「だったら大人しく心配だけしていればいいんです…」
私はただみもりちゃんとずっと一緒にいたいだけだったのに。
「結局みもりちゃんには何もできない…あなたは黙って私の言うことに従っていればいいんですよ…」
あなたのことが好きで仕方がなかっただけだったのに。
あの時、みもりちゃんは私の前で泣いてしまったのです。
「なんでそんなこと言うの…私は…私はただ…ゆりちゃんのことが心配だっただけなのに…」
込み上げてくる寂しさにそれ以上涙を堪えられなかったあなた。
あなたのその優しい気持ちにこの悪いゆりは傷をつけてしまいました。
泣かせなくなかった。悲しませたくなかった。
あなたにはいつまでもずっと笑顔で私のことを見て欲しかった。
そんな大切なあなたを他でもないまた私が泣かせてしまったことがいかに自分を失望させてしまったのか…
「みもりちゃんは何も分かってないんです…!」
ああ、結局その場から逃げる道を選んでしまった情けない私。
もしあの時、私の方からごめんなさいと言ってたら何か変われたのでしょう。
一人で寂しく泣いているあなたの方に足を戻して行ってたら何か変われたのでしょうか。
今になっては虚しい希望ですがもし時間を戻すことができたらこれだけは伝えるべきだと思います。
「ごめんなさい…みもりちゃん…」
っと。
「まだみもりちゃんのことを気にしているの?ゆりちゃん。」
その時、落ち込んでいる私に声をかけてきたのは
「エミリアさん…」
現在私の学校との行き帰りを手伝っている「ベルセルク」の一人、「女帝」「エミリア・プラチナ」さんでした。
「やっぱり気になるの?先みもりちゃんと喧嘩しちゃったこと。」
私がみもりちゃんと揉め事をしていた時、最初から全部見ていたエミリアさん。
彼女から見たらただの子供の口喧嘩にしか見えなかったかも知れませんが私にとってみもりちゃんとの喧嘩は自分の価値を試されること。
つまり一大事ということです。
そんな私のことをよくエミリアさんはただそっと手を重ねて
「私、やっぱりゆりちゃんにはあの子と仲良くして欲しいな。」
私達二人に対する正直な気持ちを明かしてくれました。
「ゆりちゃん、去年もあの子のために頑張ったじゃない。本当はこんなことに協力してはいけないのに。」
自分でも分かっている。
これは決して思わしい方法ではない。
それを承知の上で私に協力することにしたエミリアさん。
「でもここに来る人は皆それぞれの大切な存在がいるから。私だってそう。」
その気持ちだけはちゃんと報われてべきだと話したエミリアさんは今はただ私のワガママを聞いてあげようとしたのです。
ダークエルフである故の低い体温。
でもその手から伝わってくる温もりはもうこんなにも温かくて心が解れていく。
「本当…見れば見るほど妹さんとそっくりですね…」
いつも陰から見守って支えてくれるプラチナブロンドのダークエルフ。
そのような人を私は既にもう一人知ってました。
「また来ましたか。あなたもしつこいですね。」
「てんまちゃん!」
嫌な声。
その仮面から流れてくる低くて湿った声はやはり生理的に私とは合わない。
まるで名も知れない多足の原生動物に全身を弄られるような胸糞悪い気分に陥らせるその声は
「ここは子供の遊び場ではありません、お嬢様。」
完全に私のことを子供扱いしていました。
本来ならこっちにはあまり顔を出さないはずの「大家」の薬師寺。
そんな彼女が最近足繁くここに通っている理由は聞くこともなく私の復帰の件について。
彼女は特に反対側の要となって私の復帰についてことごとく突っかかっていますが
「ですが今日は少し違う話をしましょう。」
今日の彼女はいつもと違う別の話を用意してきました。
「私はあなたの復帰について強く反対ですがご存知の「跛」殿がお嬢様のことを欲しがっています。もちろん顔はジン様の結果によって知られてはないんですがかつてのあなたから可能性みたいなものを感じたのでしょう。」
「跛」。
世界的な大犯罪組織「Family」の首長を務めている彼らは軍人時代に負った怪我で一足が引きずっているため、いつも「跛」と呼ばれます。
ここはあくまで「女将」のジン様の所有物でここには外に内部の顔を見られないための結界が張られていて外の物にまず自分の正体をバレる恐れはありません。
ですがだとしてもそんな大物に自分の実力を認められたというのはさすがに少し変な気分です。
「「跛」殿は「大家」にとって大事な取引先ですから。「大母」様もいい加減考え直したらどうだとおっしゃいましたのでいつまでも意地を張るわけにはいかなくなりました。」
「ということは…」
みもりちゃんのことであのクソババアのことは死ぬほど嫌っていますがまさかこんなところで役に立つとは思いもしませんでした。
取引先の便宜を図って私、「怪物」の復帰の件について再検討することになったという薬師寺の話は一瞬私にわずかの希望を与えました。
これでようやく「楽園」への第一歩を踏み出すことができる。
「Family」なんかの犯罪者達と組む気は更々ありませんがみもりちゃんとの「楽園」のためなら何だって利用してやる。
そう決めて喜んでいた私に
「ただし条件があります。」
一つ条件を掛けてくる薬師寺。
「私から一本取ってみてください。」
それは正しく最初から私が彼女自身にずっと求めていたこと。
私にとっては願ったり叶ったりの実のご都合の条件だった彼女からの提案に
「受けて立ちましょう。」
私は大喜びになって乗ることにしました。
でもそれは最初から仕掛けられた罠。
彼女は私を自分の罠にまんまと嵌めて「楽園」の道から私を突き落としてしまいました。
自分が思い描いていた「楽園」には最後までたどり着けなかった私。
でもその時、私は気づいたのです。
「あなたの楽園はずっとお傍にありました。」
「楽園」なんて最初からどこにもいなかった。
あの子がいてくれるのならその場所こそ自分だけの楽園であることを。
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