第115話

「バイト…ですか?」

「ダメ…かな?」


夕食の後、宿題をやっていた私に帰ってから突然バイトの話をしにきたみもりちゃん。

みもりちゃんはバイトには保護者の同意と学校からの許可が必要でそれをどうしても私から取りたいと話しました。


「お母さんは大丈夫って言ってたけど私、やっぱりゆりちゃんにはちゃんと許可を取りたいと思って。

だってゆりちゃんだって私の保護者…だしね?」


っと「えへへ…」って笑ってしまうあなたのことがいかに可愛かったのか多分あなた自身には分からないのでしょう、みもりちゃん。

まるで先日の「保護者気取り」や「お母さんヅラ」などの不躾な発言について謝罪しているようなその言葉に私は今でも空にも登りかかりそうな気分でしたが


「ど…どんなバイトなのか聞いてからです…!」


みもりちゃんの前で間の抜けた顔は見せるわけにかいかないと思って柄でもない厳しそうな顔を取り繕ってしまいました。


「えっとね?実はクリスちゃんのお知り合いのお店で放課後にお手伝いするんだけど。皿洗いとかホールの掃除とか。一週間くらいの短期バイトだけど。」


またあの女…

私があんなに嫌がってるんですからいい加減止めて欲しいところなんですよね、その女の話…

でもまあ…


「いいでしょう。危なそうな仕事ではなさそうですし。念のために後でお店の名前と位置くらいは教えてくださいね?」

「ってことはバイトしてもいいの?やったー!ありがとう!ゆりちゃん!」


っとあなたはまたそんな満面の笑みで喜んでいる喜んでいるんですね。

そんなあなたの笑顔が今まで何度も挫けそうだった自分を奮い立たせてきたのかあなたにはそれもきっと知らないのでしょう。

でもそれでいいです。

あなたはいつまでもずっと私の傍でその笑顔にいてくれればあなたのゆりはどのような苦難であろうとも立ち向かうことができますから。


あの女が紹介したお店でバイトすることを許可するのは少し癪ですが珍しくみもりちゃんがやる気を出しているんですもの。それにはちゃんと応えてあげるのが妻としての本分ではないかとー…

って妻って何言ってるんですか?私ったら…

まあ、それに…


「私とみもりちゃんは直にここから離れますから今のうちにやれることは全部やってみるのがいいと思いますし。」


そう思ったら私は今ここでの出来事を全部より楽に受け止めるようになりました。

みもりちゃんは優しくて情け深いからきっと先輩達との別れを悲しむでしょう。

せっかく始められた楽しい学校生活なのにいきなり皆と別れてしまうなんて。

でも仕方がないんですよ、みもりちゃん。


「だってこうでもしない限りあなたと私だけの「楽園」は築けないんですから…」


だから私はみもりちゃんには今の時間を精一杯楽しんでもらうことにしました。


「でもバイトまでするほどお金に困ってたとは思いもしませんでした。いくら要りますか?

んー…でも今ちょうど持ち合わせている現金が十万しかないんですから必要でしたら今からATMでー…」


っと財布を開けてみもりちゃんの欲しい金額を言って欲しいという私の話に


「い…いいよ…!そこまでしなくても…!っていうかどこのJKがあんな大金を、しかも現金で持ち歩くんだよ…!」


どうしても私からのお金はもらえないと遠慮してしまうみもりちゃんでした。

そして続くのはー…


「ゆりちゃん…前から思ったんだけどゆりちゃんって経済観念とかもうちょっと持った方がいいんじゃない…?ゆりちゃん、結構無駄遣いも多いからそんなんじゃいくらいくらお小遣いいっぱいもらっても足りないと思うよ…?」


出ました…久々のみもりちゃんのお説教…


「ムムム…たかが十万くらいでお説教は止めていただけますか?それに私はみもりちゃんに掛けるお金なんてこれっぽっちも惜しくないんですから。」

「ダ…ダメだよ…!ゆりちゃん…!それは確かに嬉しいけどお金はもっと大切に使わなきゃ…!」


子供の時、少し厳しい家計で生活してきたみもりちゃんは私より金銭的な部分で引き締めるところがあります。

もちろんそれは理解しますよ?私は理解のある花嫁ですから。

でも私はみもりちゃんのことではなければよほど金をかけないし私の消費は大体みもりちゃんを中心として回っているのにそれに一々ケチつけて…


「はぁ…分かりました…」

「分かってくれるの?良かった…」


でも仲直りしたばかりでまたみもりちゃんと喧嘩をしたくなかった私はここは一先ずみもりちゃんの言う通りに従うことにしました。


「お金に困ってるってわけではない。でもちょっと自分のお小遣いでは足りないからそれを補いたくて。」

「何か欲しいものでもあるんですか?」


あまりものに対する執着心がないみもりちゃんが珍しくバイトまでして手に入れたいものがある。

それだけで私の興味をグッと引き出すことができましたが


「えへへ…今は内緒…かな?」


みもりちゃんは最後まで私に詳細のことまでは教えてくれませんでした。


「ムムム…最近のみもりちゃん、少し秘密が増えたのではありませんか?昔はどんな些細なものも私と共有してくれたのに…」

「ごめんごめん。でもこれはどうしても自分の力でやりたいから。」


すねている私のことを慰めながらも自分の意志をはっきりと示すみもりちゃん。

みもりちゃんの口から出た「自分の力」という言葉は何故か私にとってすごく気に食わないものでしたが


「みもりちゃんがそう言うのなら…」


結局最後の最後にはみもりちゃんを甘やかしてしまう自分でした。


「ならいっそ私からの斡旋するバイトの方はいかがですか?」

「え?ゆりちゃんからもバイト紹介してくれるの?」

「ええ。みもりちゃんならもっと時給アップできてそんなに難しいことでもありませんから。」


あの女から紹介したバイトより自分の方からみもりちゃんに働ける場所を与えるのが良いと判断した私。

でもその雇い主は他でもない


「みもりちゃんは私から雇って差し上げましょう。」


「緑山百合」、すなわち私自身でした。


「ええ…なんか嫌だな…それ…」


でも即答で断ってしまうみもりちゃんでした。


「ど…どうしてですか…!?時給なら私の方がずっと高いし待遇だって…!」

「どうしてって…だって私、ゆりちゃんとそういう関係になりたくないから…」

「そ…そういう関係って…?」


っと聞きかけた私はみもりちゃんが望まない関係がどういうものなのかすぐ推測できたのです。


「なんか契約関係っていうか友達料っぽくて嫌じゃん…そういうの…私、マジでゆりちゃんのことを大切にしているのに…」

「みもりちゃん…」


条件などのそういう枠にはまらない自由でお互いのことを大切に思える望ましい関係。

みもりちゃんは私のことを出会ったあの瞬間から心よりずっと愛してくれてました。

そして私はその同時に今の自分がどれだけ失礼なことをしてしまったのか気づくことができて即今のことについて謝らなければなりませんでした。


「すみません…試すようなことを言っちゃって…」

「ううん。ゆりちゃんの気持ちはよく分かってるから気にしないで。

あ、ちなみにどういう仕事をするのかくらいは聞いてもいい?」


私からの謝罪を快く受け入れてくれたみもりちゃん。

そんなみもりちゃんからバイトの内容について聞かれた時は少し戸惑いましたが


「じゃ…じゃあ…!まず手を繋いで街を歩きます…!良さそうな感じのお店に入って一緒にパフェを食べて…!あ…!一緒にペットショップにも行って小鳥さんを見たいですね…!みもりちゃん、小鳥さん大好きでしょう…!?

久しぶりに屋上遊園地にも行きたいですね…!それから一緒に映画を見て夕食は優雅な高級レストランで…!

ああ…!ダメです…!やりたいことがいっぱい過ぎてどれから始めたらいいのか迷っちゃいます…!」


私は普段思っていたありったけの望みを並び始めました。

それら全部を静かに聞いていたみもりちゃんは


「別に雇わなくても普通に一緒にやるよ、そういうの。」

「ほ…本当ですか…!?」

「うん。だって普通にデートじゃん、それ。っていうか普段私達がよくやってることだし。」


ただそっとした笑顔でそう答えてくれたのです。

その言葉が、その笑顔がいかに愛しくて可愛いものだったのか私はそのまましばらく見惚れているだけでした。


あー…でも…


「じゃ…じゃあ…!夜には一緒にに行きましょう…!そこで一緒にお風呂に入って最後にはゆりのとっておきの技でみもりちゃんをメロメロにして私はようやくみもりちゃんと結婚してついに愛の結晶である可愛い赤ちゃんを…!」

「あー…」


っともう少し欲を張った時、みもりちゃん、確かにちょっと困りそうな顔をしてましたね…


「あ…うん…もうちょっとおとなになったら…ね?」


私はすこぶる本気だったのに…

どうやらお子様のみもりちゃんがもう少し成長するまでこの計画は棚上げになりそうですね…


「じゃ…じゃあ、ということで私は明日からバイトしに行くから…!悪いとは思うんだけど当分、一緒に夕飯はできないかも…」

「大丈夫ですよ、みもりちゃん。初めてのバイトですががんばってくださいね?あ、くれぐれも他の方に迷惑はかけないように。」

「うん、分かった!ありがとう!ゆりちゃん!」


っと


「じゃあ、私、ちょっと明日のことでクリスちゃんのところに行ってくるね?」


早速あの女のところへ行ってしまうみもりちゃん。

みもりちゃんがそう言ってくれたのは確かにすごく嬉しかったんですが


「やはりあの女は目障りです…」


私はやっぱりみもりちゃんの口からあの女のことが出て欲しくありませんでした。


「でもそれももうすぐ終わりです。」


っと言った私の目が窓の方へ向かった時、


「そうですよね?「エミリア」さん?」


そこには私とみもりちゃんを二人っきりの「楽園」へ導いてくれる案内役の女性が立っていました。

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