第93話
「うみちゃんはみもりちゃんのことが結構気に入ったようです。」
「私のことが…ですか?」
電話の向こうで先輩は私にそう言いました。
青葉さんが私のことを気に入っているみたいって。
それは確かにすごく嬉しくてなんだか身の置き所がないってくらいの気分でしたが正直に言うと私にはあまり実感がない話でした。
確かに青葉さんは私に結構好意的です。
あまり話したこともない私にすごく親切ですし今日のことだって自分のことのように手伝ってくれましたし。
実際青葉さんが神前式のPV撮影のこととか色々手伝ってくれなかったなら私達だけではきっとかな先輩と赤城さんの仲直りはかなり厳しくなったんでしょう。
でも青葉さんは私だけではなくゆりちゃんみたいな生徒会の人達にも結構好意的だし私みたいな人界の子達には割りと普通に接してくれるそうです。
だから自分だけが贔屓されているとは限られないというか…
「いいえ。みもりちゃんは誰にでも愛される可愛い子ですから。きっとうみちゃんだってみもりちゃんの魅力にメロメロになっちゃったはずです。」
「メロメロって…大げさですよ、先輩…」
っと先輩は私にもっと自身を持ってくださいと言いましたが私個人的にはやっぱり私なんかに青葉さんみたいなすごい人の気に入ってもらえるような魅力はないと思いますから…
「でもすごくいい子ですよね?うみちゃん。」
でも先輩の言う通りに彼女の人柄は確かにすごく大人っぽくていい人ということには私も同感です。
あの会長さんみたいに雲の上の存在だと思った人なのに私みたいな普通な子にも優しくてしてくれてその上友達思いの人で。
到底単独で今回の派閥争いを引き起こした人とは思えないほど優しくてかっこいい人でした。
「はい。とても。」
だから私は先輩のその言葉に同意せざるを得ませんでした。
なぜ青葉さんみたいないい人があんな選択をしてしまったのか知りたい気持ちも確かにあります。
でも
「みもりちゃんなら分かってくれると信じていました。はい。うみちゃんはマミーの自慢の子なんですー」
青葉さんの話をこんなに嬉しそうに先輩が話しているんですから今はこのままでいいです。
「歌う時のうみちゃんは本当に天使様なんです。声もきれいですしそれはもう天上の声というか。
あ、もちろん普通にいる時だって可愛いなんですけどね。」
「へえーそうなんですね。」
嬉しそうな先輩の声。
青葉さんといる時の先輩は一度だけしか見られませんでしたがあの時はなんだか雰囲気がガチガチっていうかギクシャクっていうかとにかくすごく気まずいって感じでしたが
「やっぱり先輩は青葉さんのこと、今も大好きなんだ。」
どうやら好きって気持ちに変わりはないようですね。
「うみちゃん、意外にお料理するのが得意で私と一緒に作ってみたりしたんです。たまに
「そうでしたね。それは確かに美味しそうでっ…」
って今なんと?自分の卵?
それから先輩はしばらく私が同好会に来る前までの同好会の話を聞かせてくれました。
青葉さんの入部、先輩の先輩方の話。
どれもとても興味深い話でしたがその中、一番印象的な話はやっぱり
「うみちゃんは皆と仲良くなりたいと思っていたとても優しい子なんです。」
青葉さんがかつて先輩と一緒に目指していた理想のことでした。
「大好きなアイドルを皆と一緒にやりたい」。
いつか聞いた先輩の夢。
でもそれは先輩だけの夢ではなかったということは私にとってとても衝撃的で驚きの話でした。
「きっとうみちゃんは今もその夢を忘れていないはずです。」
そして彼女が今もそのために頑張っているかも知れないという先輩のあやふやでも切実な願いは私の心を大きく揺さぶってしまったのです。
「うみちゃん、いつかこう言ったんです。いつか自分の歌でこの世界の争いを無くすのが夢だって。
うみちゃんのお母さんは元「神社」の巫女様ですからその影響なのかも知れませんね。
でもうみちゃんのその優しい気持ちはとても真剣なものでそれは私が保証します。」
決して自分を飾るための建前ではなく本当の気持ちでこの世界の平和と安寧を願っていたという青葉さん。
先輩はそんな青葉さんだからこそ彼女のやることに必ず何かの意味があると確信しました。
「うみちゃんは遊び気持ちとかただのいい小ぶりのつもりで人を助ける子ではありません。そして人一倍は視野が広くて皆のことを真剣に考えているから余計に人を傷つけるようなことはしません。
赤城さんとかなちゃんのことも、そしてみもりちゃんとゆりちゃんのことも全て。
もしかするとあの巫女様のことやひいては今回の派閥争いも…」
っと先輩は青葉さんが引き起こしたそのことについては最後まで話せませんでしたがそれでも私は青葉さんに対する先輩の強い信頼を覗くことができました。
今はああいう形になって空回りしているがいつかまた元の青葉さんに戻ってくれるはずという先輩の願い。
その期待はあいにく先輩の苦しみを増幅させる全く真逆の効果を生むだけでしたが先輩は決してその気持ちを手放さなかったのです。
「私はどうしても皆を仲直りさせたいです。でも何よりも元のうみちゃんを取り戻したいです。
だからみもりちゃんがあの時、力を貸してくれるって言ってくれたこと、すごく感謝しています。」
何があっても青葉さんを元に戻してみせるという先輩の強い覚悟。
でも先輩をその気にさせたのは自分自身にも知らなかった私という存在だと先輩はそうお礼を言いました。
その言葉に私は自分も知らないうちに先輩にとって大きな力になっていたという自身ができてしまったのです。
「みもりちゃんのおかげで私はやっと自分が何をすべきか分かりました。もう迷いません。私はうみちゃんをもとに戻して学校の平和を取り戻してみせます。
だからみもりちゃんもゆりちゃんとちゃんと仲直りしてくださいね?
私の考えですがうみちゃんは多分あの黒木さんのことをみもりちゃんに紹介してあげたかったのではないかと思いますしみもりちゃんならきっとちゃんとゆりちゃんと仲直りできると信じていたと思いますから。」
だから青葉さんの期待にしっかり応えてあげてくださいっと言った先輩は
「ごめんなさい、みもりちゃん。もうそろそろ消灯の時間で今日のお話はここまでにしましょう。」
「あ、はい。おやすみなさい。先輩。」
「はい。みもりちゃんもおやすみなさい。」
私とお休みの挨拶を交わした後、通話を終了しました。
「私のことを信じてる…か。」
誰もいないラウンジ。
窓の外には静まった街の光景が見え、遠くに大きな桃の木の「神樹様」が見える。
星で鏤めた夜空の中、どこまでも伸びている「神樹様」がその慈愛に満ちた目で私達のことを見守っていると思うと不思議に勇気が湧いてくる。
青葉さんに信用されているという先輩からの話を聞いた時、私の心はそれと同じ気分になりました。
「ちゃんと謝ろう…」
ゆりちゃんと仲直りしたい。
あんなひどいことを言ってしまったことをちゃんと謝ってきちんと許されたい。
そう思った瞬間、私はふと青葉さんは私のこういう気持ちさえとっくに見透かしていたのではないかとそう思うようになりました。
***
「ごめんね、緑山さん。こんな遅い時間に呼び出しちゃって。」
「いいえ。これくらい平気です。」
点呼の後、一人だけうみに呼び出されたゆり。
一年の寮から少し離れた二年の寮の近くにあるところで始まった二人だけの逢い引き。
無論ゆりにうみへの下心なんて微塵もなかった。
むしろ
「な…なんかすごい敵意を感じるね…緑山さん…」
今のゆりはうみに対して少なからぬ敵意を抱えていた。
「…まさか青葉さんがみもりちゃんにあの女のことを紹介するとは思えませんでした…」
「やっぱりそれなんだ…」
クリスとみもりの接続。
それがうみからの根回しによるものということを知ったゆりはうみのことを心底恨んでいた。
「良かれと思ったことだというのは十分分かっています。でも私はやっぱりあの女をみもりちゃんに知られたくなかったんです。」
明らかな敵愾心。
幼馴染のことになると他のものに目が見えなくなるゆりの性格は既に把握済みだがまさかこれほどの敵意とは。
うみは逆に同じ性別の女の子を相手にここまでなれる彼女の執念に感心せざるを得なかった。
しかも相手は魔界全ての種族を率いている「魔界王家」の次の「ファラオ」。
いくら名門「緑山」家のお嬢様とはいえ「魔界王家」の「ファラオ」には比にならないほどの明白な身分の差があった。
「
今の「魔界王家」への魔界住民達の忠誠と尊敬は「夢魔王朝」の「魔界王家」がなぜ何百年もこの星の支配者としていられたのかを代わりに物語っている。
彼らはそれまでの偉業と相まって王の同時に魔界の神である「魔神」に仕える「神官」だったゆえ、その権力に正当性を与えることができた。
今は世界政府の協力者の一つにすぎないが彼らは未だに魔界においては絶対権力を駆使することができ、今もその地位を堅固に維持していた。
「もし彼女が私をこの学校から追い出したいと言ったら私は即この学校から離れなければなりません。もちろんそうしたら立場上世間からの非難は避けられませんが彼女と私の間にはそれだけの差があるということです。」
「それが分かっているのに彼女にあんなこと言っちゃったの?」
っと聞くうみ。
特に嫌味ではないがうみは彼女のそういう無茶なところを結構気にかけていた。
相手に対する一方的な愛着。
それはきっと相手だけではなくいつかその本人さえ破滅してしまう。
うみはそのことを恐ろしいほど知っていた。
だが
「構いません。私からみもりちゃんを奪おうとするものは地位とか権力とか関係なく何もかも潰してみせます。」
ゆりのみもりちゃんへの愛着はまさに執着と言うにふさわしいものであった。
「立ちはだかるものは全て力でねじ伏せる。私にはその力があり、今までずっとそうやってきました。魔界の姫だろうとあの家のクソババアだろうと全部捻り潰す。それだけのことです。」
迷いのない真っ直ぐな目。
だがうみはその心が一度折れてしまったらやり直すのは今までとは比にならないほど大変であることをよく知っていた。
だから彼女がみもりだけではなくもっと色んな人に触れて心を開いてもらいたかった。
何よりうみは
「あなたには私みたいな修羅になって欲しくないよ。」
誰も自分のような悪人にはなって欲しくなかった。
「あの女は敵です。青葉さんはただのファンだと思ってみもりちゃんに会わせたかも知れませんが私には分かるんです。」
生理的な嫌悪感。
ゆりはクリスに初めて会ったその瞬間から彼女に対して歪な敵意を抱いていた。
言葉では言い表せない得体の知れないそのいけ好かなさにゆりは今も心の底から苛立っていた。
「もう誰にも渡しません。みもりちゃんは私のものです。もしこれ以上私とみもりちゃんの間にちょっかいを出すと私も自分がどうなってしまうのか知りません。」
っと席から立ち上がって寮へ戻ってしまうゆり。
「今後今回みたいな胸糞悪いいたずらは控えてください。あなたのことはみもりちゃんとお義母様が好きでそれに免じて一度だけなかったことにします。」
そう言いながらチラッと自分を睨むゆりの青い目からのすさまじい殺気を見た時、うみは生まれてから初めて命の脅威を感じ、慄いてしまった。
「こりゃ手強そうね…」
っと遠くなるゆりの背中を眺めるうみの口からは重い溜息が吐き出されてきた。
「まあ…あの子達ならなんとかできそうと信じてはいるけど…」
だがその分の確信もまたしっかり持っているつもりであった。
いつも人前ではおどおどしながら怖い幼馴染の後ろに隠れてしまう黒髪の女の子。
だがその中から輝いている強い気持ちは決して折れない鉄の塔。
もしその才能が、人を労って愛する才能がちゃんと発揮できればきっと数多な奇跡を引き起こせるだろう。
それは最後まで自分には手に入れることができなかった果てしなく温かくて優しい輝きであった。
「頑張って、虹森さん。あなたならできると私はそう信じている。」
そしてそれはかつて自分が愛してやまなかった胸が大きくてとても優しかったある少女と同じ才能。
それさえあれば自分には叶えられなかった夢を叶うことができるだとうみはそう強く信じていた。
「大丈夫ですよ、先輩。先輩のことは何があっても私が最後まで守り抜いてみせますから。」
そうつぶやいたうみは
「うう…さすがに冷えるね…おしっこして早く寝よう…」
自分もそろそろ寮に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます