第90話
「これは…」
「すごい…」
周りの人達は私のことを鋭い人、勘がいい人って話しますが私自身はそう思いません。
特に日が出ている間には頭が少しぼんやりして判断が遅くて勘が鈍くなる。
ですがいくらまだ日が出ているとはいえまさかこんなことまで気づけなかったなんて…
「これ…もしかしてクリクリがやってくれたことかな…?」
「そう…らしいですわ…」
どうやらあの子達は私達を仲直りさせるためによほど張り切っていたようです。
目の前に広がっている広大なバラとひまわりのお花畑。
真夏の透き通った空と注がられる月光の下で思いっきり満開している情熱のバラと元気いっぱいのひまわりはまるで今の私達のことをイメージしたような気がして思わず心が弾んでしまいました。
「この芳醇な香り…本物みたい…」
っと現実を全く飲み込めないあなたのことがどれほど可愛らしいものか。
生花を見ているような生々しい感覚。
この鮮やかな生命力。ただ見ているだけなのにこんなにも胸がいっぱいになるくらいだなんて。
まだこんな夜中になるには時間が残っているというのにここまでの完璧な再現ができるとは…
「わが妹ながら恐ろしい才能ですわ…」
「クリクリ…すごいすぎ…」
っと私のもう一人の幼馴染の子が私達のためにやってくれたことに驚きを隠しきれないあなた。
そういえばあなたはあの子のことを「クリクリ」って呼びましたね。
魔界の「ファラオ」にあんなに気安く触れることができるあなたのことを私は本当にすごいと思ってます。
あの子はあなたのことが結構気に入ったようです。
幼い頃から体が弱くてあまり外へ出かける機会が少なかったからまともに学校にも行けなかった故、私とあなたの学校生活はあの子にとって夢のようなものでした。
「じゃ…じゃあ、お姉ちゃんとかなさんはもう付き合っているんなんだね…?」
「あはは!そんなのないよ!クリクリって本当可愛いんだから!」
「付き合っていませんわね…私達…」
「ってなんでがっかりするの!?なな!?」
あまり自分を出さない大人しくて優しい子。
人界で通学していた私とは違って実家の魔界からあまり離れられなかったため夏休みなどの連休ではなければあなたに会うことすらままならなかった。
それでもあの子は私達と会うことを楽しんでくれてあなたもあの子のことを実の妹のように大切にしてくれました。
私があなたと別れてから私と同じく悲しんでくれたあの子は何度も私達を仲直りさせるため一人で色々試してみましたがそううまくいきませんでした。
あの子のやり方に何か欠点があったわけではありません。ただ私の心があなたのことを極力阻んでいてあまりにも私が嫌がるから直にあなたのことをあまり話さないようになってしまいました。
今覚えればあの子に随分とひどいことをやらかしたんですね。何たるダメ姉なのでしょう、私って。
「私はお姉ちゃんがかなさんとまた仲良くなって欲しい…」
っと泣き顔で私にあなたとの仲直りを願ってくれたわが妹。
結局こうなるのならあの子が私達のことでもっと傷つく前にちゃちゃとやっておけばよかったんですね。
だったらあの子も、私達もそれ以上傷つかず済みましたから。
私の可愛い妹。
たとえ血はつながっていなくても心は確かに強く結ばれている。
いつか私達の王になるあの子を成長するその日までちゃんと見守ってあげなきゃと思っていましたが
「こんなに素敵なプレゼントまで用意していたなんて…」
どうやら私はいつの間にかあっという間に大きくなったあの子のことに気が付かなかったようです。
夜空に鏤められた燦々な星屑。そして息が詰まるほど満開した華麗なお花。
その全てがまるで私達を祝福しているよう。
でも一番驚いたのは
「皆さん…?」
帰ったはずの皆が再び集まって私達のことを待っていることでした。
お花畑の中で私達のことを迎えてくれる皆の顔。多分私は一生忘れられないと思います。
「副会長!ご結婚おめでとうございます!」
「中黄さん!お幸せに!」
同時に注がられる大歓声の拍手と舞い落ちる花びら。
私達の幸福を願ってくれる祝福の言葉がこんなにも胸に響いてつい涙まで出そうでした。
自分は彼女達にとって決していい人ではありませんでした。
私は大型部の権限を縮小、ひいては生徒会の管理の下において統率する算段でした。
そうすることで私はあなたに最高のアイドルとなった私のことを見せられる。あなたを振り向かせられる。
そのために自分の地位と立場を利用することになっても、誰かが傷つくことになっても構わないと自分も騙してただ前に進む私でした。
卑怯というのは十分承知の上でした。
でも私は会長や青葉さんに比べたらアイドルとして半人前。
だからなんとしてもあなたを振り向かせたかった。
私と一緒にアイドルをやらなかったこと、精々後悔すればいいっと。
自分の本当の味方なんて誰一人もいませんでした。いや、むしろこちらからごめんでした。
皆私のことが嫌いって言いました。
同じ魔界の人達からも嫌われました。もうこの学校ごと「赤城財閥」が乗っ取ろうとするんじゃないかって噂も出回って会社にも大きな迷惑を掛けてしまった。
でもお母さんは私のことを叱るどころか
「それがあなたの信じることであればそれで。」
っと私の好きにさせてくださいました。
お父様もまた
「父さんはいつだってななの味方だからな。会社のこととか家のこととかお母さんと父さんがなんとかするからななは自分の信じる道を歩けばいい。
何があってもななは父さんが守ってあげるから。」
っと私のことを応援してくださるだけでした。
お二人様が放任主義と言うわけではありません。むしろ過保護すぎると言ってもおかしくないほど私のことを愛してくださいました。
私がどこへ行こうとも必ずそう遠くないとこで「メルティブラッド」の誰かが見守っていました。
ただでさえ弱点が多く、力も弱い幼年期の吸血鬼でしたから。
だから私はお二人様が私がやっていることを認めて見過ごすことがどうしても理解できませんでした。
でもそれは会長も同じでした。
「ななは私が選んだ「Fantasia」の一員なの。だから私はななのことを信じてるわ。」
っと同じ生徒会ながらも私の傍若無人な行いを見逃しました。
本当は私のことを止めて欲しかったかも知れません。
いつも苛立っていて焦っている私とは違って会長さえ立派な大人でしたからきっと適切な判断ができると思いました。
結局誰の助けも得られず独り善がりで進めてしまった強制吸収の件。
これがどれだけの人達の心に大きな傷を与えてしまったのかあえて言うまでもありません。
「副会長。おめでとうございます。」
「お願いです…!副会長…!できるだけ早く新入部員を集めてきますからどうかもう少し時間を…!」
「ダメですわ。あなた達の部は目立つ実績もなく、しかも現在の部員も平均値に到底及びません。
こんなものでこれから何の活躍が期待できるというんですの?」
「で…でもそんな理由で廃部だなんて…!それはあんまりですよ…!」
「嫌でしたら実績会議で抗告してもよろしくてよ?最も受け入れてもらえかは分かりませんが。」
「そんな…!」
毎日生徒会室に来て廃部通告の撤回を要求した生徒達。
いや、要求というより哀願でしたね。
泣きわめきながらどうか廃部だけは避けたいと私にすがりついていた哀れで可哀想な生徒達。
そんな彼女達のことを私は見殺すどころかとどめを刺すような仕打ちまでためらうことなく押し付けました。
悪いという気持ちはありましたが仕方がないと思ってました。
これであなたを振り向かせられれば私はいくらでも悪魔になってあげてもいい。
私は本気でそう思ってました。
なのにどうしてですか。
どうして皆…
そんな顔ができるのですか…
きっと私の前で私に取り付いて泣いて喚いたはずの彼女達が私のことを祝福しているのか私はどうしても理解できませんでした。
ただただ私は湧き上がってきた申し訳ないという気持ちと嬉しいって気持ちが混ざった複雑さに涙が込み上げてくるのを自分で感じているだけでした。
後でこれが会長と青葉さんの根回しということが分かった時は呆れてもう笑いも出ませんでした。
皆は知っていたんです。私があなたのために悪魔にならなければならなかったことも、いくつの部の廃部手続きを済ませて一人だけの生徒会室で苦しんで泣いていたことも。
その話が会長と青葉さんを通って皆に知られたことに少し…いや、結構恥ずかしい思いをしましたがその気持ちがあまりにも嬉しくてたまりませんでした。
「良かったね。なな。」
本当は皆優しい心を持っている。
その事実が分かった私は自分の今までの行為を反省しました。
こんな優しい人達を私はただ自分の都合で勝手に傷つけていたと思われた時は自分が恥ずかしくて彼女達に頭が上がりませんでした。
そんな私の涙を
「もうーせっかくおめかししたから泣いちゃダメじゃん。」
あなたは白無垢の袖で優しく拭いてくれました。
「ほら、ちゃんと前向いて歩かなきゃ。」
「わ…分かりましたわ…」
っと私の手をそっと握ってくれるあなたの後に続く足取りがこんなにも軽いとは。
一歩一歩踏み出す度に高まった胸から幸福の気持ちが炊きあがって体中が震えている。
今の私はそれほど幸せということでしたね。
「せっかくですから副会長に今回の新PVの撮影も手伝ってもらいましょうか。」
なんとかあなたのことを理解し、仲直りできた私達を迎えてくださった巫女様からそうおっしゃった時は本当にどういうことなのか全く状況が飲み込めませんでした。
仲直り大作戦の次はPVの撮影だなんて戸惑うのも当然でしょう。
でもこのPV撮影こそ今回の計画の目玉企画でありフィナーレというわけでした。
「良かったですね。副会長。」
「よもや巫女様とシスターまで…次は誰ですの?まさか理事長までというわけではありませんわよね?」
「あはは。まさか。」
他に誰か協力者があるのか聞く私の話に妙な笑いで誤魔化そうとするシスター。
あまり深く関わる気はありませんがさすがにここまでになったら少し怖くもなるものですね…
「なな、見て。あれ。」
あなたと手をつないで少し歩いたらいつの間にか私達の前に大きな橋が現れたことに気が付きました。
「これが「結びの橋」…」
古代、この星がまだ3つの世界に別れたいた時、古から存在した「神社」。
「神社」という名称になったのは「神樹様」による世界統一の以来ですが神に仕える敬虔な聖職者は確かに遥か昔からこの地に存在していました。
その「神社」から現れた将来この星を救うことになった救世主「光」がかつて一生をかけて彼女と世界を飛び回ってきた伴侶となる「
バラとひまわりのお花畑を横切ってどこまでも広がっているその聖なる橋はずっと私達のことを待っていました。
夜中の星空の下にぐーっと伸びている星の橋。
七夕の織姫と彦星が年に一度会うの星合のために二人の間に作られたあの伝説の橋のようにその橋は月の光に照らされて美しく輝いていました。
「神話だと本来は稲田だけどね…」
っと照れくさく笑ってしまうあなたでしたが
「まあ、これはこれでいいんじゃないですの。」
私は私達のために妹のクリスが頑張ってくれたこのバラとひまわりに囲まれた「結びの橋」が実に気に入りました。
クリスの優しい気持ちが、皆の温かい気持ちがいっぱい込められているその橋は私達の絆を永久に結びつけ、守ってくれるように輝かしく、そしてたくましく見えました。
「それでは一緒に参りましょうか。」
「うん。そうだね。」
もう自分から手放したりはしない。
皆が取り戻してくれたこの因縁、今度こそ最後まで守り抜いてみせる。
遠回りした道。そこで生まれる苦しみや悩みにどれほどお互いを傷つけてきたのか私達はあまりにもよく知っています。
失った時間を取り戻すことはできなくてもこれからはあなたの伴侶としてあなたを誰よりも幸せにします。頑張ります。
だから
「ふつつかものですがこれからもよろしくお願い致しますわ。」
この気持ち、どうか受け入れてください。
そう心に刻み込み、決心した私はいつの間にかあなたと傍で「結びの橋」を渡っていました。
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