第89話

「まさかあなた達もグルだったとは…」

「えへへ…」


やられたって言わんばかりの赤城さんの顔。

でもそれがまんざらでもなさそうな様子の赤城さんは


「ありがとうですわ。クリス。」


そっとクリスちゃんの頭をなでてあげました。


私達は今中にある着替え室に来ています。

自分を赤城さんがいるところまで連れて行ってって頼んだかな先輩はなんとか赤城さんと仲直りできたそうです。


「お互いに言えないこととか多かったから。ななにも、私にもね。」


大切な故に言いにくい本音。

でも素直に打ち明けて誤解を解くことで相手のことを以前よりもっと理解できるようになったという先輩。

かな先輩はそのきっかけを私達が作ってくれたと礼を言いました。


「皆が頑張ってくれてななと仲直りできた。それには本当に感謝している。

改めてお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう。」


っと自ら頭まで下げて感謝の気持ちを表すかな先輩のことに


「い…いいえ…!重要なのは先輩の赤城さんへの気持ちでしたから…!」


私は逆に慌てされてしまいました。


かな先輩が赤城さんのことを諦めずに強く想ってくれていたからこそできたこと。

ちょっと大雑把で適当なところでも少々ありますが赤城さんのことだけには誰よりも真剣になって突っかかるかな先輩のことは私にも大きな勇気を与えてくれました。

これがあればきっと大丈夫だと私はそう思うようになりました。


皆と仲良くなりたい。

仲良く、そして楽しく皆と大好きなアイドルがやりたいという先輩の願い。

深い誤解を解け、少しずつでもお互いのことを理解し合い、阻むその全てを乗り越えたあそこにはきっと新しい未来が待っている。

地元の大学で人類・歴史学を教えているうちのお父さんの言葉ですが私は本当にその通りだと思います。


だって


「本当に嬉しそうですね。お姉ちゃんも、かなさんも。」


今の赤城さんとかな先輩、すごく幸せそうな顔をしているんですもの。


「正直驚きました。まさかこんなにあっさり解決されるとは。さすがみもりちゃんです。」


いつの間にか私の隣に寄り添って本人達より嬉しそうな表情で微笑んでいるクリスちゃんの褒め言葉に


「ち…違うよ…!だって私、何もしてないし…!」


私は自分には何の手柄もないとクリスちゃんには他の皆を讃えて欲しいと伝えました。


「結局私はかな先輩を連れてきたことくらいしかできなかったしもともとこれは青葉さんと巫女様が用意していた計画だったから。それに…」


そのかな先輩にやる気を吹き入れたのは先思わず喧嘩をしてしまった私の大切な幼馴染のゆりちゃん…

私はそんなゆりちゃんの頑張りも忘れてゆりちゃんに向けてひどいことを言ってしまったのです…


「私…本当に悪いことしたんだな…ゆりちゃん、赤城さんと先輩のために頑張ってくれたのに…」

「みもりちゃん…」


心配そうに私のことを見つめるクリスちゃん。

でもこの重苦しい気持ちだけはやっぱり簡単に消えないようです。


反省は…まあ、しています…

ゆりちゃん…いつも私のことをすごく大切にしてくれているのにそれを過保護とか親気取りとか言いやがって…

クリスちゃんのことをあんな言い方で言われたのはやっぱりすごく腹が立ちますがそれでもさすがにそれは言ってはあるまじき言葉でした…


「はぁ…ゆりちゃん…謝ったら許してくれるかな…」


腹の底から湧き上がってくる重い溜息。


赤城さんとかな先輩に気を遣って私の愚痴が聞こえないようにわざと距離を取っているんですがこういう重いテンション、やっぱりいけないんですよね…?

でも憂鬱なのは仕方ないんですよ…だって喧嘩なんて久しぶりだし…

あ、でもやっぱりちゃんと謝らなきゃダメだから…


「ふふっ。やっぱりみもりちゃんは緑山さんのことが大好きですね。」


でも非常に落ち込んでいる私と違ってすごく落ち着いているようなクリスちゃん。

クリスちゃんは私の手をそっと握って


「大丈夫。ちゃんと話し合えば緑山さんも分かってくれるはずです。

私のことはいいですから緑山さんと仲直りすることだけ考えましょう?きっとうまくいきますから。」


っと勇気を吹き入れてくれるクリスちゃん。


紫の宝石のような不思議な目。

派手な装飾と濃い目のメークが褐色のお肌とピッタリあってなんと表現できない美しさの黒い髪との相性も抜群。

おまけに胸はほぼ先輩並の超巨乳でなんとけしからんなボディー!

いくら「夢魔サキュバス」とはいえ本当に私と同じJKなのかなってつい思わせられる。


でも自分の種族も、魔界のお姫様という立場にも関係なくただひたすらの優しい心を持った私のファンであるクリスちゃんは今度は自分が私のことを応援したいって話してくれました。


「心配することはないです。こんなにも緑山さんのことを思ってますから。

私が協力しますから一緒に頑張ってみましょう。」

「クリスちゃん…」


なんとしても私のことを励ましてあげたいと思っている優しいクリスちゃん。

その気持ちが分かっている私はそれがすごく嬉しくて嬉しくて…


「うん…!ありがとう…!クリスちゃん…!」


私はもう一度頑張ってみようとクリスちゃんに約束しました。


「はい。できました。」


その同時に聞こえたのはできたという巫女様の声。

そこに立っているのは


「ど…どうですの…?」


照れくさい顔で私達の方に向けて自分を披露している白無垢姿の赤城さんでした。


まるで白い布に包まれた一本のバラのように華やかで華麗な姿態を誇っている赤城さん。

髪はきれいに整えてとても新鮮な印象を与えていてその中で恥ずかしそうな、それとも嬉しそうな笑顔で笑っている彼女は本当に今日という日を迎えて愛する人の伴侶になる初々しくて純潔な一人のお嫁さんでした。


「お姉ちゃん…きれい…」


その姿に言葉を失ってぼうっと見惚れてしまうクリスちゃん。

でもそれは私も同じでした。


あのピリピリでバラの棘みたいだった赤城さんがこんなにもしおらしくて清純な姿になって笑っている。

それが見られただけで私はなんだか…なんだか…


「ええ…!?い…今泣いているんですの…!?虹森さん…!?」


急に込み上げてきた涙に耐えられなくなった私。

そしてそんな私を見て何故泣くのか慌てる赤城さん。


「ど…どうしたんですの…!?どこか具合が悪くなりまして…!?クリス…!早く保健室へ…!」

「ち…違います…そうじゃなくて…」


彼女は急に私が体調を崩したのか心配になって私のことを保健室に連れていくようにクリスちゃんに頼もうとしましたが私は今のこれはそういうことではないと彼女にちゃんと説明しなければなりませんでした。


初めて会った時、彼女は一度も私に笑ってくれませんでした。

いや、私だけではなく自分から世界に背を向けてこの世全てに自分の笑顔を見せてくれませんでした。

「Fantasia」が3人になってから何度も行われたライブ。

でもどのライブでも彼女はいつもどこか苦しそうなそんな悲しい顔で歌うだけで自分をより一層の苦しみへ追い詰めていました。


かな先輩から捨てられたと思って何もかも諦めたくなった赤城さん。

それでも歯を食いしばって粘って耐えたのはかな先輩と交わした一緒にアイドルをやろうという最後の約束があったから。

それがあったこそ今のアイドルの「赤城あかぎ奈々なな」がいるんだと彼女はそう言いました。

でもそれがすごく痛くて苦しくて私はそんな赤城さんのことをまともに見られませんでした。


そんな赤城さんがこんなに幸せそうに笑っている。

それが本当に嬉しくて、安心されちゃって…


「良かった…良かったです…赤城さん…」


私はついに堪えなくなった涙を溢しながら何度も赤城さんの笑顔が見られて良かったと言い続け


「もうー…すぐ泣いちゃうこと…」


そんな私を赤城さんはそっと自分の中に入れてくれました。


「本当にありがとうございます。虹森さんのおかげで私はもう一度自分の光を取り戻すことができました。

この恩は必ず返します。」


低い体温。

でもその言葉に込められた気持ちは胸がぐっとくるほど熱いものでした。

重ねた胸を通って伝わってくる赤城さんの行動があまりにも熱くて強くてもう涙が止まらなくなっちゃって…


「本当涙もろい人なこと。ほら、もう泣かないでくださいまし。」


指先で私の涙を取りながら背中を叩いてくれる赤城さん。

でもチラッと見られてしまったその横顔にはいつの間にか私と同じく一滴の涙が目元に付いていました。


でも私はよく知っていました。

多分この瞬間を誰よりも望んで待ちわびていたのは


「すごく似合うよ。なな。」


彼女であることを。


まるで真夏の綿雲に包まれたひまわりのように私達に向けてその明るくて元気な笑顔を見せているかな先輩。

その目に宿っているのはひたすらの愛情ともう離れないという強い確信のみ。


「ありがとうですわ。」


そしてその決心を赤城さんは微塵も疑っているようには見えませんでした。


まるで言葉というものは要らないような短い会話。

語るのはただ見つめ合う視線だけ。

二人の中には既に私達には入ることもできない信頼という絆が結ばれていたのです。


いや、とっくに昔から結ばれていたかも知れません。

ただちょっとしか誤解で二人共気づけなかっただけでそれを取り戻すに少しだけ時間がかかっただけ。

それだけのことです。


夏の爽快さを形にしたような爽やかな姿でいつの間にか着替えを済まして現れた先輩は


「それじゃ行こうか。なな。」


金色の髪の毛の中できらめく真っ青の目で自分の伴侶である赤い女の子をまっすぐから見つめていました。


以前には見ることもできなかった真っ直ぐな視線。

でももう彼女の視線が赤城さんから離れることはないことを私はよく知っていました。


「ええ。」


そして自分に差し出された先輩の手を赤城さんの手が取り合い、


「これからはずっと。」

「ずっと一緒ですわ。」


二人の白無垢は永久の約束を結んで着替え室から未来へ足を踏み出しました。

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