第88話
そこからの話は驚きの連続。
「超能力者」の中でも最も希少ケースである「事象能力」の覚醒。
触れたものに「消える」という事象を与えるその能力のことをあなたは「ザ・ハンド」と呼んでいました。
「大変だったよ?ご飯食べたいのにお箸とかスプーンとか次々となくなるんだもん。お母さんが食べさせて良かったけどさすがにあの状態では学校とかには行けなかったから。」
今になってはただの興味深い思い出話だと彼女は言っていたがまともな日常生活もできないほど当時のあなたは大変な状況に置かれていたそうです。
それを聞いた時、私はそんなことまで気づいてあげなかった自分にすごく腹が立ちましたが
「別にななのせいじゃないよ。むしろ悪いのは私の方だから。」
あなたは決して私のことを責めたり咎めたりしませんでした。
能力に目覚めた後、即両親の知り合いの研究施設に入って能力の調整や扱い方を教わったというあなたの話。
あなたはそのまま生涯を送ることになるか不安だったそうです。
「怖かったよ。だって私が触ったら何もかも全部消えちゃうから。だから最初はお母さんも、お父さんも近づけなかったんだ。」
「だからわたくしのことも…」
やっと事情が分かりかけてきた私に向けてあえてぎこちない笑みを見せるあなたのことはとても心苦しくて辛いものでした。
もしそのまま両親からまで離れてしまったらあなたは一生あの部屋から出られなくなったかも知れないと思った時は苦しくて苦しくて…
でも
「だったらなおさらわたくしに話すべきでしたわ。」
私の怒りはこれっぽっちも収まりませんでした。
あなたにとてつもない大きなことが起こっていたのは十分分かりました。
「超能力者」になったのは既に把握済みでしたが何の能力なのかそれのせいであなたにどのような困難が訪れたのか私は一切知りませんでしたから。
まさかあなたがお世話になった施設があの「Dogma」の傘下にある研究所だったとは。
多国籍企業「Dogma・Corporation」、通称「Dogma」は製薬、製鉄、軍需、航空に至るまで様々な分野で財界を指揮している大手企業でかつて「大家」側で人界を支配していた大戦争の主犯。
大戦争中人体実験や強制労働などの非人道的な行為を行ったため、「神樹様」による終戦の後、「灰島」に押されてしまって世界中から即戦犯扱いを受けていたが優れた技術と独自的な研究の目覚ましい成果を認められて未だに確固たる地位を専有している。
特に「アンドロイド」と彼女達の制御システムである「オーバーロード」の発明と「超能力者」の運用はかつて人間が我々のような異種族と対等に渡り合える力を与えた。
戦争が終わって「大家」との関係を清算してこちらの世界で活躍している彼らは「灰島」だけではなく我々の「赤城財閥」や神界の「前原財閥」などの企業達も友好な関係を結び、保っている。
アンドロイドの製造は「世界政府保安局」の厳重な監視の下で徹底的に行われ、年に行われる検査に通過できないアンドロイドやドローンは直ちに活動中止に移る。
アンドロイドは非常に繊細で危険な兵器であるゆえにテロリストや「大家」などの反社会的勢力への技術の流出を防ぐため「Dogma」の民間施設以外の全施設には最高レベルのセキュリティが何重で24時間発動されている。
無論「超能力者」の関連施設も同じ。
そんな施設で何ヶ月もいたんですから。詳細なんて知らなかったのも当然です。
「だとしてもわたくしに相談すらしなかったのはどうしても許せませんわ!早く謝ってくださいませ!」
「あ…うん…ごめんなさい…」
っと素直に謝るあなたは相変わらず愛しくて優しい人。
私はそんなあなたが大好きでした。
知り合ってから口喧嘩すらやったことがない私達だったからこその複雑な感情。
絡んでもつれて二度と解くことなんてできないと思った私の中の重い蟠りは少しずつほぐれていきました。
一つ一つ自分の心を縛っていた悪い感情が解ける度にそこで生まれるあなたへの申し訳ないという気持ちと些細な喜び。
今のあなただってきっと私と同じものを感じているのでしょう。
一生許さないつもりだったのにいつの間にかあなたのことを理解し、共感している私。
私は結局のところ自分の気持ちを最後までやり通せなかった生ぬるい人でした。
「えへへ…」
でも何故でしょうか。
今のあなたを見ていればそんな自分への情けなさや今までの苛立ちが全く思い出せないほどどうでもよくなってきます。
温かい笑顔。
ただ普通に笑っているだけなのにどうしてこんなにも温かくて心が和んでいくのでしょう。
凍てついた胸に愛の種が芽生えて更にその上から日差しが向けられて私の心をグッと大きく育て上げる。
それこそ「カナ」という名前を魔法であることを私は遠い昔からよく知っていました。
でもそんなあなたにどうしても聞きたかったのです。
「どうしてあの時…わたくしに言ってくれなかったんですの…?」
本当に私はあなたの頼りにはなれなかったのかと。
「あなたの能力のことも、それのせいであなたが一人で辛い思いをしたのも十分承知しているつもりですわ。でもやはりわたくしはあなたにだけは隠すことなく全部話してもらいたかったんですわ。」
「なな…」
どんな些細なことだろうと、大きなことだろうと私はあなたのことであればその全てを快く受け止められる。
私にはそのための全ての準備が整っていました。
「でもあなたが下手な嘘までついてわたくしのことから離れた時、わたくしには自分のことがどうしても許せなかった。
あなたの力になってあげられなかった自分がどうしても許せなくてもう消えたいと思うくらいでした。」
初めて感じた度し難いほどの絶望感。
プライド高くて常に自分の全てに確信を持って振る舞っている私が鏡に映った自分のことを心底から惨めで醜い存在だと認識してしまうくらい自分のことが、こんな辛い思いをさせてしまったあなたのことが死ぬ憎かった。
依存症と言ってもいいほどの真の愛情。
それ故に大きかった失望感。
「それが嫌だからもうあなたのことなんて関わらないようしてました。」
私はただ二度とそのような悲しみを味わいたくなかっただけでした。
だから今度こそちゃんと、きっちり話して欲しい。
あの時、私の存在は本当にあなたの憩いの場には、頼れる伴侶にはなれなかったのかっと。
「ん…」
哀願するようにあの時の答えを求める私の言葉に少し考え込むあなたのことはすごく、すごく私の心を不安にさせましたが
「あの時はただななのことを守らなきゃって思っただけだから。」
私のそわそわな心配の気持ちと違ってあなたの中の私の存在はずっと大事にされていました。
「ななのことが頼れなかったとかそういうんじゃない。そんなことまで考えられないほどななのことが大切だから守らなきゃって思った。
もし迂闊にななに触れてなながいなくなったらそれこそ私にとって死以上の最悪の結果だから。」
自分にも制御できない未知なる力。
望んだことでも、欲しがったことでもない得体の知れない能力のせいで私のことを失いたくなかった。
あなたは昔も、そして今もただ目の前のことのために動いているだけの単純で優しい人でした。
「あの時は嫌われてもいいって思った。ななを守らればそれくらい安いもんだって思ったから。
まあ、思ったより辛かったしななにも嫌な思いをさせてしまっちゃったから申し訳ないって反省している。」
っとぎこちない笑みで自分の軽率さを誤魔化そうとしているあなたのことを
「あまり答えにはなれませんわよ?今のって。」
「あはは…ごめん…」
私は呆れそうにただ見るだけでした。
相変わらず単純で直向きで言葉でまとめるのが下手な人。
でも今の言葉で改めてはっきり分かりました。
私は昔からずっとあなたに愛されていたんだって。
眼の前の切迫な状況に追われてやむを得ず取ってしまった悪い選択肢。
そしてその選択肢が招いて更に悪化させてしまう悪い結果。
その全てを押し切ってもあの状況からあなたは私のことを守ろうとした。
その中で自分なりに答えを見つけ出した私は
「ならどうしてその後でもちゃんと話してくれなかったんですの?だったらもっと早く誤解を解けたのではなくて?」
何故今まで黙っていたのかあなたに新たな疑問を表しました
「えっと…あれはあれだよ。
結局私がななから逃げたのは事実だしなんか今更言うのは面目がないっていうか。
それになんか言い訳っぽくてずるいじゃん、そんなの。」
なるほど。あなたにはあなたなりの都合があったそうです。
もちろん
「だとしても言うべきでしたわ。あなたはわたくしと仲直りしたくなかったんですの?」
それを簡単に真に受ける私ではありませんでしたが。
「ええ!?そ…そりゃ仲直りしたかったんだもん…!でも話しかけようとしてもななってすぐどっかに行っちゃうし怒っちゃうし泣いちゃうし…」
っと一部私が取った態度の方にも責任があったと言いたいようなあなたの言葉にほんの少し言葉が防がれた私でしたが
「そ…それでも諦めちゃダメでしょう…!?わたくしがどれだけあなたのことを想っていたと思いまして…!?好きにさせたのならちゃんと責任取ってくださいまし…!」
私もあなたと同じく全く成長していないお子様のままだったようです。
こうしていると初めて会った時を思い出します。
私は怒りっぽくてあなたによく真っ赤な顔を向けながら怒鳴りつけ、あなたはそんな私を見て今も今みたいにヘラヘラしながら私の愚痴を全部聞いてくれました。
そうしたらイライラでムカムカしていた気持ちも少しずつ収まっていっていつの間にか二人で顔を合わせて笑い合って元の仲に戻りました。
今この時間が失った私達の時間を取り戻してくれるようにあまりにも大切で愛おしくて思わず涙が出てしまう。
「え…!?なな、今泣いてるの…!?大丈夫…!?」
「な…泣いてなんていませんわ…!」
そしてそれを見たあなたはどこか具合でも悪いのか心配しますが私はいつもの同じく大したことではないと今のこの嬉しいって気持ちを紛らわす。
それに気づけないあなたのことがまた愛らしくなってさらなる涙を溢してしまう。
それでも私は今のあなたに伝えるべきのことが何なのかよく知っている。
「こ…この際、はっきり言っておきますわ…!わたくしはあなたに守られるほどやわな人ではありませんから…!ちゃんとアイドルもやっているし…!お勉強だって…!生徒会のことだって…!」
「わ…分かった…!分かったからもう泣かないで…!
「泣いてませんわ…!」
「思いっきり泣いているじゃん!」
自分はもうすっかり一人前のレディーだからもうあなたが私のことで背負って立つ必要はない。
自分のことは自分でできてあなたのお荷物になんてなりもたくない。
だから強くなった私の傍にいてください。
もう私を守るために私の傍からいなくならないでください。
いつまでもこうやって二人でお互いの手を繋いでお傍にいてくれましょう。
「わ…わたくしは「赤城」家の…!次期当主…!ですわよ…!?こんな…こんなことで…!軽々しく涙なんて垂らすことなんで断じて…!」
「わ…分かったから…!
それが巡り巡ってやっとあなたの傍にたどり着いた今の私のたった一つの願いであることを今のあなたは気づいてくれるのでしょうか。
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