第86話
別れてから両親はあまり彼女のことを話さないようになった。
多分私への思いやりだっただろう。
だが「赤城財閥」の名誉一族としての責任はしっかり果たしてくださった。
彼女の母、私は「お義母様」と呼んだあの方は
「大丈夫?ななちゃん…おばちゃん、ななちゃんがあまり遊びに来てくれなくて寂しいんだ…」
っとたまに電話でそうおっしゃったが
「ごめんなさい。ですがこれはわたくし達の問題ですから。」
私はただそう話すしかなかった。
今もすごく心配なさっているようだが私はあまりあの家の家族達とあえて距離を取り、関わらないようにしている。
きっとお互いに苦しい思いをさせるだけと家のものにもそう伝えておいた。
ただ一つ、彼女が受験に受かって私と同じ学校を通うようになったという話はお義母様から直接聞いた。
あの時は嬉しいような、それとも嫌なようなとにかくすごく複雑な気分であった。
死ぬほど苦しかった別れ。
それでも私は自然に高校生になって伝統的な芸術文化系の名門である第3に音楽特待生として入学した。
だが新学期の学校のとこでも彼女の姿は見えなかった。
入学者のリストには確かに名前があった。
入学直後早速生徒会に入った私はもう彼女のことに関わらないように心を決めつけた自分の意思とは違って彼女のことに結構意識していた。
彼女は無事に第3に入学したが入学式にも現れずかなりの長期間を欠席していた。
「おかしいですわ…」
クラスに尋ねても誰も知らない彼女の欠席の理由。
登校拒否をする人ではないというのは自分が一番知っていたがそれまでの長期欠席は見たことがなかった。
まだ体が痛いのかと心配になってきた。
私達の関係はもう終わったかも知れないがその案ずる気持ちだけは正直で純粋なものであった。
お母様には内緒にして「メルティブラッド」に頼んでその理由を調べようにしたが
「残念ながら突き止めませんでした。」
何故かその調査はことごとく失敗でその知らせしか私の下に届かなかった。
その理由は後で聞けるようになったがとにかく私は1学期の中間テストの直後に彼女に会えることができた。
「なな…」
中間テストが終わって一息ついたところ、ある日突然生徒会室に現れた彼女。
前より大分枯れて憔悴した顔になって再び私の前に現れた彼女のことにすごく驚いてしまったが
「良くものこのこと現れたものですわね…」
私は彼女にあんなそっけない言葉しか出せなかった。
会って嬉しいという気持ちより先立ってしまった彼女への恨み。
どんなことがあろうとも最後まで信じ抜いてくれるって指切りで交わした私達だけの約束を破った彼女のことがどうしても許せなかった。
今更何があったのか知られるようになってももう元の関係には戻らない。
だから私は
「もう終わったんでしょう…わたくし達…」
彼女の目の前で私の中の彼女の存在を自分の口で否定してしまった。
だがその時、一番私の心を苦しませたのは
「…うん。そうだね。」
終わりを確かめる私の言葉を当たり前のように受け入れてしまう彼女のことであった。
諦念でも、それとも断念でもないただの受容。
彼女もまたこうなることを既に予測していた。
私が自分のことを拒むことも、許さないことも。
そして二度と元には戻れない私達の関係のことまで彼女はその全てを謙虚に受け入れていた。
「ななが生徒会に入ったって聞いて見に来たんだ。それになんとアイドルも始めちゃって?すごいじゃん。」
どこで聞いたのか私のアイドルになった話も既に知っている彼女。
その嬉しい同時に残念そうな複雑な表情を私は今もよく覚えている。
本来「Fantasia」は会長の一人体制であった。
この時代に住んでいる人なら誰でも知っているアイドル界の絶対王者である「Fantasia」。
その「Fantasia」が三人体制で活動することを発表した時、その追加メンバーのオーディションには全校生は当然として世界各国からたくさんの人達が参加するようになった。
元アイドルから普通な生徒まで誰もが参加したオーディション。
当時本命と認識されていたのが私と一緒に音楽特待生で入学した青葉さんだったが
「んー…でも私はアイドルに関してはまだ素人だしね…それに私はやっぱり先輩と一緒の方が楽しいし。」
彼女は既に桃坂さんとの同好会での生活をすっかり楽しんでいてオーディションも受けようともしなかった。
私がオーディションに参加した理由…
興味本位…というのにはなんか違う。
そう。
見返してやりたかった。
あの人を、私と一緒にアイドルにならなかったことを精々後悔するがいいと思ってた。
一緒にアイドルをやろう。
その最後の約束のためにこれ見よがしに立派なアイドルになってあの人に見せつけたかった。
私達の関係はもう終わったけどせめて最後にアイドルになった自分を見せたかった。
今覚えれば会長にも随分ひどいことをやったものだ。
何せよ私は「Fantasia」のことをただの足場にしか思わなかったから。
あの時は「Fantasia」でなくてもアイドルって類いの中に入っていればどのグループでも同じだと思っていた。
ただ回りくどく遠回りするのが嫌で一番早そうな道を選んだだけ。
だがあまり期待はしなかった。
会長の「
だから受かった時は正直びっくりした。
私はアイドルとは縁なんて微塵もない側の人。
「赤城」家は伝統的な音楽名門だがあくまでクラシック、アイドルではない。
お祖母様も、お母様もピアニストとして舞台に立たれて私もお二人様と同じ道を歩んでいる。
そんな私が本当にアイドルになったと思ったら目の前の現実がどうしても信じがたかった。
「本当にわたくしでいいんですの…?わたくし、アイドルの練習なんて中3の時しかやってなくてよ…?」
「大丈夫。君には可能性があるの。私を信じてご覧?」
押し寄せる不安感に耐えず本当に自分でいいのかと何度も聞く私に会長はいつもその話ばかり。
あまり深く考えなかった分、それは私に大きなプレッシャーになったが一度選ばれた以上、私は自分の役目を見事に果たして見せると自分自身に誓った。
会長のことは結構苦手だった。
何せよ彼女には人の頭の中が丸見えだから。
加えて精神操作までできるなんてチートにも程がある。
本人はあまり自分の能力のことが好きではないらしいが私は人という生物は他人の心や考えが見られなくて悩んで苦しむ生き物だと思うからその能力は人々に羨まれるに値するものだと私はそう思っていた。
「吸血鬼」にもそういう似たような能力はあるがさすがにそこまで完璧に読み取れるものではないし何より条件が多すぎるからそう簡単にと使えるものではない。
何より相手の心が知らないってあんなものに頼るのは私のプライドが許さない。
きれいな人だった。
カチューシャの形で編んだ三つ編みのプラチナブロンドがとてもきれいで背が高くていかにも美少女って感じの人だった。
目は蒼天から降り注ぐ天上の光のように煌めいて性格もいいから友達もたくさん。
どこへ行っても皆に愛される生まれてからのアイドル。
その上、理想が高くてカリスマ性も持っていて上級生の中でも会長に従う人は数多かった。
さすが「プラチナ皇室」のお姫様と言ったところだ。
私とは真逆の側の人。
だから私は会長が苦手で仕方がなかった。
会長はこの学校の悪習と言ってもいいこの学校を蝕む古くて決して望ましくない習わしを根から叩き直してそれに関して私はそれなりに尊敬の念を抱えている。
だが苦手なのは苦手だ。
まあ、たまに
「今日のセシリアちゃんはいつもよりキラキラして可愛いですねー」
「え…!?きゅ…急に何かしら…!?でもありがと…!」
同好会の桃坂さんにだけに見せる顔は素直で可愛いなと思ったりはするが。
私以外の合格者は元生徒会書記のルルさん。
正直に言ってこっちは会長より煙たい。
どこから来たのか、種族は何なのか、いつから学校に現れるようになったが誰も知らない。
気が付いた時はもう彼女はこの学校の生徒となって「Fantasia」の振り付けを担当していた。
得体の知れない生物。
彼女の存在から私は今まで感じたこともない大きな異質感を感じ取っていた。
一歩間違えれば飲み込まれ、押しつぶされそうな威圧感。
私はただ彼女の存在を恐れていた。
そんな私の感想とは違って今のところ、彼女は「Fantasia」のアイドルとしての活動に真面目に臨んでいる。
会長はどうして自分が彼女を「Fantasia」のメンバーで選んだのか覚えてないようだが確かに彼女にはアイドルとしての才能がある。
会長はそれで十分ではないかと私にそうおっしゃったが私はやはり彼女のことから感じる嫌な気分をどうも消せない。
「私、応援するから。「Fantasia」のことも、ななのことも。」
「
かつて私が自分の全てを捧げて心から愛していたたった一人の異種族。
彼女と同じ学校に行って一緒にアイドルをやるのが私の…いや、私達の夢だった。
だが今になってはその夢にはもう私達のものではなく、私一人のものになったような気がした。
彼女のいないところで私だけがアイドルになって歌って踊って頑張っている。
それがいかに寂しくて虚しいことなのか想像するだけで胸の中でどかっと何か大切なものが欠ける気がする。
私が「Fantasia」に入ってから数ヶ月が経ったが私の人気はいまいち。
当然だ。
ピアノと歌だけが売りでファンサービスもあまり上手ではなくて人を引き付ける魅力もない。
だからアイドルなんてやりたくなかった。
どうせ私なんて会長のような生まれつきのアイドルにはなれないから。
でも二人一緒ならなれると思った。
いや、強く信じていた。
あなたはいつだって私の手を握って私を前へ導いてくれて勇気を与えてくれる太陽だから。
そんなあなたが、私と一緒にアイドルになれなかったあなたが私のことを応援するって言った時、私がどれだけ悲しかったか想像できますか。
それこそ消えたいと思われるほど惨めで残酷な言葉に他なりませんでした。
だから私は
「要りませんわ…!あなたのことなんて…!あなたなんてもううんざりですわ…!二度とわたくしの前には現れないで…!」
そう言ってあなたから逃げてしまったのでしょう。
せっかくアイドルになった自分はもうあなたのいないところであなたの応援しかもらえないと思ったから。
この焦がれて爛れて崩れた胸に二度と太陽の光が刺すことなんてこの先、未来永劫ないと思ってしまいました。
この先、自分を待ち構えているのはただの闇に包まれた茨の道。
あなたからもらったぬくもりの欠片もないそんな冷たくて苦しい道を盲目の私は手探りでただ哀れに這い回るとそう信じていました。
そう。
「私は今もななのことを愛しているよ。」
あなたが自分の口で今までのことを全部話してくれる前までには。
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