第85話

「すごいね。なな。」

「こ…これくら当然ですわ…!」


私が初めて撃ち方を学んだのは彼女と出会いがきっかけであった。


「銃を教わりたいのですわ!」


「吸血鬼」代表者として彼らの全てを統率し、支援する「赤城財閥」。

その世界有数の大手企業が世界政府の承認の下で独自的に運営している自衛特殊部隊である「メルティブラッド」。

私の母はその「メルティブラッド」の元首領で歴代の吸血鬼の中でも特別に美してく強い方であった。


世界政府が立ち上がった以来、武器の使用は厳格に統制されている。

だが特別に例外として特定の組織に限って武装の許可を出していてその一つが「赤城財閥」の「メルティブラッド」であった。


人並みより弱点が多い吸血鬼がこの社会で暮らすためには色んな障害を抱えなければならなくてそれを保護し、補うために運営されているのが「メルティブラッド」。


彼らは特殊な訓練で短い間だが日の下で活動ができるようになっていてひたすら同族の吸血鬼の保護だけしか動かせない。

吸血鬼には手加減という概念がない、常に非常事態に身をおいていて彼らにはその場で即決裁判ができる権利が与えられている。

よほどの愚かさでなければ吸血鬼が襲わることなんて決してありえないほど「メルティブラッド」は最強の吸血鬼特殊部隊である。


私の母はかつてその「メルティブラッド」の指揮を執っていらっしゃった元首領。

吸血鬼の絶対王者である「伯爵ツェペシュ」、あるいは「無機王ノーライフキング」にはなられなかったが全ての命を燃やし尽くす地獄の業火のような「鮮血女王クイーンクリムゾン」と呼ばれるほど歴代の吸血鬼の中でも圧倒的な強さを誇る方であった。


厳しくて何事も完璧にこなされる私の憧れであり目標。

そのお母様からいつも私におっしゃった一言。


「自分の運命の人のために誰よりも美しく、そして強くなりなさい。」


私はその言葉を今も忘れはしない。


守りたい人ができた。

私のことを友達と呼んでくれて一緒に遊んで大切にしてくれる大切な人ができた。

人生初めて自分の手で守ってあげたいと思うようになって初めて自分の強くなる理由を見つけた。


その人のために自分が選んだのがお母様と同じ武器である拳銃。

かつて「鮮血女王クイーンクリムゾン」と呼ばれたお母様は特に射撃の腕がすごい方であった。


「いいですか?なな。我々の本当の武器は血ですが日頃の練習も怠ってはいけません。

あなたの父はすぐサボってちっとも学ぼうとはしませんでしたがあなたはあんな適当な人とは全然違います。

何事も私のように勤勉で懸命にやり遂げるあなたはやはり私の誇り高い自慢の娘です。」


っといつも私のことを褒めてくださった優しいお母様。


お母様はお父様のなあなあな生き様にかなり不満を抱えていらっしゃったがそれでもお父様のことを誰より愛していた。


「あなたという人はいつもいつも適当すぎます!」

「あはは。悪い悪い。」


自分の父とは全く思われないほどのお気楽な性格の父。

だが私もまた父のことが大好きで父のように誰かのために頑張れる人になりたかった。


お二人はずっと私の憧れでその生き様こそ私の目標であった。

何より一番素晴らしいと思ったのはその揺るがない絆で自分もいつかあんな風に愛することができたらいいとずっとそう思っていた。


私の稽古がある日はいつも付き合ってくれたあの子。

お人形さんのようなきらめく金髪と爽やかな青い目。

笑う度にちらっと見せられる八重歯の笑みがとても可愛かった小学校からの幼馴染の女の子。

彼女の存在から自分の生きる意味と憧れを見つけられたほど私は彼女のことを心から愛していた。


「全弾命中じゃん。本当すごいよ。」


射撃場で私の拳銃から放たれた弾に撃ち抜かれた的を見て驚きを隠しきれない彼女。

彼女の褒め言葉に鼻が高くなった私はむしろ自分が隠しきれないほど


「当たり前ですわ…!わたくしは「赤城」家の次期当主でしてよ…!?」


随分調子に乗っていた。


ただ強くなるために教わった技。

だがそれが彼女との友情を深めてくれる手段にもなるということがどうしようもないほど嬉しかった私は前よりも練習に熱心となった。


選手の話もあったが将来の道として自分が選んだのは大好きなお祖母様から教えてもらったピアノ。

単にピアノが好きだったという理由もあったが


「ピアノ弾く時のなな、本当に天使様みたいにきれいだよ。」


あの時、聞いたその言葉もまた少なからぬ影響を与えてくれたと私はそう覚えている。


「あらあら。そうなのかい?」


そしてお祖母様は私にそう言ってくれるあの人のことを自分の孫のように愛してくださった。


穏やかでのんびりとした笑顔がとてもきれいだったお祖母様は私の射撃の稽古が終わったらお部屋でピアノを教えてくださった。

細くてきれいなお指で私に一つ一つ丁寧にピアノの弾き方を教えてくださったお祖母様。

そんなお祖母様に褒められたくてもっと頑張らなきゃと思った自分だが頑張れた一番の理由は私のことを天使様と呼んでくれたあの人が傍で私のことを見守っていたからであった。


よく屋敷に遊びに来てくれた彼女。

私が初めて家に連れてきた友達であった彼女は直に家の皆にも愛されるようになった。


「ななが…ついにななが家にお友達を…」


あの「鮮血女王」と呼ばれる元「メルティブラッド」の首領が娘と娘が連れてきた友達の前で感激の涙を流したことは今も伝説として吸血鬼の間で物語られている。

お父様はもちろんお祖母様と「メルティブラッド」所属の使用人達も皆喜んでくれたことはすごく嬉しかったが正直に言ってあれは結構恥ずかしかった。


後で


「ななの家族は皆感情豊かだねー」


とか言われた時はさすがに恥ずかしくて…


「良かったわね。なな。」


私のことを天使様みたいと言う彼女の恥ずかしい言葉に微笑ましく私の頭をなでてくださったお祖母様の手。


数々の人達を指先で奏でる旋律で感動させてきたお祖母様の手。

皆は奇跡の手だと畏敬したが私にとってはそうやって頭をなでてくださったただの温かくて優しい祖母の手であった。


そのお祖母様はいつも私ではなく彼女にこうおっしゃった。


「じゃあ、ななのことはかなちゃんに任せてもいいのかしら。」


一般の人とは格を異にする吸血鬼。

夜に限っては敵う敵がないほど圧倒的な戦力の差を見せつける我々だが何故かただの人間に過ぎない彼女にお祖母様はよく私のことをよろしくっておっしゃった。


「うん!任せて!おばあちゃん!」


その度に即すごい勢いで承諾してしまうあの人。

それが何を意味するのか小さかった彼女が完全に理解しているようには見えなかったがあの時だけはそのことを疑わなかった。


この人なら何があっても最後の最後まで自分の傍にいてくれる。

自分が勇気を失い、迷っていてもその手を伸ばして私を導いてくれるだろうっと。


たまにはプライド的に納得できなくて


「そんなこと頼まられなくてもよろしくてよ?お祖母様。

わたくしは彼女より強いしむしろわたくしの方から彼女を守りますから。」


っとか尖った言葉遣いをする時もあったが


「うん!よろしくね?なな!」


彼女はその言葉すら愛情として受け入れるだけであった。

私はそんな彼女のことを心から愛していて一生守る抜こうと心を決めつけていた。


どんなひどいことがあっても笑うことで流してしまう前向きな性格。

それは周りを照らし、元気づけて太陽の光になって私達に命を与える。

この先、どのような曇や嵐が待ち構えていても二人一緒なら切り抜けられるという強い信念が私の心に刻み込まれていた。


だが今この手にあるのはただの空っぽの虚無とジメジメの悔いだけ。

心に絡みつく自分への嫌悪は日を追って自分を蝕み、病ませてついに体にも影響を及ばせる。


朝が来るのが怖い。目が覚めてしまうのがどうしようもなく怖い。

もし学校に行ってあなたと鉢合わせてしまったらどうしようと私は簡単にベッドから起き上がらない。

高校に入ってから私は常に体の調子が良くなかった。


きっとあなたを守るために強くなると決めたのに、何があってもあなたの傍から離れないって自分と約束したのにどうして私は一人で空っぽな時間の中をさまよっているんだろう。

もうこの手には何も残っていない。

まるで無限に広まっている暗闇のトンネルみたいな毎日。

自分なりに答えを探そうと努力もしたはずなのに答えところか、私は自分の手で今の状況を悪化させている。

これがあなたと私の仲をどんどん遠く引き離していると思ったら頭がおかしくなりそう。


きれいな白無垢。

着てくれる人の幸せを心から願ってくれているようなその服を見た瞬間、思い出してしまったのはいつか私に言ったあなたの一言。


「いつか着させてあげたいな。ななには。」


私には真っ白な純白の白無垢が絶対似合うっとはしゃいでいたあなた。

「神社」の信者家計の影響なのかあなたはずっとその服に大きな憧れを抱いていた。


私には絶対似合うって、きっといいお嫁さんになれるって。

でも私は知っていた。

本当は二人一緒でその服を着たいとあなたがずっとそう願っていたことを。


いつだったんだろう。

あなたの親戚の結婚式に一緒に行った時、あなたはその汚れのない純潔な姿から目が離れなかったことを私はよく覚えている。


「お姉ちゃん…きれい…」


本人の希望に沿って行われた神前式。

地元の神社で皆の祝福の下で行われたその素敵な結婚式をあなたはうっとりして夢中していた。


憧れの瞳。

かつて私が両親とお祖母様を見て抱いた感情。

それを見た瞬間、あなたの願いは必ず自分が叶えてあげようと思った。


本当はその服を着せたかったのは私の方だった。

その純白を身に纏って皆の祝福の中で幸せそうに笑うあなたのことをその隣で見届けたかった。

他の人ではない私の傍で笑ってくれるあなたが見たかった。

今になってはあまりにも儚くて虚しい夢だとしても今も忘れていない。


もしこの思いを誰かがあなたに伝えてくれたらどうかこう話したい。

その夢はもう私ではない他の人が代わりに叶えてあげるから私なんかに期待しないで欲しいと。

私のないところで今まで以上に幸せになってくれたらそれこそ私の望みだと。

かつてあなたを愛してやまなかった人としてあなたの幸福を祈るのは当然なことだからそれについて気に病むことはないと。


そう思った私だったが私は自分が思っても往生際が悪い性だとつくづく思い知らされてしまう。

全部忘れてもうなかったことにしようと思ってもつい振り向いてしまう。

あなたと交わした最後の約束も、自分に誓ったあなたへの決意もその全てが私を縛り付けて進ませてくれない。

ずっと一緒だと言ってくれたあなたのことがあまりにも憎くて、あまりにも愛おしくて何度も振り向いてしまう。

その因果として私は今も心の迷子になって自分の心の中をさまよい、あなたへの愛情と愛憎の中でうずくまっている。


私は一体どうすればよかったんだろう。

あなたを憎みきれなくて、許しきれないくせにまたあなたの気持ちを拒み続ける私はどうしたらよかったんだろう。

ただ一緒にアイドルがやりたいというあなたとの最後の約束だけを心の支えにして耐えてきた私だから。

こんなに惨めでみっともない私だから。

今になって考えても仕方がない。


なのにどうしてあなたは止めてくれないの。

私がこんなに苦しんで悩んで痛んでいるのにどうして止めてくれないの。


「なな。」


どうして諦めずに次から次へと寄ってくるの。


「ちょっといい?」


そうやって私はまた自分の前に現れたあの人のことにただ固まっているだけであった。

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