第5話
「さあ、皆さん。こちらへどうぞ。お茶入れますね。」
っと私達を席に案内して、お茶の準備をする先輩。
軽々しい身のこなしから今の桃坂先輩がずいぶんごきげんであることに気づいたかな先輩は、
「ありがとうね、モリモリ。ミラミラとお友達になってくれて。」
突然、私に先輩と友達になってくれてありがとうとお礼を言いました。
「実はミラミラがあんなにごきげんになったのは本当に久しぶりなんだ。
だから本当に嬉しいよ。」
っと彼女の笑顔が見られてすごく嬉しいというかな先輩。
私はかな先輩が桃坂先輩のことをどれだけ大事にしているのか、その微笑ましい表情が代わりに物語っているような、そんな気がしました。
でも本当のことを言うと私は未だにちょっとした戸惑いを感じています。
かな先輩はそう言いましたが本当に私で良かったのかなって…
先は勢いであんな風に言っちゃったかも知れませんが、冷静に考えてみたら私と先輩はやっぱり全く釣り合わないくらいに格が違いすぎます。
「特別ではなければ生きていけないのです。みもり。」
あの声が聞こえている限り、私はやっぱり自分自身のことを肯定できない気がする。
いや、これはあるいは確信に似たような感覚で私はすでに自分の限界を決めつけている。
先輩には申し訳ないんですが仕方ないのは仕方ないんです。
でも…
「ただ虹森さんの気持ちを聞かせてください。」
先輩がそう言ってくれた時、私はほんの一瞬だけ頭の声が聞こえないような、そんな気がしたのです。
まるで自分を縛り付けていた茨の牢獄に空いた小さな穴から外の世界がチラッと見えたような爽やかで希望を抱ける歓喜に満ちた気分。
「それは何だったんだろう…」
私は今もその不思議な気分の残香に浸っていたのです。
「はい♥召し上がれ♥」
っと少し考え込んでいたうちに私の前に出されたのは、
「いい匂い…どれも美味しそう…」
「ありがとう、ミラミラ。」
先輩が丁寧に焼いた手作りのクッキーととっておきのミルクティーだったのです。
「い…いただきます!」
彩りの可愛い形の手作りクッキー。
一つ取って口に入れた瞬間、
「美味しい…」
私は口の中から広がる幸福の味に今までの憂鬱な気分を全部忘れられたのです。
ふわふわで上品な甘み。
こんなに甘いのに全然くどくなくて、何個でも食べられそう。
そして何よりもこの芳醇で豊かな香りのミルクティー!
飲んだ後も鼻の中に柔らかい香りがずっと残っていてこんなにもポカポカな気分になる。
私は立場上、色んな高級紅茶に触れてきたつもりでしたがこんなふわふわなミルクティーは初めてです。
ちょっと飲ませてあげたい子がいるんですけど、どこへいけば買えるのか一度聞いておきたいところですね。
「あ、これ、ミラミラの
「もうかなちゃんったら、そんなに簡単に明かしちゃダメだってば。」
「あははーごめんごめん。」
っとしれっと味のネタをバラすかな先輩と秘密はもうちょっと取っておかなきゃとほっぺをふくらませる先輩。
なるほど。素材に拘りがあって…って今なんて?
「ところでお二人さんはどこで?」
っと今更私とかな先輩の出会いの経緯が知りたいという桃坂先輩。
先輩は私があまりにも来ないから心配になってきたそうです。
「すみません…ちょっと迷子になっちゃって…」
「まあ、そのおかげで私とも出会ったし、私はむしろ良かったって思うな。」
「そうでしたか。
ありがとう、かなちゃん。虹森さんのことをここまで連れてきてくれて。」
っとかな先輩に私をここまで連れてきたことにお礼をいう先輩と大したことはしてなかったと爽やかで笑顔で答えるかな先輩。
お二人さんは本当に仲良しであることが分かった私はここは本当にいい部活だと、そう思いました。
「それにしてもさすがかなちゃんです。
もう虹森さんとこんなに仲良くなって。」
「だってモリモリってこんなにいい子なんだし、すごく可愛いから。」
かな先輩の親和力の高さをよく知っている桃坂先輩はその親密感の溢れる性格のことをどこか羨むように言いました。
例えば、
「もうあだ名で…」
かな先輩が私のことを「モリモリ」というあだ名で呼んでいるところとか。
私にしてみれば小学校のあだ名で呼ばれるのはやっぱりちょっと恥ずかしいんですが、なんかかな先輩、すごく気に入ってますからこのままでいいかなって感じです。
特にからかってるわけではなく、ただそのあだ名が緩やかで気に入っただけ。
私は子供の時、食いしん坊みたいってからかわれたことがありましてあまり好きにはなれませんが。
「いいですね…」
でも桃坂先輩のこの反応…
「やっぱり先輩もそのあだ名で呼びたいのかな…」
どうやら先輩もなにか私に対する愛称とかが欲しいようです…
「うぅ…でも…」
でも何か遠慮しているようですし…
多分ですが、先輩って会ったばかりなのにいきなり呼び捨てにしたら私が気まずく感じてしまうだろうってことを考えているみたいです。
実際、桃坂先輩はこの学校の最上級生である3年生で私は入学したばかりの1年生ですから。
まあ、確かに最上級生にいきなり距離感を縮められたらちょっと戸惑ったりするかも知れませんが、
「せ…先輩。よかったら私のこと、好きな方に呼んでくださいませんか…?
「虹森」さんって名字で呼ばれるのはちょっと堅苦しいですし。」
私、先輩なら多分大丈夫だと思います。
最初はちょっと自意識過剰かなと思いました。
先輩が私と本当に仲良しになりたいと一人で思い込んでいたかも知れません。
だから言おうか言うまいか、ちょっと悩みました。
「え…!?いいんですか…!?」
でも先輩のその驚きと喜びの顔を見た瞬間、私は、
「言って良かった…」
心からそう思ったのです。
「えへへ…じゃあ、私も「みもりちゃん」って呼んでもいいですか?」
照れくさく私のことを下の名前で呼びたいと言う先輩。
私はむしろその方が親密感があってすごくいいと思って、ぜひそう呼んでくださいと答えましたが
「じゃ…じゃあ、私のことは「マミー」と呼んでくださいね?」
「今「みらい先輩」で決めました。」
「えー」
自分のことを「マミー」と呼んで欲しいという先輩の提案はキッパリと断って置こうとしました。
それから私は先輩達と一緒にお喋りしました。
上級生との会話というイベントはあまりなかったので、最初は何を話せば良いのか分からなくてちょっと戸惑ったりもしましたが先輩たちはとても私に優しく接してくれて話しやすくしてくれたのです。
好きなアイドルの話、趣味の話、最近気に入ったドラマのこととか、私は先輩達といっぱいおしゃべりしました。
みらい先輩も、かな先輩も、私の話にたくさん笑ってくれて時間の速さすら忘れてしまうほど夢中になっていた私は、ふと眺めた窓の外で日が沈んでいることにやっと気づきました。
「もうこんな時間…話に夢中になってすっかり忘れていましたね。」
「そうね。まだ練習も始めなかったのに。」
「練習…?」
っと少し寂しい思いをしていた私に今日はチア部の練習以外にもここ、同好会での練習の予定もあったと教えてくれるかな先輩。
それはもしかしてライブのことだったりするのかなと聞く私に、先輩はこう説明してくれたのです。
「うん、そうだよ。振り付けとかのお手伝いをしているんだ。
曲の方はミラミラが全部やっているんだけど、あいにく私にはそんな才はないから。
だから私は振り付けを考えたり、練習メニューを考えたりするんだ。
一応チア部の部長だし、そういうのちょっと得意だから。」
「そ…そうでしたね…すごい…」
人は少ないけどちゃんと部活として活動しているんだ、この同好会…
音楽特待生のみらい先輩が曲を、チア部部長のかな先輩が振り付け。
うまくできたら本当にすごい部になれると思う同時に、私はただ部員が少なくて、実績がないからってこの同好会がなくなる現実がとても悲しかったです。
皆がちょっとだけ興味を持ってくれればこの素敵な同好会が続けられるのにって。
でも生徒会の主張も至って正しいと思ってしまう自分はただ都合の良い弱虫のだけでした。
「先輩達…本当に私に何も言わないんだ…」
そう思っているうちに私は先輩たちが本当に入部のこととか、たった一度も言わなかったことに気づきました。
それはそれで助かりますが、
「やっぱり私って向いてないのかな…」
私は一方、やっぱり自分なんてアイドルに向いてない、勝手にそう思い込んでちょっと凹んでしまったのです。
ただ私に負担をかけたくないだけかも知れません。
でもそんな先輩達の優しさすら素直に受け入れられないほど、私の自己嫌悪感は自分でもどうにもできないほど大きかったのです。
「ごめんなさい、みもりちゃん。
せっかく来てくれたのに私達、そろそろ練習に行かなければ…」
っとお茶会はまた今度にしましょうと言う先輩。
その時、なにか良いことでもひらめいたのか、
「そうです!」
先輩は一度手を打った後、
「みもりちゃんも見に行きませんか?私達の練習。」
私を今日の練習に誘ったのです。
その時、自分は何を考えていたのか、それはあまり覚えてません。
でもこれだけははっきり分かっています。
「アイドルの練習…!」
その時の自分はすごくドキドキしてワクワクしていたことを。
私の手を握って満面の笑みで目を合わせてくれたきれいな桃色髪の先輩。
彼女はずっと心のどこかであそこのことを拒んでいた私にもう一度教えてくれたのです。
アイドルの輝き、そして楽しいという気持ち。
それらにもう一度触れた時、私はこれ以上、自分の心を押さえつけるのは無理かも知れない、そんな確信ができてしまいました。
***
「疲れた…」
…まさかこんな夜中まで練習だなんて…
日頃の練習量が分かるほどのハードスケジュール。
でも私はつい先まで一緒に笑って話し合った先輩たちがあんなに真剣になって練習することを見て先輩たちがアイドルにかけている覚悟がどれほどのものか、それを分かるようになったのです。
基礎体力をつけるための体力作りから発声などの歌のトレーニング。
それが終わったらかな先輩が考えてきた振り付けを体が覚えるまで何度も繰り返す。
まるで運動部のことを思い出させるほどのガチのトレーニングでしたが、
「でも先輩たち…すごく楽しそうな顔だったよね…?」
先輩たちはそれをこれっぽっちも苦労だと思わない、ずっとイキイキした笑顔でそれを全部こなしていたのです。
たとえジャージの格好でグラウンドを走って、空き教室で歌とダンスの練習をするだけの、注目されることもない地味な活動ばかりでしたが、先輩たちその姿は世界の誰よりもキラキラと輝いていたと私は確信しています。
みらい先輩が作ったポップで可愛い曲はかな先輩が考えた弾けるダンスとよく相まって更にその明るくて元気な感じを増すようになり、見ている私にまで元気がぐっと伝わってくる気分でした。
プロのアイドルに比べるとちょっと粗削りだったかも知れませんが、私はだからこそ先輩たちの真剣な気持ちをよく感じられたと思います。
先輩たちの気持ちがいっぱい込められた大切な曲。
自分たちで作った自分たちだけの物語。
私はそれを本当に素敵で、羨ましいと感じてしまったのです。
「すごかったな…先輩達…」
目を閉じれば今も思い出すほど記憶に鮮明に残っている眩しさ。
「良かったら明日も遊びに来てくださいね!みもりちゃん!待ってますから!」
そしてまた明日と私に挨拶してくれた先輩の優しい言葉。
そのすべての思い出を抱いて帰った時、私は胸がもうこんなにもいっぱいになったのです。
先輩たちとメアドの交換をして可能であれば明日も部室に行くと約束をした私。
そんな私のことを先輩たちは喜んで受け入れて、私を「名誉会員」という職位を授与してくれました。
でも最後まで先輩たちは私に入部のことは何も言わなかったのです。
でも同時に感じたズキッとした胸の痛み。
自分はどう頑張っても二度と先輩達みたいにキラキラと輝けないってという事実を突き出された時、その言葉では表現できない絶望感に私は部屋に入る前に一度だけ泣いてしまいました。
どんなにもがいても、あがいても取り戻せない大切なものを失った私はただの空っぽのからくり人形に過ぎないから。
「凡人では生き残れません。特別に、誰もが崇める特別な人間になりなさい、みもり。
それができないのならあなたに生きる資格はありません。」
まだ聞こえる…
その声がまだ聞こえる…
大切なことが抜けて虚ろになった抜け殻に変わりに詰め込んだのはただひたすらの自己嫌悪。
結局私は何をしても変われない。
それが改めて分かった時、
「どうしました?みもりちゃん。」
私はそのまま、この世で一番信用できる、私の味方になってくれる大切な人の懐に潜り込まざるを得ませんでした。
「なにか嫌なことでも思い出しましたか?」
っと優しく声をかけて私の頭を抱きかかえてくれる大きい手。
その心強さにほっとするようになった私は、
「ううん…なにも…」
首を横に振って何もないと自分の気持ちをごまかしてしまったのです。
たとえ世界が滅んでも、世界中の皆が裏切っても最後まで私の傍にいてくれる大切な幼馴染。
「ごめんね、ゆりちゃん…」
私の人生で初めてできた異種族の友達。
「緑山百合」。
それがその子の名前です。
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