第2話

「部員もないし目立つ実績もありませんから。

正式部員は私一人だけで他の部員と言ってもたまに助っ人として手伝ってくれるチア部の後輩ちゃん一人が全部。

まあ、部員が足りなくて部活がなくなってしまうことなんてよくある話ですよね。

アイドルに関する部だってここ以外にもいくらでもありますからこれ以上同好会のことを続けても意味がないって生徒会の方からそう言われました。」


先輩は少し憂鬱な顔で現在同好会が置かれている状況について説明してくれました。

足りない部員、目立たない実績もなくただ昔からあったという理由だけで場所を取っている同好会をこれ以上存続させるわけにはいかないと先日先輩の前に生徒会からの最後通告が届いたそうです。


先輩の目に宿っている悲しく切ない光。

この同好会に掛けている先輩の気持ちが大きいほど廃部の話を聞いた時の先輩の失望さはそれと同じく大きかった。

私はそれを今日初めて出会った彼女の目を見て分かってしまうほど自分もこの同好会がなくなることを寂しく思いました。

これはきっと、自分にも似たような経験があるからに違いないと私はなんとなくそう思ってしまったのです。


「それはとても残念ですね…」


すごく残念な話。

自分も小さい頃からずっとアイドルが好きだったから今の先輩の気持ちがよく分かる。

こんなに好きなのに自分にはどうにもできない状況に押し付けられて止めさせられてしまう惨めさ。そしてその時、思い知らされてしまう無力さ。

その全部が私を襲いかかった時、自分はやっと気づいてしまうのです。


「あー…私はこんなにもちっぽけで無力な存在なんだな…」


って…


そんな時、人は2つに分かれます。

諦めるのか、それとも困難に挑むか。

私の場合は前者で


「今度のライブが最後になるかも知れませんから私はやっぱりもっと頑張ってみたいです。

だって私はアイドルが本当に大好きですから。」


先輩の方は後者でした。


捨てきれなかった未練を今も引きずりながら空回りしている惨めな腰抜けの私と違って勇ましく現状を認めて今の自分にできることを精一杯全力でやる。

その時の先輩のことがキラキラに見えるほど私はふと今の自分が色褪せているように見えて惨めで仕方がありませんでした。


「私達のおかげで誰かがアイドルに少しだけでも興味を持ってくれたら私はそれでいい。

だから私は虹森さんがアイドルが好きって言ってくれたのがとても嬉しかったです。」

「桃坂先輩…」


っと突然私の手を握って視線を合わせてくる先輩。

先輩の唐突な行動に私は少し驚いてしまいましたがそのきれいで温かい目から送ってくる温もりにほんの一瞬だけ心を全部彼女に託してしまいました。


真っ直ぐな眼差し。

ぶれない信念と志を持った一途のような人。


「こういう人を皆「アイドル」って呼ぶんだよな…」


そしてその存在から遠く引き離された自分は一刻も早くその輝きから離れたいと思っている情けない人だったのです。


「こうして出会ったのも何かの縁かも知れませんね。

そうだ!もし虹森さんさえよろしければ放課後にちょっと寄っていきませんか?お茶でも飲みながらゆっくりお話したいと思って。

あ、もちろん入部の勧誘とかではありませんから気軽く来てください。

入部してくれたらすごく嬉しいんですが無理矢理に誘ったら虹森さんに迷惑がかかりますから。

ただ虹森さんとお話がしたいだけです。」


っと突然私を放課後のお茶会に招待してくれる先輩。

私は一瞬自分なんかと話してもちっとも楽しくないだろうと思ってその誘いを断ろうとしましたが


「…分かりました。」


こんな私でも一緒にアイドルの話をしたら少しは先輩も元気になるのかなっと思って放課後にまたここにくることを約束しました。


確かに私は人に好かれるタイプの人間ではない。きっとこの先輩すらまもなくそれを気づいてすぐ私への興味を失ってしまうだろう。

でも私はそれでいいと思います。ただ先輩が元気になって笑顔になれたらそれで十分。

なんだか私はこのきれいな先輩に笑って欲しいっと思っているようです。


同情はしますが、この同好会に入る気なんて全くありません。いや、入りたくても入ってはいけない。

なぜなら、今の私にはもうアイドルになろうとする勇気も、決意もないからです…きっと先輩の夢に泥を塗ってしまうに違いありません。

そういう中途半端な気持ちなんて、アイドルに対して真剣な思いを持っている先輩に失礼極まりないということです。

だから、迷惑がかからない範囲で先輩を元気づけてあげたい。

ただそれだけです。


っていうか自分のこともちゃんとできないくせに人の心配なんて、大したものですね、私も…


でもこんな私の気持ちなんて本当は先輩にどうでも良かったかも知れません。


「ほ…本当ですか!?ぜ…ぜひ来てください!

あ!虹森はお菓子とか好きですか!?私、お菓子作り、結構得意なのでぜひごちそうさせてください!?

あと、よろしければライブの練習も見に行ってくださいませんか!?二人しかいませんが私達、張りますから!絶対いいもの見せます!」


だって先輩ってもうこんなにニコニコの笑顔になって喜んでいるんですもの。


っと張り切っている先輩は確かに私とは住んでいる世界の温度差が激しい人っぽいですが本当のことを言うと私はこの先輩のことがそんなに嫌じゃありません。

どちらかというとちょっと好きになっちゃったくらいというか…えへへ…

あ、もちろん本人や他の人には絶対言えませんけどね。


合ったばかりの1年生に未だに敬語でちょっと変わったところ、特に胸だけは異常なほど大きい謎の3年生の先輩。

でもアイドルに対する熱意だけは誰にも負けない彼女の名前は「桃坂ももさか未来みらい」。

彼女との出会いはなんの変哲もなく過ごすはずだった私の高校生活を一変させ、到底想像もできなかった未来へ導いてくれたのです。


***


「ここ…どこ?」


おかしい…確かにちゃんと地図を見ながら行ったはずなのに部室どころか何か分からないところに来てしまったような…


「えっと…案内図を見るとここは…」


っと携帯を出して現在位置を把握しようとした私は


「全然違う方向に来たじゃん…」


全く変なところで自分が迷子になった事実を知るまで、それほど時間がかかりませんでした。



この学校は3つの世界が協定を結んで組織した「世界政府」に直接的な援助を受けているため、その規模もかなり大きいです。

学校の大きさや施設、設備、福祉などの様々な方面で他の学校とは比べにならないほど圧倒的な差を誇る世界政府の付属高校。

その中で芸術文化系の名門でお嬢様学校として名高いここ第3女子校はいつの時代、いかなる種族にも大人気です。

第3女子校が排出した有名人は数多くて在校生の中にも現役のアイドルや芸能人、音楽家もたくさん在籍しています。

また芸術文化系とはいえ文武両道を重んじた校訓に基づいて進学校の第1女子校に劣らないほどの成績優秀の学校でここに通っているというのはそれだけでとても名誉なことだと言えるのでしょう。

もちろん広すぎて学期始めには地図やGPSが必須となりますが。


学校は計6つの館でそれぞれの授業に合わせて運用されています。

今私がいる場所は主に魔界の文化や歴史などを学んだり行事とかで使われる魔界の多目的交流館ですが殆ど2年生や3年生しか使ってないから私みたいな1年生がここに来ることなんてめったにありません。


「1年生?可愛い♥」

「どうしたの?もしかして迷子ちゃん?手伝おうか?」


そのおかげで今私はこの学校の最高学年である3年生の先輩達に囲まれて非常に困った一時を送っています…!


道に迷って魔界の多目的交流館に流れ込んだせいで今私の囲んでいる先輩達は皆が魔界生まれ。

普段だって他の種族と一緒に授業を受けているからそういうところに抵抗があるというわけではありませんが


「お肌すべすべ♥もちもちして柔らかい♥」

「髪の毛もサラサラできれいね♥」


魔界生まれの特有のこういう親密感の溢れるスキンシップはやっぱりまだちょっと苦手かも…!


「あ…!あ…!」

「なになに?」


人に見られるのが苦手な自分は早速自分に向けられたたくさんの視線で言葉に詰まって何も言わず、壊れたおもちゃのように意味の分からない吃りを何度も繰り返して


「す…すみません…!」


その場から逃げ出してしまいました。


その時でした。


「うわああ!?」


私のことを手伝おうとする優しい先輩達から逃げて一刻も早くここから離れようと角を曲がった瞬間、突然襲いかかった凄まじい衝撃。



「ふぎゃああああ!」


その不意の痛みに自分は変な悲鳴とともにそのまま床に転がるようになったのです!


角を曲がった瞬間、よそ見をしていた自分が誰かにぶつけてしまったという至ってシンプルな状況。

でも私はそのなんてこともない状況でさえパニックを起こしてしまう情けない人間だったのです。


「いっててて…」

「す…すみません…!!」


怒られる…絶対怒られる…!

ここは2,3年生がたくさんいるところだから自分がぶつけたのはほぼ間違いなく私より上級生…!

名前も、顔も知らない先輩に怒られちゃう…!


「す…すみません…!本当にすみません…!」


っと思ってあんな感じで慌てて自分の体を気にする暇もなく謝り続ける私のことを


「君こそ大丈夫?怪我してない?」


むしろ心配してくれるたのは自分がぶつけた先方だったのです。


「ご…ごめんね?私、ちょっと急いでちゃって。」

「いいえ…!私が走っていたせいで…!」

「大丈夫?立てそう?」

「あ…どうも…」


っと私に差し出された白い手を取って立てようとした瞬間、


「いたっ…!」


まるで何かに刺されたようなずっしりとした痛みが私の右足を襲ってきたのです。


「え!?怪我したの!?ごめん…!」


転ぶ時、足を捻ってしまったという分かりやすい状況。

日常の中でいくらでもあるイベントにもかかわらず大げさで私のことを案ずる相手の女性は


「ちょっと待ってて!今保健室へ連れて行ってあげるから!」

「え…!?ちょっ…!」


凄まじい力で私の体をぐいっと持ち上げて保健室まで連れて行くと言ったのです。


「これってまさかのお姫様抱っこ…!?」


そして私はこれからの自分がどんな形で彼女によって運ばれるのかよく理解できたのです。


女の子にとって一代イベントと言ってもいい「お姫様抱っこ」。

それを私はなぜか廊下でぶつかった名前も知らない女の人にされることになったのです。

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