第6話
アオこと、
「よろしくお願いします」
そう答えた。
誰も嫌な顔をする者はいなかった。琴乃が、綺麗なだけではなく、優秀で、けれどそれを表に出すことなく、慎ましやかで、静かで、優しいという、非の打ち所がない存在だったから。
紺は優しかった。琴乃が嫌だと思うようなことは何一つしない。
クラスの中心的存在で、皆と笑ってふざけあったりしていても、クラス委員として、やらなければならないことは責任を持って、嫌がることなく進んでやるような子だった。琴乃だけにではなく、誰にでも同じ優しさで接した。琴乃はそれが嬉しかった。特別扱いされないことが。
琴乃もまた、慎ましやかに、それをニコニコと見ているだけだった。出しゃばるような真似は全くしない。人が見ていないような所でも人の嫌がるようなことを進んでしていたり、人が気付かないような所にまで気遣いが出来る。そんな琴乃を悪く言うような子は誰もいなかった。
ある日の放課後、紺が琴乃の耳元で囁いた。
「文化祭が終わったら、二人でどっか遊びに行こうね」
「うん」
頬が赤くなるのを感じながら、小さい声で頷いた。
文化祭に向けて準備が始まった。クラス展示もそうだが、それ以上に華道部の方の準備が大変だった。この日ばかりは少し高価な花材も使えるが、無駄にしないよう、先生に、事前にイメージ図と、使用したい花材を言っておかなければならない。それに沿って、先生が花材を用意してくれる。
「琴乃は、何を生けるの?」
紫苑が琴乃に尋ねる。紫苑は後輩のことは全員、名字ではなく名前で呼ぶ。元々体育会系だからかもしれないな、と琴乃は思うが、紫苑に名前で呼ばれると、やっぱりドキッとする。不思議な快感。
「まだ、決めかねていて……。先輩は?」
「そうねえ……私も具体的には、まだ」
「そうなんですか」
「ただね、一般公開だから、気をつけてね」
「はい?」
「琴乃と私のは、一般公開向けじゃないからさ」
そう言って、紫苑は笑った。
文化祭前日、クラス展示が遅くまでかかって、結局、琴乃が、部の展示の方に来られたのは5時くらいになっていた。一方、紫苑も、会場を飾ったり、販売用のドライフラワーや、部員たちで造った造花、押し花の栞などを置く場所を作ったり、その間に手のあいた者から作品を作るように指示したりと、忙しく、気がつけば、自分の作品を生ける頃には5時をまわっていた。他の部員はもう残っていなかった。
「なんだ、琴乃も、まだ生けてなかったの」
「先輩もまだだったんですか?」
「うん。他の雑用とか指示することが多すぎてね」
「すみません。全然手伝えなくて」
「いいのよ。1年、2年はそんなもんだって。さ、生けようか」
「はい」
二人とも静かに生け始めた。自分の作品を作っている時は、二人ともその世界に入り込む。しかも、今回は、いつものように「自由に」とはいかない。一般の人が見て美しいと思うものを作らなければならないのだ。紫苑にとっては特に、苦手な作業だった。
「できた」
二人同時に言った。顔を見合わせ笑う。
「どれどれ?」
紫苑が琴乃の作品を見た。琴乃は、恥ずかしがったが、明日から一般展示なのに、私に恥ずかしがってどうする、と紫苑は笑った。
ドキドキしていたのはお互い様だった。何という可憐さ。甘く包み込むようでいて、指一本触れさせぬような凛とした雰囲気も醸し出されていて、琴乃そのもののようだった。
琴乃は、心配そうに、紫苑の感想を待った。
「うん。凄くいいと思う」
明日の朝、先生がチェックしにきて驚くだろう。紫苑には容易くその様子が想像できた。
「琴乃みたいで、私は好き」
「告白されてるみたいです」
自分で言った言葉に、二人して驚いて、顔を見合わせることができなかった。笑って誤魔化した。
「先輩のも見ていいですか?」
「どうぞ」
琴乃は息を呑んだ。圧倒的な迫力。この人はこういう風にも生けられるんだ……。一般受けするように自分を抑えると言いながら。
ゴツゴツした太い木の枝で重厚感を与えながらも柔らかな素材で、空間を生かした美しい曲線を描く。静と動。二つの顔を持つ美しい作品。強さと美しさを兼ね備えた紫苑そのものを表しているようだった。
「紫苑先輩……」
「ん?」
「これ、すごい好きです、私。ホントに。紫苑先輩みたいで……」
「告白されてる」
「してます」
笑ってかわしたつもりが、琴乃の真っ直ぐな瞳に捕まる。思わず抱きしめたくなる。
「やめよう。そういう本気のは。ね」
はね退けてしまった。心苦しかったけれど。
「帰るよ」
半分泣いている琴乃の背中をポンポンと叩いた。
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