第5話

 琴乃は、華道部に入部した。花を生けるのは好きだ。植えるより、育てるより、そこに咲いている花を愛でるより。

 切られて、もうすぐ命がなくなることも知らぬ美しい花々を、より美しく飾る。凛と。ふわっと。愛らしく。

 そんな作品を作り出すのが、琴乃は大好きだった。


「あら、今日は、浅葱さんも来るって言ってたのにね」

 先生が言う。

「まあ、いいわ。先に始めて起きましょう」

「よろしくお願い致します」

 部員全員が挨拶をした。


 皆が花材と器を選んでいる。琴乃は、

「先輩のがなくなっちゃわないかなぁ」と心配しながら見ていた。

 花材は意外と残っていた。上手な人なら最低でも作品2つは作れるだろう。

「あら、河原さん、まだ全然取ってないじゃないの。ほら、遠慮してたらなくなるわよ」

「はい」

 琴乃は作品をイメージしながら、花材を取って、器を選んだ。

「さあ、それぞれ、自分の選んだお花に合う型で生けてください」

「はい」

 という返事の後、作法室は静まり返った。


「河原さんは初心者かしら?」

「いえ、中学で少し」

「そう。流派は?」

「同じでした」

「そうなのね。じゃあ、自由に生けてみて下さい」

「はい」


 部員たちにチラッチラッと見られながら、琴乃は、花を生けていく。


「申し訳ありません。遅くなりました」

 そう言って、紫苑が入ってきた。が、琴乃は自分の世界に入っていて気付かない。凄い集中力だと、先生も紫苑も思った。

「さ、あなたも早く」

「はい」

「花材が少ないけれど、あなたなら大丈夫ね」

 そう言われ、にっこりと先生に笑い返して、紫苑は花材を見る。頭の中でイメージが固まると、花材を選び、器を選んで、琴乃の隣に座った。 

 それでも琴乃は気付かない。茶色い真っ直ぐな髪。凛とした美しい横顔。


 紫苑もまた、自分の世界に入り込む。美しいものを、より美しく飾りあげ、じわじわと美しいものが死んでいく。そんな「美」の儚さが、紫苑は好きだ。そしてまた「破壊されたもの」という新たな美が現れるところも……。


「先生、お願いします」

「お願いします」

 他の部員たちが先生の指導を受ける中、琴乃と紫苑だけが黙々と自分の世界を作り込む。


「できました。先生、お願いします」

 そう言ったのは、先に始めていた琴乃だった。

「まあ!」

 先生は驚嘆の声を上げる。

「なんて素敵な。……もう少し待ってね。浅葱さんにも感想を聞きたいから」

 そう言われて、初めて、琴乃は隣に紫苑が座っているのに気付いた。

「わ……」

 声を出しそうになって、慌てて止めた。紫苑の真剣な横顔が美しすぎて、息を呑んだ。


 邪魔をしてはいけないと思い、待った。

「できました。お願いします」

 先生は笑う。

「あなたの発想には、私はついていけそうにないわ。素晴らしい」

 最上級の賞賛だった。

 琴乃も、紫苑の作品に目を見張る。アルミや廃材などを使ったり、葉をむしった蔦を絡ませたり、乾いて白く染められたコウゾをぶら下げたりした「破壊」の裾に小さく伸びる植物や花々。「再生」だろうか……。これが生け花……。凄いと思った。


「浅葱さん、河原さんのも見てあげて」

 紫苑は琴乃の作品を見る。

「これは……」

 紫苑も、先生と同じく驚いた。可憐で美しく純粋で無垢な柔らかな花たちの中に、ひときわ毒々しく紅い薔薇が咲く。「女」の部分を表しているかの如く。


「二人とも、『問題』をはらんだ作品ねえ。でも、素晴らしいと思います」

 先生が笑って言う。


 紫苑は、にっこりと琴乃に微笑んだ。

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