第3話

 紅白戦をすると聞いて、体育館に見学に来ていた紫苑の頭に、後ろから顎を乗せてくる海斗かいと

「人の頭を顎置きにすんな」

 紫苑が振り返らずに笑うと、海斗も笑う。

「お前の頭に顎置ける男、そうそういないだろ?」

「バスケ部の奴らなら結構いるじゃん」

「だって、お前、俺が一番好きじゃん」

「何それ。理由になってないな」

「ここでキスしていい?」

「ばーか。試合中でしょ。後でね」

 紫苑は一歩隣に避けて、海斗の顎を自分の頭からどけるよう促した。


 海斗、島村海斗しまむらかいとは、紫苑の彼氏だ。公認なので、今更かくすこともないが、流石に後輩たちの試合中にイチャイチャは困る。後輩たちは、それでなくても紫苑のファンだらけ。そっちに気を取られても困るし……。


 と、向こう側の入口に見たことのない女の子が立っているのに気付く。1年生だろうか?こんな時期に入部希望者?

「あ……あの子……」

 紫苑は気づいた。あの非常階段の子だ。非常階段の隅で泣いていた女の子。あの時は、じっくり顔も見られなかったけど……

「綺麗な子だな……」

 紫苑は呟く。海斗には聞こえないくらいの声で。


 急にバンッという音がして、自分の目の前でバスケットボールがキャッチされた。海斗だった。

「何ボーッとしてんの。危ないなあ」

「ごめん。ちょっと考え事してた」

「練習とはいえ、試合だから、ちゃんと見てやんないとさあ」

 海斗は時々キャプテンの顔になる。


「今日は菜々の調子がいいな。彼女が応援してくれてるからかな?」

「彼女?」

「あそこにいるじゃん。あの、見るからに華奢でバスケと無縁っぽい女の子」

「知ってるの?」

「試合前に菜々と会ったら、彼女連れててさ、なんか転校生なんだって。部活見学したいらしくて連れてきたみたい」

「転校生……」

 だから見覚えがない顔なのか。あんなに綺麗な子、私が見落すわけが……思いかけて、いやいやいかんいかん、と紫苑は自分を立て直す。あとで海斗に抱いてもらおう。そんな不謹慎なことを試合を見ながら思った。


「あの子、俺のこと、気になるのかも。こっちチラチラ見てるわ」

「あんたがずっと見てるからでしょ。試合に集中しなさいよ」

 紫苑は軽い嫉妬のような感情を抱いたが、どっちに対してかわからなかった。

 その後は二人とも試合の応援に集中し、後輩の一人一人に声をかけた。


 

「琴乃ちゃん、バスケどうだった?」

「うん。菜々ちゃん、凄かったね。ゴールバンバン決めててカッコよかった」

「ホント? ね、ね、じゃあ、バスケ部入る?」

「んー。私、筋肉全然ないから無理だよ。……あ、ごめん、菜々ちゃん、この学校って、華道部あるかな?」

「あ、あるよ。えー、琴乃ちゃん、お花できるんだね。なんか凄い似合ってる。うんうん。……あ、じゃあ、ちょっと待ってて。」


 そう言うと、菜々は、あの綺麗な人のところへ走って行ってしまった。琴乃はドキッとした。え? あの人と華道部何か関係あるの? 彼女が私の方に近づいてくる。背の高いカッコいい美人。


「あなた、華道部に入りたいんだって?」

「は、はい」

 琴乃は緊張して、菜々に目で合図を送る。

「こちら、浅葱あさぎ紫苑しおん先輩。バスケ部の元副部長で、華道部の部長なの。先輩、この子は河原かわはら琴乃ことのちゃん。転校生です」

「そう、よろしくね」

「は、はい」

 琴乃はドキドキしながら答える。

「先輩、琴乃ちゃん、華道部見学したいみたいなんですけど」

「あ。そうなんだ。いいよ。歓迎する。『作法室』に行ってみて。今日は火曜日だから、まだ、みんな先生に教わってると思う。見学してくといいよ」

「あ、ありがとうございます。行ってみます」

 紫苑は、ニコッと笑うと、海斗の所へ戻って行った。


 琴乃は、胸のドキドキが音になって菜々に伝わってしまってないかと、怯えながら、菜々に尋ねる。

「作法室って……?」

「ああ、中庭の手前にね、和室が一つあるの。そこで、華道部と茶道部が交代で使ってる。行けばわかると思うけど、一緒に行く?」

「ううん。一人で行ってみる。ありがとう」

 そう言って、琴乃は体育館を後にした。

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