第28話 踏んだり蹴ったり
「そうなんですか。その宗像という方はどういう人なんですか」
恐ろしいことに、晴人はしれっとそんなことまで訊ねる。
「それが、大学院の頃に急にふらっと姿を消してしまったんです。でも、ものすごく優秀な奴だったから、日本の研究過程に呆れて海外に行ったんだろうと言われています。とはいえ、論文をチェックしていますが、未だに宗像出雲の名前を見つけられず、どうしてしまったのかなと」
「なるほど、行方不明ですか」
本人のくせに、困りましたねと同情してみせた。どこまで性格が悪いのか。
「ええ。昔は勝手にライバル視していたもので、ひょっとしてと思ったんですが、すみません」
「いえいえ。その方にお会いできるといいですね」
「はい」
住田はそう言うと、食事を楽しんでくださいと力なく笑って去って行った。さすがに今回は覚えているだろうと思ったが
「住田樹か、知らない名前だな」
と言い放ってくれた。
ああもう、この人って多くの人間に興味がないんじゃないか。しかし、二連続で相手が覚えているのに晴人が覚えていないということが続くと、はっきりすることがある。
「小野田って、よほど印象に残る人なんですね」
「ああ。色んな意味でヤバいからな」
愛海が狙っていたローストビーフを平然ともりもり食べながら言う晴人に、あんたに言われるならばよっぽどだなと呆れるしかない。
だが、かつての晴人を知る人が二人もいるパーティー。ここで小野田が何か起こそうとしているのは間違いない。
「問題は、何をしたいか、か。二人は名刺だけで別人だと納得したみたいだけど」
やれやれと思って愛海はもう一度料理を取ろうとしたが、ローストビーフは大人気のようで、すでにテーブルの上になかった。
こうしてローストビーフは食べられず、嫌な予感だけがするパーティーとなったのだった。
翌朝はガタガタっと窓が揺れる音で目が覚めた。
愛海が目を開けてみると、まだ夜明け前の五時だったが、薄暗い状況でも窓の外の天気が悪いことははっきりと解った。
隣のベッドに目を向けると、晴人はぐうぐうと風の音を気にせずに眠っていた。その豪胆さが少し羨ましくなるが、愛海は寝るのを諦めてベッドに座る。
「台風。いや、熱低のままだっけ」
そういえば、昨日は九時パーティーが終わってすぐにシャワーを浴びて寝てしまったものだから、天気予報を確認していなかった。愛海は音量に注意しつつテレビを点ける。しかし、日曜日とあって早朝の時間帯はニュースをやっていなかった。
「スマホで調べる方が早いか」
テレビを消すと、次にスマホを取り出すべくベッド近くにある金庫を開ける。愛海は気にしないのだが、晴人本人と松島たちサイバー犯罪対策課の要請により、スマホは寝ている間ここに入れることになっていた。キーは愛海の左腕にくっ付いている。
「これも寝難い原因よね」
テーピングテープでしっかりくっ付けられているキーを外しながら、愛海はぼやいてしまう。これがプールのロッカーのキーのように腕につけられるものだったらいいのだが、ホテルのキーは客室番号の書かれた大きなキーホルダーが付いているタイプのものだ。腕に取り付けておくには大きすぎる。
では足につければいいのではとも思ったが、昨日のパーティーの間、慣れないヒールのあるパンプスを履いていたせいでむくんでしまっていた。だから、足に貼るのには抵抗があったのだ。
無事にテープを剥がし終えてスマホを取り出し、やれやれとまずはメールのチェックだ。しかし、私用のスマホではなく、しかも仕事の同僚たちが同じ場所にいる状況だから、当然のようにメールは入っていなかった。
ということで、すぐに民間天気予報会社のアプリを起動する。すると、位置情報からすぐに、このホテルの一帯に暴風大雨警報が発令されていることが解った。
「マジで。ええっ、台風になったのかな」
ビックリしてその情報から熱帯低気圧についてアクセスしてみると、台風にはなっていないという。ただ、風も強く雨も強く降るということで、台風並みに警戒するよう呼び掛けていた。
「台風になったって」
そこで晴人が目を覚まし、ふわああっと大きな欠伸をしている。そしてテレビを点けてくれと頼んでくる。
普段は家にテレビがないから、ここで久しぶりに見てみようと思っているのだろう。しかし、リモコンには触れるなと言われているから、愛海に指示してくるのだ。
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