第29話 いつもよりゆっくり

「はいはい。五時半になったからニュースやってますかねえ」

「さあ。日曜日だろ。まだじゃないか。それに日曜って無駄に旅番組やってないっけ」

「そうですね。物悲しいメロディで始まる番組って、確か日曜日でしたねえ」

 そんなことを言いながらパチパチとチャンネルを変えてみる。しかし、バラエティーの再放送や皇室関係の番組しかなかった。意外にも旅番組すらまだ始まっていない。

「バラエティーでも掛けておきますか」

「そうだな。バラエティーなんてもう十五年くらい見てないし」

「うっそ」

「嘘を言ってどうする? 時間の無駄だろう」

「はあ」

 晴人が見ていないところでこっそりバラエティーをアプリで見ていた愛海は、あんまり罪悪感を覚える必要もなかったのかと驚いてしまう。どうりでテレビがなくても生活していけるわけだ。

「そもそも、テレビってそんなに見ないだろ。動画を見たかったらユーチューブで事足りるっていうか」

「どっぷりと今時の若者的発想ですね。私、両親がテレビを見るのが好きなせいか、バラエティーとかドラマを見るの好きなんですよね」

「へえ。テレビを見るかどうかが両親の影響というのは面白いな。言われてみれば、うちの両親はあまりテレビを見ていなかったよ」

「そ、そうなんですね。そう言えば、緒方さんの両親って」

「もう他界している」

「あ、ああ、そうなんですか」

 意外な展開を見せて晴人のプライベートの情報が出てきたが、非常に困る内容だった。

 なるほど、証人保護プログラムをすんなり受け入れて名前を変えることができた理由も、そしてWIOでは本名で通せた理由も、身内に迷惑が掛からないという点があったのかもしれない。

 そのまま会話を続けるのも気まずくて、二人揃ってぼんやりとバラエティーの再放送を見ていた。風はごうごうと音を立てて吹き、たまに雨がガラスを叩く音がするものの、いつもよりも平和な時間が流れていく。

「今日の勉強会って何時からだっけ」

 CMに入ったところで晴人が確認してきた。時間もいつしか六時前になり、そろそろ動き出そうと思ったのだろう。

「十時からですね。場所は昨日と同じ大広間です。とはいえ、参加人数は私たちを含めても九人で、実際はディベートのようなものということです」

 そう説明してから、自分は大丈夫なのかと不安になる愛海だ。

 人工知能もロボットも何一つ知らないぞ。

「お前は欠席すればいいんじゃないか。大広間だったらサイバー犯罪対策課が仕掛けまくった監視カメラが使えるんだろ。それに、監視対象が俺を含めて八人しかいないんだ。お前はどっか広間の近くにいたらどうだ」

 それに対し、作戦変更しろよと晴人は軽い。そう簡単に行ってくれるが、あれこれ確認しなければならない。勝手な変更は出来ないのだ。

「電話してみます」

 しかし、自分の脳みその限界にチャレンジする気はおきず、素直に小川と松島に連絡を入れる愛海だった。




 十時になる少し前に晴人は一人で大広間のある一階に降りていた。愛海を外すという提案が無事に受け入れられた結果だ。代わりにまたあの子ども用携帯を持たされたのは腹立たしいが、少しの間は身近に監視を感じない時間を過ごすことが出来る。

「とはいえ」

 ホテルマンとして潜り込んでいる警察官もいるので、あまり勝手なことは出来ない。別に裏切るつもりは全くないとはいえ、心証を悪くするようなことは慎むべきだろう。

「あっ、ええっと、緒方さん」

 大広間に入ろうとしていたら、昨日、宗像ではないかと疑っていた住田が声を掛けてきた。躊躇いがあったのは、やはり宗像に似ていると思ったからだろうか。似ているも何も本人なのだから住田の認識は間違いないのだが、それを認めるわけにはいかない。

「おはようございます。凄い風と雨ですね」

 というわけで、晴人は笑顔になると、すぐに外の様子を口にした。こういう世間話を切り出すというのも、宗像出雲ならばやらないことの一つだ。

「おはようございます。いやあ、びっくりしましたよ。台風じゃないっていうから、ここまで酷くなるとは思っていなくて」

「俺もですよ。このホテルって山の上にあるからか、風も雨もまともに当たっている感じですね」

「そうですね」

 頷いた住田は、やっぱり別人かと思ったのだろう。少し落胆した顔で頷いている。

「勉強会はディベート形式で行われるんでしたっけ」

 晴人はそんな住田の表情には触れず、すぐに勉強会の内容に話題を切り替えた。すると、そうなりますと住田も表情を引き締めて頷いた。

「昨日のお披露目で多くの人にTAROを試してもらっています。その新たなデータをもとに検証を行うのが今日の勉強会の大きな趣旨となります。緒方さんが呼ばれたのも、SQNEの研究者だからでしょうね。ほぼ身内の会議みたいなもんですよ」

「そうなんですね」

 なるほど、そうなるとますます、どうして宗像出雲の名前で招待状が来たのか謎だ。あの招待状そのものはSQNEが発行したもので間違いないと裏付けが取れている。しかし、宗像出雲の名前がいつ紛れ込んだのか、その特定はできていなかった。

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