第26話 お絵かきロボット
「な、なんか可愛い」
愛海はもっとメカらしいものが出てくると思っていたので、丸いフォルムに、くりっとしたつぶらな目を持つロボットは予想していなかったと、少し呆れた声を出してしまった。すると、晴人がすぐにこちらを振り向いて睨んでくる。
「だって」
「日本のロボットらしいだろう」
「らしい、んですか」
「ああ」
注意されるかと思ったら、あれが日本らしいロボットだと言われてさらに驚く。が、ペッパーしかり、ロボホンしかり、確かに日本のロボットは可愛らしい姿が多かった。なるほど、ああいう見た目は受けがいいんだなと、愛海は感心してしまう。
しかし、壇上にあるロボットはペッパーよりも大きかった。顔の部分、くりっとした目の下には大きな画面が取り付けられている。そして、その顔のサイドから延びる小さな手には絵筆のようなものが握られていた。
「皆さん。こちらが今回、我々が開発した、コミュニケーションをもとに絵を描くことに成功した、絵画ロボット『TARO』です。名前の由来は言わずと知れた芸術家、岡本太郎から名づけられました」
伊達が高らかにそう告げると、会場からは拍手とフラッシュの嵐が同時に巻き起こった。こうなると、スマホの新作発表会のような感じになってくる。
「例えば、単純にリンゴの絵を描いてとTAROに向けて言ってもお絵かきをしてくれますか、そうではなく、私の好きな食べ物で、赤くて丸い果物なんだけど、というような会話からもリンゴを描くことが出来るのです」
「おおっ」
そこで会場からどよめきが起こったので、それって凄いことなんですかと愛海は晴人に確認してしまう。
「情報が少なく、また、曖昧な表現が多いと人工知能はエラーを起こし、何の答えも弾き出せない場合がある。また、赤い、丸い、果物だけではリンゴと特定できないことが多いんだ。人工知能はその情報からイチゴやサクランボなんかも合致すると含めてしまうからな」
「そ、そうなんですか」
「ああ。そういう人間が会話で何気なく使う曖昧な表現をどう学習させるかというのは、自然言語解析の世界では大きなテーマになっていたんだ。それを、あのTAROはある程度克服しているということなんだよ」
「へえ。じゃあ、今まではそれでは答えられなかったんですね」
「そういうことだな。まあ、好きな食べ物というキーワードや私という、目の前にいる人の性別や年齢を瞬時に取り込むことで、うまく情報の曖昧さを回避しているんだろう」
「ほほう」
なるほど、見た目以上に凄いロボットであるらしいことは解った。と、ここでデモンストレーションが行われるという。壇上には一人の女性が上がって来て、彼女が話しかけるようだ。肩までの長さのふわっとした髪が印象的で、可愛らしい顔立ちをしているなと愛海は同性として気になってしまった。身長は百六十五前後だろうか。
「では、うちの社員にまず見本として話しかけてもらいます」
女性はSQNEの社員だった。松島に無線で確認すると、
「TARO君、こんばんは」
落ち着いた声音で柴田が話しかけると、ロボットの画面が起動し
「こんばんは」
と、合成音声が答える。画面にはTAROですと表示されていた。
「今日ね、とっても美味しいものを食べたの」
柴田がそう言うと
「へえ。いいなあ。どんなものを食べたの。教えて。僕、それを絵に描くよ」
とTAROが答える。その様子は幼子と母親が会話しているかのようで、微笑ましかった。
「デザートなんだけど」
「うんうん。ケーキかな」
「違うんだな。冷たくってね」
「あっ、アイスかな」
「そうそう。それも今話題のやつでね」
「コンビニで買えるやつかな」
「よく知ってるね、TARO君」
こんな感じで、とても滑らかに、テンポよく会話が進んでいく。
「凄いな。ある程度の予測を相手に告げることも出来るのか」
その様子に、晴人が素直に感心した声を上げる。どうやらこのやり取りも目新しい技術が使われているようだ。
「ちょっと待ってね。僕が予想して描いてみるよ」
しかもそこで、まず絵を描いてみるという。すると、画面に筆が現れた。そしてカップが描かれる。それはどちらかというとコップのような姿だった。
「こういうのかな」
「うん。そうなの。イチゴ味でね」
「あっ、解ったよ」
TAROはそう言うと、すらすらと絵を描き始める。その絵を見ていて、愛海は某コンビニがその場で作ってくれる、ソフトクリームにイチゴソースのかかったアイスだと気づいた。
「これかな」
「正解。凄いよ、TARO君」
「えへへ」
と、ここまでがデモンストレーションだったが、いやはや、本当にすごいものだ。絵のタッチもふんわりとしたもので、妙に写実的なものではないから、ネットから探し出した写真の丸写しになっていない。ちゃんと誰かが描いた絵として成立している。しかも少し下手なところが好感を持てるから不思議なものだ。
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