第25話 天才の欠点

「なるほど。確かに量子コンピュータにしても人工知能にしても、最も得意とするのは最適化問題ですからね。しかし、計算のアルゴリズムが全く違いますよね」

「ええ。量子コンピュータは量子ビットを基礎にしますから、そもそも普通のコンピュータとは発想が違います。それに、量子コンピュータはエラーすら内包してしまう。この点が人工知能とは大きく違うところでしょうか。とはいえ、最近の人工知能は、エラーを繰り返すことで成長すると言われていますが」

「その通りです。学習とは常にミスを伴うものですからね。たしか、グーグルが成功させた量子コンピュータにしても、エラーがあることを前提とするNISQだということでしたか」

「その通りです。いわゆるエラーのある中規模量子コンピュータですね」

 にこっと笑ってそこまで語る晴人の説明に、白石は満足したようだ。愛海は一体何を言い合っているのか解らず、ぽかんとするしかない。ただ一つ、この人、一体どれだけの知識を持っているんだ。そう感心するしかなかった。

「いやはや。人違いして申し訳なかった。確か緒方さんは勉強会にも参加されますよね。活発な議論が出来ることを楽しみにしています」

「こちらこそ」

 そこで二人はがっちりと握手して離れていった。いやはや、さすがはWIOの幹部を務めた男だ。知識量も凄いが肝も据わっている。

「凄いですね」

「別に、常識の範囲内だよ」

「はあ」

 愛海の誉め言葉にも淡々としたものだったが、晴人はそこで首を傾げると

「俺、あの人のこと全く知らねえんだよな。覚えてないだけだろうか」

 と耳打ちしてきた。おかげで愛海はこけそうになる。

「本当に知らなかったんですか」

「ああ。とはいえ、俺は人の顔を覚えるのが苦手だし、ちょっと会っただけならば忘れていても仕方ないんだけど」

「へえ」

 科学の知識には抜けがないくせに、そういうところが抜けているのか。愛海はどんな人間でも完璧じゃないもんなんだなあと、そこで少し安心してしまった。

 そうこうしていると、パーティーの開始十分前になっていた。愛海が腕時計を確認すると

「開式十分前となりました。ご参加の皆様は大広間にお入りくださいませ」

 ホテルの館内放送でも十分前を告げていた。ロビーで歓談していた人たちが中に入って来て、密度が一気に高くなる。

 晴人と愛海は大広間の中ほどの壁際に陣取っていた。何が行われるか、どういう人が参加しているかさえ解ればいいので、壁の花となっているのが一番だ。

「それではお時間になりましたので、SQNEと東都大学による産学連携プロジェクト、人工知能搭載ロボットの完成披露会を開会します」

 司会進行の女性が高らかに開会を告げると、照明が落とされ、壇上にスッポトライトが灯される。そして先ほどの白石ともう一人、SQNE側のリーダーである伊達良寛だてよしひろが上がった。会場からは割れんばかりの拍手が送られる。

 晴人と愛海も一応は拍手をしているが、目は壇上ではなく会場の中に向いていた。愛海は同時に問題がないか、警察の無線も確認する。

「緒方のことをやたらと見ている奴がいるぞ。気を付けろ。お前たちの斜め後ろだ」

 すると、そのタイミングで松島から注意が入った。別室で控えている松島は、会場に予め取り付けておいた監視カメラから確認しているのだ。

「小野田ですか」

 そちらを見て確認すると気づかれる可能性があるので、愛海は松島に小声で問いかける。

「いや。緒方と同い年くらいだな。顔も緒方から聞き出した特徴とは一致しない。しかし、前回のように手下を送り込んでいる可能性もあるからな。一応は警戒しておいてくれ。カメラの方に顔を向けていないおかげで、まだ誰か特定できていないからな」

 松島の言葉に、確かにと愛海は頷いた。本人に該当する人物はいないと解っている以上、誰かを送り込んでくるのは間違いない。ただし、その場合は誰か解らないから出てとこ勝負だ、というのは晴人の言葉だ。

「予想以上に疲れそうだ」

 普段は警護の仕事なんてしないものだから、愛海はSPの仕事の大変さを垣間見た気がした。いつもの仕事の延長線上だろうと高を括っていたのに、警護と監視が同居した晴人との生活とは全く勝手が違う。

 そうこうしている間に白石と伊達の挨拶が終わり、ついにロボットのお披露目の時間となっていた。一体どんなロボットが出てくるのか、愛海もこの時ばかりは壇上へと目を向けた。

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