第23話 人工知能の基礎知識
「大学の入学式みたいだな」
「七五三って言ってくれていいんですよ」
いつもは遣わない気を遣われて、より一層ダメージを受けてしまう。晴人は肩を竦めると
「研究者が興味のあるのは服装じゃなくて研究成果だ」
と、話題を無理やり逸らしてくれた。
愛海はその研究すらよく解らないんですけどねえと、溜め息を吐くしかない。人工知能を搭載したロボットと言われても、思いつくのはお掃除ロボットか、もしくは携帯電話会社が作ったお喋りロボットくらいなものである。
「一体どういうものがお披露目されるんですか。わざわざこんなホテルで、大々的に披露するものなんですか」
愛海は少しでも知識を仕入れようと訊ねる。すると、画期的であることは間違いないと晴人の顔が真面目になる。
「今回の国内大手電機メーカーであるSQNEと東都大学が挑んだのは、人工知性と呼ばれるものだ」
「人工知性、ですか」
「ああ。これはAIに人間の特性とされてきた感性や想像力を獲得させるというものだ。たまにニュースになるから聞いたことがないか。モーツアルトのような曲を作らせる、モネのようなタッチの新たな絵画を作らせる、あるいは星新一の小説を学習させて新たな小説を作成させるというものだ」
「ああ。なにかと話題になってますね。コンピュータが絵を描いたみたいな言い方で紹介されてるやつですね」
確かにどこかで聞いたことがあると愛海は頷く。あれが人工知性なのか。
「まあ、一つの取り組みではあるね。想像力とは何なのか。このテーマに挑んでいるのは間違いない。しかし、これらは手前に有名な作者の名前が来ることから解るように、元になった人物の真似をしているものだ。それは確かに新たな創作と言えるかもしれないが、人間の想像力を獲得したと言い切るのは難しい」
「まあ、そうですよね。いわゆる物真似ですもんね」
「ああ。もちろん誰かの物真似を出来るまでには、技術的に突破しなければならないブレイクスルーが数々あった。だから、物真似だとしても、それは素晴らしい研究成果で間違いない」
「はあ」
そういうものなんですかと愛海は曖昧に頷く。しかし、人工知能っていきなり出てきたようなものだから、大変だったというのがよく解らない。
「いきなり出てきた印象があるのは、それまでは冬の時代と呼ばれ、人工知能を研究していると言うことさえタブーとされた時期があるからだな。特に日本は一九八〇年代のエキスパートシステムでの失敗がある。五七〇億円もの予算をつぎ込んだというのに、有益な人工知能を開発することが出来なかったんだ」
「はあ。でも、それって当時のコンピュータでは仕方ないんじゃないですか。一九八〇年代って言えば、まだウインドウズすら発売になってませんよ」
このくらいの知識は愛海にもある。素人が考えても無理だと思えた。
「その通り。とはいえ、その当時問題として挙がったことの多くは、コンピュータが十分に発達した現代においても難問だ。ところが、ある程度使えるものへと変わった。そのブレイクスルーとなったのがディープラーニング、深層学習と呼ばれるものが出来たおかげだ。そこから一気に人工知能はブームとなり、一時はあらゆるものにAI搭載なんていう広告が出るほどになった」
「ああ。ありましたね。小川さんが買った髭剃りにまでAI搭載って書いてあった時には、さすがにないだろって突っ込んだのを覚えています」
いくら何も知らない消費者でも、それはおかしいだろうと気づくものだ。愛海はブームって怖いなあと改めて思う。
「まあ、データを取って学習しているのならば、嘘だとは言い切れないけれどもね。ともかく、人工知能が大きく変化し、ついに人間にしか不可能だと呼ばれる領域に挑戦できるまでになったんだ」
「ははあ」
解ったような解らないような、とりあえず、人工知能が凄い代物になったということは理解した。
「じゃあ、今回披露される人工知能搭載のロボットは」
「物真似ではない、人間の特性に挑んだものってことだな」
晴人はそう言うと、腕時計で時間を確認して出るぞと促す。後は会場で何とかするしかないだろう。一体何を考えて小野田がこの披露パーティーに呼んだのか、それさえ掴めていないのだ。何はともあれ行ってみるしかない。
「宗像出雲ならば確実に食いつく内容なんですか」
部屋の施錠をちゃんと確認してから、愛海は先を歩く晴人に追いつく。
「いや、別に。面白いとは思うが、専門外だな」
「そうですか。ああ、前回の事件の被害者の中井は、この研究に関わっていたようですね」
「まあ、流れとしてそうじゃないとおかしいだろうね。前後の繋がりが一切なくなってしまうだろ。ただ、どうして人工知能の研究者を選んだのか、全く解らないな」
「ううん」
この間のもやもやする事件すら、なぜ起こったのかが解らないままなのだ。そして、それが晴人を呼び出すためだったとしても、なお不可解な部分があるままだ。
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