第22話 椿谷山荘ホテル

「あれが会場となる椿谷山荘ホテルか。高級ホテルとして有名だよな」

「ええ。今回は大学との共同研究、いわゆる産学連携というやつで、多くの人に披露される発表会ですからね。それなりにホテルにも気を使ったということでしょうね。その中に小野田は来るんでしょうか」

「どうだろうな。なんとも言えない」

 わざわざ宗像出雲の名前を招待状に記し、挑発しているのだから出てくるだろうと踏んでいるが、実際にどういう形で出てくるかどうかは不明だ。

 不安が二人の心の中にどろりと巣食う。しかし、車はその後も問題なく進み、無事に会場となる椿谷山荘ホテルへと到着した。

「ようこそ、緒方様、菊池様。車のキーをお預かりいたします」

 晴人が降りるとすぐにドアマンが案内してくれる。その間に車も駐車場に停めてくれるというのだから、さすがは高級ホテルだ。荷物もその場で車のトランクから降ろして預ければ、部屋まで運んでくれるという。

「さすがは一流ホテルですね。ビジネスホテルとは雲泥の差です」

 ホテルに着けば何もしなくていいという、至れり尽くせりのサービスに、愛海は思わずそう呟いてしまう。

「なあな。ペースを完全に相手に握られるのが気に食わないけど」

 一方、晴人はそのサービスを鬱陶しく感じるようだ。それは日頃も同じで、共同生活をしていても晴人は率先して家事をこなしてくれる。なんでも自分でやらなければ気が済まないタイプなのだ。ずぼらな愛海としては、非常に助かる性格をしている。

「お部屋は三階の三〇五号室になります」

 フロントで受付を済ませると、鍵を持ってホテルの案内係が部屋まで先導してくれる。ホテルは五階建てで、一階は披露宴会場にもなる大広間とレストランがあり、二階から上が客室だ。最上階はスイートルームになっているという。

 とはいえ、普通の客室もどこも豪華だ。愛海はエレベーターホールすぐ横の三〇五号室に入って感心してしまった。ベッドが二つあったらいっぱいいっぱいなんて部屋じゃない。備え付けのお風呂も広々としている。総てが余裕のある造りだった。

「広いですね」

「二階から四階もワンフロアに五部屋しかないからな。一つの客室が広々しているんだ」

「へえって、そんなのいつ調べたんですか」

「松島がくれた資料に書いてあったよ」

 晴人は運び込まれた荷物を広げながら、ちゃんと資料を読んでいない証拠だなと鼻で笑う。ホテルに到着したことで覚悟が決まったのだろう。いつもの調子が戻ってきている。とはいえ、資料を全く読んでいないように思われるのは心外だ。

「そんなことまで書いてあったんですか。私は出席者と警備配置図を頭に入れるので必死でしたよ」

「ああ、そうか。俺が気にすべきはどこに小野田が隠れられるか、だからな。ホテルの方に関心があった」

 ああ言えばこう言う。愛海は呆れそうになったが、ふと違和感を覚えた。小野田が隠れるだって。

「あれ? 出席者の中にいるんじゃないですか。そもそもこのホテル、今日と明日はお披露目パーティーに関係する人しか泊まっていないはずですよ。しかも警察官が従業員に紛れ込んで捜査しています。そんなところに隠れますか」

「まあな。とはいえ、すでに警察の事前調査で出席者の中に小野田に該当する奴はいないと解っているんだろ。だったら、それ以外のところに気を払うべきだろ」

「それもそうですね。でも、出席者の中に小野田の手先がいるのかもしれないですよね。前回だって吉田を手先にしていたわけですし」

「その場合、向こうがアクションを起こしてくれないことには何も解らないからな。まさかお披露目パーティーの参加者全員を疑えっていうのか。百人以上いるんだぞ。それは難しいだろうよ」

「はあ」

 なんだか独特な理屈だな。そう思ったが、また何か反論されること解っているので今度は何も反論しなかった。

「要するに、出たとこ勝負ですね」

 しかし、これだけは言わなければ気が済まないのだった。




 パーティーは夜の六時から一階の大広間で執り行われることになっている。その少し前に晴人と愛海はホテルまで着てきたのとは違う、パーティー用のスーツとドレスに着替えていた。

「はあ。面倒だな。学者だけの集まりだったらまずしない格好だ」

 光沢のある紺色のスーツを着こなした晴人はそう顔を顰めるが、似合っているからいいではないか。愛海は着慣れないワンピースタイプの黒色のドレスの裾を引っ張りながら、晴人の横にずっといなければいけないのかとげんなりしていた。

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