第21話 十月三日
「つまり、総ては小野田の指示であり、中井が死んだのは俺のせいだというわけですか。そして、小野田は俺をWIOに連れ戻そうと企んでいるということですね。そうでなければ、わざわざ招待状を出すことはしない」
「ああ。そうなるな。小野田がやりたいことは、お前の居場所を特定することではない。お前の代わりがまだ見つかっていないことを示すためだったんだ。だからこそ、お前を取り戻そうとこんな事件を起こし、次に招待状を送りつけてきたんだ。ここまで言えば、俺の言いたいことは解ったな」
「要するに、俺を囮に小野田を呼び寄せるということですね。しかし、すでに警察側である俺にそのまま宗像を名乗らせるわけにはいかない。だから司法取引に応じた後の名前で参加させる。あくまで、警察の手下として接触するってことですね」
「ああ。それに小野田は今のお前の名前を知りたいと思っているだろう。これも釣りの一つだ」
「なるほど」
小野田が確実に食いつくように、あえて改名後の緒方晴人の名前で参加するというわけか。晴人は頷くと、やれるだけのことはやりましょうと承諾していた。
それから二週間後の十月三日。
警察は発表会場と発表を行う電機メーカーと協力を要請し、さらに会場となるホテルがあるS県警とも連携を取り、万全の態勢でこの日を迎えていた。
晴人はあくまで招待客として会場に乗り込むため、愛海の運転する車に乗り、問題の発表会へと向かっていた。天気は秋晴れとはいかず、さらに太平上にある熱帯低気圧が接近しているとあって、激しく雨が降っていた。
「吉田は送検されましたが、事件は宙ぶらりんの状態ですね」
運転手であり見張りでありサポート役、さらに警視庁との連絡係まで押し付けられた愛海は、運転しながら窓の外を見つめる晴人に話しかける。
「小野田が総て仕組んだ、という吉田の証言の裏を取らないことにはどうにもならない、というところだからな。あのトリックは相当凝ったものであり、一人で実行できるとも思えないからな。それに主犯か従犯かで裁判の扱いが変わってしまうというのもあるだろう。俺の証言もあって、小野田昴という男が関わっているらしいということが、警察の中では確定的だ。さらにこの発表会のこともあるからな。捕まえて証拠を固めないことには、吉田のことも決められないってわけだ」
晴人は久しぶりに締めたネクタイが気になり、僅かに緩めながら言う。しかし、その顔は非常に厳しいままだった。
「その小野田ってどういう人なんですか。警察は必死に調べましたが、どうやら偽名であるらしく、何も掴めないままです。現在大学院生だろうという緒方さんの推測をもとに探っていますが、なかなか尻尾を掴めません。同時に今回の発表を行う電機メーカーの社員や共同研究者に関しても該当しそうな人物を探ってみましたが、該当者はいませんでした」
そろそろ会場となるホテルが見えてくる頃だなと思いつつ、愛海は質問を重ねる。小野田の外見的特徴は晴人が情報提供してくれたので、ほぼ正確に解っている。
身長百六十五センチ前後。痩せ型の体型で中性的な顔立ち。年齢は二十代前半から半ばくらい。真面目そうな雰囲気の漂う青年だということだ。小野田との会話から、二年前の段階で大学院に通っていたこともまず間違いないという。
しかし、これだけ情報があっても、それに該当する人物は全くいなかった。中性的な顔立ちというだけで目立ちそうなのに、そして理系の大学院生という情報もあるというのに、小野田の足取りは全く掴めないままだ。
「それはそうだろうな。WIOそのものの実態を警察は掴めていないんだ。もし俺が出頭しなければ、今もWIOなんて組織が存在し、そいつらがネットの世界で好き勝手にやっているなんて知らないままだったろうな。単発的に発覚する事件から逮捕者が出たとしても、それが横の繋がりのある事件だと気づくこともない」
晴人はそう言って大きく溜め息を吐いた。つまり、大規模な詐欺事件が発生すると名乗り出た晴人が、司法取引を持ち掛けられるのも当然というわけだ。
「ということは、構成員がどのくらいいるか、そういう具体的なことも解っていないってことですか。それは幹部だった緒方さんもなんですか」
「ああ。そもそも会議があっても実際に会うことはない。総てネットの中で行うからな。顔すら知らない場合もある。小野田はたまたま近くにいた部下だから顔もおおよその年齢も、つまり現在は大学院生くらいだろうことも知っているが、普通は誰がWIOに関わっているか解らないよ。しかも世界規模で参加者がいるんだからな」
「ふうん。じゃあ、名乗った名前が本名かどうかすら確認していないってことですか。まさか緒方さんもWIOでは別の名前で活動していたんですか」
「いや。俺はもう表社会と関わることもないだろうと本名を使っていた。だから、警察に捕まって別の名前を名乗ることになった時は、不思議な気分だった」
「ふうん」
そういうものなのかと愛海は曖昧に頷く。それにしても、どうして晴人はそこまで考えてWIOに関わっていたのか。研究室に居場所がなかったから技術を売り込んだというが、そのあたりをまだ語ってくれていない。
「あそこだな」
「は、はい」
そうこうしているうちに、どこか洋館を思わせるレトロな佇まいのホテルが山の上に見えてきた。リゾート地というが東京からほど近い温泉街でもあるので、その外観はどこか古色蒼然とした街の景色によく似合っている。きっとあのホテルからは海が綺麗に見えることだろう。
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