第19話 小野田昴
「確かにそうですね。ええっと、緒方に確認してみましょうか。傍に松島さんもいるでしょうし」
「そうだな。電話してくれ」
愛海は運転席に乗り込むと、車を発進させる前に捜査一課に電話を入れた。電話に出たのは課長だったが、刑事部長のお達しがあるからか、文句もなく晴人に繋いでくれた。
「何か解ったのか?」
晴人は昼飯を取っていたらしく、ずるずると麺を啜りながら訊いてくる。電話中に食べ続けるなんて、伸びやすいカップ麺だろうか。そんな愛海は、昼食の時間なんて気づくことなく聞き込みをしているというのに。つくづく腹の立つ男だ。
「解った点と解らなくなった点が出てきたんです。まず、吉田さんに新しい彼氏が出来たようだと川畑さんが言っているんですが、WIOの誰かという可能性はありますか」
後でコンビニに寄ろうと考えつつ、一つ目の疑問をぶつけた。すると、晴人はしばらく考え込んだようだったが
「吉田って何歳だ?」
と、そう質問してきた。年齢などの情報は手帳に書き写してあるので、愛海はすぐに二十二だと教える。
「ふむ。となると一つ可能性が出てくるな」
「な、何ですか」
「それに答える前に、まだ何か質問があるんだろ」
晴人は他にも聞きたいことがあるんじゃないかと促す。というわけで二つ目の疑問。共同研究者がいるのにWIOに技術を売ろうとするものだろうかという点を訊ねた。
「確かに疑問になるな。俺のように研究室に居場所がなかったというのならばまだしも、被害者の中井は教授だ。そして共同研究者に二宮を、自らの研究助手として川畑を雇っている。研究に行き詰まっていたとは思えない。話題になっているその吉田ってM1だよな」
「M1ってなんですか」
「修士課程一年かってこと」
「ああ。そう略すんですか。ええ、修士課程の一年です」
いきなり話が吉田に戻ってびっくりしたが、どうやら晴人は何かに気づいたようだ。
「ええっと、これから吉田さんのところに聞き込みに行くんですが、どうすればいいでしょうか」
愛海はすでに晴人が解決策を持っていると確信し、そう訊ねる。小川はそれを聞いて眉根を寄せたが、反対はしなかった。
「そうだな。君の彼氏は
しかし、晴人の言葉は予想外のものだった。
結果から言えば、その小野田昴という名前を出しただけで、吉田は自らの犯行を認めた。ネクタイピンをあれこれ理由をつけて中井につけさせ、それを狙って高電圧を中井の胸に当てたと自供した。そしてメールは中井に成りすましてWIOに送っていたことも認めた。
この証言から晴人が考えていたトリックが正しいことも証明された。本棚のところに高電圧を作り出す機械を設置。そこからまず天井に設置したチタン製の針に流す。針は避雷針の代わりとなり、近くにあるものへと電気を直線的に流そうとすることから、真下にいた中井に直撃するというものだ。
そして、ここでポイントとなるのがただ真下にいた中井に当てただけでは、すぐに電気がトリックに使われたとばれるため、電気を胸に誘導する必要があるということだ。そこでポイントになるのが、誕生日プレゼントに贈られたという、同じくチタン製の非常に電気誘導しやすいネクタイピンというわけだ。
しかも中井が自分の席に着いて、ふと本棚に見慣れない機械があることに気づいて、立ち上がったところを狙って犯行を行わなければ上手くいかない、意外と繊細なトリックなのだそうだ。これは科捜研の実証実験によって判明している。
「いったい小野田昴とは誰なんですか。緒方さんはその人のことを知っているんですよね?」
しかし、この解決方法は晴人に不信の目を向けさせることになる。そもそも、捜査線上には全く上がっていなかった名前だ。この小野田なる人物がWIOに関係があることは間違いない。
今度は聞き取られる側として取調室に連れ込まれた晴人は、松島と小川、それに愛海に囲まれていた。ともかく情報を渡してもらわないことには、この事件とWIOの繋がりが解らない。
「そう目くじらを立てなくても答えるさ。それに、小野田が関わっていると確定したのならば、今回の事件が俺のせいで起こったことは間違いないからな。警察に惜しみなく協力するよ」
「何だと?」
ずっと可能性として浮上していた、晴人の行方を掴むためではないかという疑惑。それが小野田のせいで確定したというのか。松島の目が鋭くなる。
「で、その小野田昴って何者なんですか?」
さっさとその部分を白状してくださいよと愛海はせっつく。下手に隠せば晴人の心証が悪くなる一方なのだ。特例の司法取引がなかったことにされるかもしれないというのに、呑気すぎる。
「そうだな。語弊を恐れずにいうならば、宗像出雲の信者だ」
「えっ」
「宗像という男を尊敬し、絶対視していた。量子暗号の研究を別にして、WIOの幹部に相応しいだけの技術を持つ男に、心酔していた男だ」
さらっと告げられたが、それは晴人がWIOでどれだけ重要な人物だったかを示すものでもあり、三人は唖然としてしまう。
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