第18話 川畑の証言
「またですか」
「何度もすみませんね」
先ほど中井の普段の服装について訊ねたばかりだったせいで、最初に訪れた川畑からは文句を言われてしまった。確かにまとめて聞き出せればよかったのだろうが、思いついた順でやっているから仕方がない。
ちなみに回る順番は北側の川畑から南側に住む吉田と西川、そして最後に離れた二宮に行くことにしていた。二宮の家が最も警視庁に近く、ぐるっと回って戻るにはこの順番が丁度よかった。
「それで、何ですか」
大学の北側にあるマンションの一室、川畑はもう一度刑事二人を家の中に招きながら訊く。この時点で川畑には家に招き入れて不都合な理由はないと解る。とはいえ、すでに処分している可能性もあるので、完全に疑いが外れたわけではない。
「お尋ねしたいのは、研究室のメンバーの交友関係です」
家の中を目線を動かすだけで確認しながら、小川は手早く質問を切り出した。家の中は女性にしてはシンプルで整理整頓されており、色合いもブルー系が多かった。入ってすぐが台所という1LKの狭い部屋だが、非常に見通しがいい。
「交友関係って言われてもねえ。どういうことが聞きたいの。まさか私が中井先生と付き合っていたとか疑ってるのかしら」
リビングにあるローテーブルのところに座り、刑事二人にどうぞと席を勧めた。小川が対面に座り、愛海はその後ろで申し訳なさそうに座るしかない。八畳の部屋にベッドにローテーブルに本棚が置かれているものだから、自由に使えるスペースに限りがある。
「そういう話は出ていませんが、まさか、お付き合いされていたんですか」
小川は単刀直入に訊ねると、川畑はくすっと苦笑した。まさかそのまま切り返されるとは思っていなかったのだろう。
「付き合うまではいかなかったわ。私はもっと上に行きたいと思っているし、彼と話すのは楽しいけれども、男女の仲になるには駄目な相手ってところかしら」
だからか、川畑の言葉はどこまでもストレートだった。つまり、同僚以上の感情は抱いていなかったということか。
「その中井さんは最近、外部の人と頻繁にメールでやり取りしているようです。その点に関しては何か知りませんか」
WIOというのは警察の中でしか通じない名称だから、この場合はどう説明するのがいいのだろう。そう思いつつも、小川は外部と表現して聞いてみる。
「外部って言われても、それって研究者とか大学かしら。移動するなんて話は出ていなかったけれど」
「いえ。民間の組織なんですが」
「知らないわね。もし民間企業と提携する予定だったのならば、すでに研究室でアナウンスされているはずだけど」
川畑はそういうやり取りがあったのと厳しい顔になる。さすがは研究が第一というだけあって、自らも関わる研究が知らない間に利用されていたかもしれないというのは、不快感があるようだ。
「提携とまでは話が進んでいなかったようですが、人工知能の活用法について相談した形跡がありました」
「信じられない。そんな肝心なことを言っていなかったなんて。その取引先に関して教えてもらえますか」
「すみません。まだ捜査中ですので」
まさかそう返されるとは思っていなかったので、小川は捜査中と濁して逃げるしかなかった。それよりも、まだ聞かなければならないことがある。
「中井さん以外についてもお伺いしたいんですが、ここ最近、人間関係に変化があった人はいますか」
小川の新たな質問に、川畑は考えごとをする時の癖なのか、前髪を掻き上げた。そして勘違いかもしれないけど、と断ってから
「吉田さん、彼氏が出来たんじゃないかなって思うわ。そういう話が出たわけじゃないけど、最近、彼女綺麗になったもの。今まではお化粧に気を使っていなかったのに、リップの色も変わっていたし、マニキュアもするようになったわね」
と言った。こういう時、女性の勘は鋭いことを刑事の小川は経験則で知っている。それにしても、中井の服装に関してもそうだが、女性というのは相手の格好をよく見ているものだ。
「なるほど。二宮さんはどうでした?」
「さあ。あの人ってどこか陰気だからなあ。研究での議論はもちろんするんですけど、プライベートな話はしないから知らないわ」
二宮に関して川畑は関心がなかったようで、情報は全く出てこなかった。
「いきなり吉田が怪しくなりましたね」
川畑の家を後にして車に戻ったところで、愛海はどう動くべきかと小川に確認していた。
「そうだな。もし付き合っている奴というのがWIOに関係する奴だとややこしいんだが、それよりも、人工知能の利用に関して中井がWIOに連絡をしていたのは確かなのか、というのも疑問に思ったな」
今まではそれが揺るがない事実のように感じていたが、確かに共同研究者や手伝いをしているポスドクがいるというのに、何の相談もなしに技術をWIOに売るということはあるのかという疑問が浮かんだ。
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