第17話 しっかり働け
「どういうことだ」
「目印にしていたのではないか、というのが考えられますね。メールでやり取りしていたとはいえ、互いの顔を知らない可能性がある。そこで目印としてネクタイピンを使ったんですよ」
「なるほど。それならば、普段は付けていない男に使用させることが可能か」
松島は感心した後、その方法はWIOではよく用いられるのかと質問を重ねる。
「目印を持たせるというのは、ええ。何度か使ったことのある手法です。ただ、今までネクタイピンだったことはないですね。あれって隠しカメラを仕込むことが可能でしょ。だから警戒されるんですよ。むしろ着用するなという方に含まれるんですけどね」
「ほう」
そういう細かい部分にも気を使っているのかと、松島の目が鋭くなる。WIOはその実態が未だ不明の組織だ。晴人のおかげでその資金源を大きく絶つことが出来たとはいえ、そのくらいで尻尾を掴ませるような組織ではない。
「ローテクが最も恐ろしいですからね。日頃からハイテク機器を相手にしていると、デジタル以外の防御が疎かになることをよく知っているんです。だから、証拠をデジタル空間意外に残すというのが、対抗手段として最も怖いものと考えているんですよ」
秘密裏に活動するというのはあらゆる方面に神経を使うのだ、と晴人は肩を竦める。そこで幹部をやっていたのだから、晴人もそれなりに気を使っていたことがある。
「つまり、今回の事件でネクタイピンが使われたというのは、そういう日ごろの警戒の裏を突いたということか。それもまた、宗像出雲ならば不自然なものとして気づくはずだ、と思って仕組んだということなのか」
「でしょうかね。一体どこまでがWIOのテリトリーなのか、全く判りませんけど」
しつこいまでの松島の確認に、WIOが殺人まで犯したのかは解らないでしょと注意する。しかし、ようやく現れた手掛かりに、松島は追及の手を止める気はないらしい。
「今回の件で、WIOはお前の穴を未だに埋められていないことが解っているんだ。消すよりも取り返しに来る可能性が高い、ということでもある。今回の件でお前が大きく動けば、それだけWIOはお前に接触しようと動くかもしれないだろ」
「なるほど。それが本音ですか」
「当たり前だ」
松島はそこでふんと鼻を鳴らし
「それにお前の洞察力と閃きは捜査一課でも役立つようだからな。しっかり働け」
と付け足した。
「まあ、確かに殺した方法すら不明かもしれないっていう昨日の状態から、随分と変わったもんな」
小川は松島の意見に同意を示し、この次はどうするつもりだと晴人に聞く。
「ネクタイとネクタイピンの行方を追うのが一つだろうね。それは警察が得意とする捜査のはずだけど」
そんな小川に対し、意見を求める相手が間違っているからなと晴人は睨む。が、晴人自身もWIOのことがあって早期解決したいと思っている。必要と思われる意見はどんどん述べた。
「了解。犯人が持ち去っているはずだからな。処分したかどうか、そこが問題になって来るが、まだ事件から二日だ。犯人の周辺に残っている可能性の方が高いな」
「手配します」
愛海は関係者の家の付近のごみ置き場に警官を向かわせるよう、本部に頼んでくると走っていった。小川はそれを見送ると、他には何かあるかと訊ねた。
「そうだな。関係者たちの交友関係を探ってほしい」
「交友関係。中井じゃなくてか」
「ああ。もしこの件にどっぷりWIOが関わっているのだとすれば、実行犯もまたWIOと繋がっているはずだ。探れば出てくるかもしれない」
「なるほどね。それは大学での聞き込みかな。ああ、でも一週間も休校措置が取られているんだった」
野次馬や面倒なことが起こらなくていいかと思っていた大学側の措置だが、聞き込みにおいては厄介なものになった。しかし、晴人は関係者から聞き出せばいいんだよと言う。
「関係者から、関係者の交友関係を聞けってことか」
「ああ。研究室という閉じた空間だ。人間関係はそれなりに密だろう。ここ最近で何か変化があったのならば、誰かが知っているはずだ。そのついでに部屋に入れてくれるかどうか。そういう点からネクタイを隠し持っているかどうかが解るかもしれない」
「なるほどね。早速行こう。ああ、菊池。出るぞ」
捜査本部のある会議室から戻ってきた愛海を捕まえ、小川はすぐに関係者たちのもとへと向かうのだった。
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