第9話 狙いは晴人?
「ああ。ポスドクってことだろう。博士号取得者だが大学や研究機関に正規のポストがなく、臨時で働いているってことだ。雇用期間はおおよそ二年から三年だな。教授が研究費から人件費を捻出している場合、個人的に雇っていると表現されることがある」
「へえ。どこの世界も世知辛いねえ。つまり非正規労働者みたいなもんか」
研究者でもそんなのがあるのかと、小川は素直に驚く。
「そうだ。しかもその短期間に成果を上げないと次の雇用に繋がらないし、安定したポストは転がり込んでこないという、大変ハードなポジションだな。研究室内で最もストレスを溜め込んでいるとすれば、そいつじゃないか」
「なるほど。そいつは貴重な意見だ。で、この二人が常に研究室にいるんだが、他にも二人、出入りしている。中井のところで学ぶ大学院生で、
とはいえ、普段いる場所は関係ない。ただ頻繁に出入りしていたというのが重要だ。
「つまり容疑者になり得るのはその四人しかいないというわけか」
「ああ。中井自身に気になるような噂はなかった。独身だし、借金があったということもない。大学での人間関係も一見すると良好だ。となれば、近しい存在の四人が最も怪しいというわけだ」
晴人の確認に頷き、明確な動機が出て来ないんだよなあとぼやく。そこにWIOが関わっている可能性があると報告が来て、いよいよ話がややこしくなったのだ。
「WIOが殺しを行う理由はないからな。もし殺しを容認するのならば、俺なんて真っ先に殺されている」
晴人は構成員を疑うのは無駄だとばっさり言い切る。
確かに、いくら警察が監視しているとはいえ、多くの内部情報を知る晴人を生かしたままにしている方がリスクがあるだろう。もしも殺しを行うのも躊躇わないのならば、メールのやり取りをしていただけの中井より、真っ先に裏切り者の晴人を狙うはずだ。
「中井は見せしめで、次に緒方さんを狙っているとか」
しかし、全く考えなくていいのかと不安な愛海だ。その指摘に晴人は不愉快そうに顔を顰めたが
「確かに考えられなくはないな。特に今回が不可解な事件であることは気になる」
と、意外にも素直に認めた。
一応、裏切ったという自覚はあるらしい。普段の態度からするとWIOのことなんて忘れているかのようだが、思うところはあるようだ。
「となると、あんたが現場をうろうろするのは、WIOにとってチャンスを与えることになるってわけか」
捜査に参加させる分にはいいが、護衛までしないといけないのは面倒だ。小川は上に掛け合うべきかと思案する。
「いや、警察が多くいる場所でアクションを起こすとは思えない。おそらく、WIOとしても、証人保護プログラムによって名前や戸籍が変わることは想定していたのだろうが、一切ネットにアクセスしなくなるとは思っていなかったんだろう。それで居場所を突き止めるために、こんな事件を起こしたとも考えられる。WIOが関わっているとなれば、俺に話を聞くはずだからね。尤も、それは俺に用事があると仮定した場合だが」
さらっとそんなことを言うので、思わず愛海と小川は顔を見合わせてしまった。今の指摘はとても重要な視点ではないか。そう気づいたのだ。
「警察を動かせば宗像出雲に繋がるかもしれないと、そう考えた可能性は否定できないか」
WIOが活動しているのはネットの世界だ。もし狙うとすれば、まず緒方晴人と名前を変えた男がネットにどう関与してくるか見るだろう。
しかし、警察がネットにおける総ての動向を見張っているせいで、晴人は未だにSNSのアカウントや個人的なメールアドレスを持っていない。そのことに業を煮やしたと考えることが出来るわけだ。
「緒方さん、拙いですよ」
愛海は現場に行くのは止めましょうと諫めたが
「そんな推測だけで警戒していられるか。それにサイバー犯罪対策課が許可したことだ。すでに釣りの部分は上では織り込み済みなんだろうよ、行くぞ」
晴人は動かないなんて選択肢に入っていないと突っ撥ねる。
「おっ、織り込み済み」
「じゃあ、行くか。ここで喋っていても、変なことばっかり考えるだけだからな」
小川はどちらにしろ解決しなければ解らないことだろと議論を切り上げた。
晴人はそれに頷くと、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てたのだった。
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